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レンズ豆のビーンペースト

 クリスタレイクはてんやわんやの大騒ぎになっていた。

 アイリーンたちは食料を確保するためにアッシュの農園の収穫をすることにした。

 だがクリスタルレイクは人が少なすぎて充分な作業員を確保することができない。

 しかたなく悪魔の存在が発覚するリスクがあることを承知で近隣の村や集落から村人を集めた。

 さらに戦地に物資を運ぶため傭兵も呼んだ。

 作業をする村人が怯えるのでアッシュは裏方にまわった。

 お茶出しやレベッカの世話など裏方でも仕事はたくさんあるのだ。

 アッシュは台所で村人へ出す食事を作っていた。

 パンは人数分用意したのでアッシュの仕事はスープづくりである。

 アッシュは大量の皮なしレンズマメを洗っていた。

 皮なしレンズマメは大量のアクが出るため何度も洗わなくてはならない。

 なのでアッシュもきちんと洗っていた。

 レベッカはそんなアッシュによじ登ると首にしがみつきながら作業を眺めている。


「にいたん。お豆さんでなにを作るんですか?」


「うーん。とりあえず豆のスープかな? それと甘く煮てビーンペーストを作ろうと思う」


「ビーンペースト?」


「パンにつけて食べるんだ。甘くておいしいぞ」


「うわーい♪」


 いわゆるレンズ豆のあんこである。

 レベッカは尻尾をふりふりしていた。

 そんなほのぼのとした二人に背後から声をかけるものがあった。


「お手伝いいたしましょうか?」


 声をかけたのは騒動の元となった悪魔、瑠衣である。

 瑠衣は今回はいつもの執事服ではなくシャツにエプロン姿だった。


「あ、瑠衣お姉ちゃん」


「こんにちはレベッカ様」


 悪魔である瑠衣はあくまでレベッカには触れようとしない。

 レベッカもそれをわかっているので手と尻尾を振って挨拶をする。


「お料理できるんですか」


 悪魔の食料は不幸だ。

 料理を作る必要はない。


「もちろん。これでも人間の王に仕えるために100年以上人の街で暮らしてましたので」


「じゃあすいませんがレンズ豆の洗いをお願いします」


「かしこまりました」


 瑠衣はレンズ豆を洗う。

 泡がどんどん出てくるので瑠衣は何度も洗う。

 その手つきはなれたものだった。

 安心したアッシュはスープ作りに取りかかる。

 そんなアッシュに瑠衣は話を切り出した。


「それとアッシュ様。悪魔ゼインが封印の結界を壊しました」


「悪魔ゼイン?」


「ええ、この国はあちこちに悪魔を封じてあります。悪魔ゼインは封じられていた悪魔の一柱です」


「どうして封じているんですか。仲間でしょう?」


 アッシュが聞くと瑠衣はにこりと笑った。

 アッシュはその態度から逆に嫌なことを言っているのだと理解した。


「我々は捕食者という関係上、人間とは細く長くお付き合いをしたいと思っております。ですが一部の悪魔はそれに反対しました。彼らは人間の国家を滅ぼして人間を家畜として悪魔の管理下に置こうと主張したのです」


「それで戦いになったということですか……」


「ええ。彼らの言うとおりにしたら人間の文化の進歩は止まってしまうでしょう。我々には人間のような創造性はありません。人間の文化がなければ我らはその長い生に飽きてしまいます。楽しみのない生など生きているとは言えません。絶望を抱いた悪魔はどうなるかわかりますか?」


「自殺する?」


「残念ながら自殺程度では我らは死ねません。ですが自ら絶望を抱いた悪魔はだんだんとその存在が世界に溶けていきます。本当に薄く小さくなっていくのです。そしていつしか消えてしまいます。幸せを失ったドラゴンと同じです。人間の進歩が止めば我らもまた文化が停滞しゆっくりと滅びに向かうことでしょう。そういう意味でも我らは人間に依存しているのです」


「なるほど。それで封印したんですか」


「ええ。彼らの中でもとりわけ危険なものを初代クルーガー皇帝とともに封印しました」


「その悪魔が復活したと」


「その通りです。そしてアイリーン様のこのたびの呼び出しはゼインの復活に起因しています」


「ゼインというのは何者なんですか?」


「元人間の宮廷魔道士です。失われた秘術で自ら悪魔になった男です」


「なにか弱点はありますか?」


「弱点らしい弱点はございません。しいて言えば社会不適合者というくらいでしょう?」


「社会不適合者?」


 悪魔の言葉とは思えない言葉である。


「人間の社会で生きていけなくて悪魔になったが悪魔の社会にもなじめず……人間から悪魔になった輩にはよくある話です。彼らは我々悪魔に勝手なイメージを持っていまして……悪魔のことを人間の上位種だと思っているのです。我らは人間がいなければ存在すら許されないというのに」


「でも優秀なんですね?」


「ええ。人間としても悪魔としても格別に。特に死体を操る術に関しては右に出るものはいません」


「なるほど。ネクロマンサーか。厄介だな」


 アッシュは傭兵時代にアンデッド狩りに何度も参加している。

 だからネクロマンサーの厄介さを知っていたのだ。


「厄介です。しかも人を殺せば殺すほど魔力が強くなります。悪魔になったゼインはネクロマンサーでも死体の数にほぼ制限はありません。……さて、洗い終わりました」


「あ、はい」


 アッシュは瑠衣からレンズ豆を受け取ると半分を鍋に入れる。

 もう半分を別の鍋にあけ浸る程度の水を入れそのまま熱する。


「温めるとさらにアクが出るからアクを取りながら煮るんだ。柔らかくなったら砂糖を入れて煮詰めて完成だ」


「ふあぁ。楽しみです」


 レベッカが尻尾を振る。


「美味しそうですね」


 瑠衣がアッシュに笑顔を向ける。


「美味しそうですね」


 二度言う。


「瑠衣さんの分もあります」


「ありがとうございます」


 瑠衣は上機嫌になる。

 アッシュは作業に戻る。

 しばらくは二人とも無言で作業をしていた。

 キッチンにコトコトとスープの煮える音が響く。


「……あの」


 先に口を開いたのはアッシュだった。


「なんでしょう?」


 瑠衣はわざとらしく聞いた。

 アッシュが次に何を言うかだいたいわかっているのだ。


「手伝ってもらえます?」


 それだけで瑠衣には通じた。

 瑠衣はニコニコとする。


「しばらくぶりにドーナツをいただきたいと思っておりました」


 どうやら瑠衣の好物らしい。

 あきらかな要求である。やや脅迫も入っている。


「わかりました。作ります」


「ありがとうございます」


「うわーい♪ ドーナツドーナツ!」


 レベッカも一緒になって喜ぶ。


「では瑠衣さん。アイリーンたちを守ってください」


 アッシュははっきりと言った。


「この命に代えても」


 瑠衣の返事を聞くとアッシュはにこりとした。

 その時なぜか瑠衣はぞくりとした。


「瑠衣さん。……少しだけ常識外れの攻撃をしますのでお願いしますね」


 瑠衣は思わずアッシュの顔をのぞき込んだ。

 アッシュは今まで見たことのないような表情をしていた。

 その表情を見て初めて瑠衣はアッシュという人間がただ者ではないことを理解した。

 なぜならアッシュは……笑っていたのだ。


「瑠衣さん。くれぐれも怪我をしないでくださいね」


 静かにアッシュは笑った。

 静かなのに心臓を握りつぶされたかのような圧迫感がある。

 なのにもかかわらず首にしがみついたレベッカはキャッキャッと笑いながら尻尾を振っている。

 瑠衣だけに圧力をかけたのだ。

 そのアッシュの迫力に瑠衣はゾクゾクとしていた。

 やはりこの人間こそ初代皇帝の血族。魔族の救世主なのだ。

 後にこの戦いの記録としてある書類が見つかる。

 そこには最強の傭兵との会談とその弱きものを助けるという高潔さが明らかにオーバーな文体で記されていた。

 そして最後に『レンズ豆のビーンペーストたいへん美味しゅうございました』との書き込みもあった。

次回、アッシュとアイリーンの過去。

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