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おんがくのせんせい2

 オデットはやけだった。

 弦楽器を持つとバチで曲を奏でる。


「はーい。みんな、歌おうねー♪ さん、はい!」


 いつもは激しい曲が多いのに、オデットは器用に穏やかで楽しげな曲を奏でた。

 クローディアに教わった童謡である。

 あのタヌキはやたら色っぽいくせに、子どもの歌が大好きなのだ。

 レッスンも必ず童謡を一曲は歌うほどだ。

 おかげでオデットは帝国の童謡を憶えてしまっていた。


「「じんせい まいごの たぬきさん!」」


 ドラゴンたちも人間の子どもたちもニコニコとしながら歌い出した。

 ドラゴンたちは尻尾をふりふりしてる。

 歌はとても上手とは言えない。

 騎士団のようにメロディではなく声の強弱で音階を表現している。

 それは神経質な教師、特に専門教育を受けた教師なら怒って中断するほどひどいものだった。

 だが、クリスタルレイク一のダメエルフはひと味違った。

 そのまま続行したのである。


「じんせい まいごの たぬきさん♪」


 しかも一緒に歌った。

 楽しければいいじゃない。

 それがオデットである。

 ドラゴンたちは、ぴょこぴょこと小さく跳ねた。

 そして徐々に体に光を纏う。


「ストーップ! 光ってる! 光ってます! 休憩!」


 ベルが止めに入る。

 オデットは『まだこれからなのに』という顔をした。


「ベルさん。まだ始まったばかりですよ」


「オデットさん。ドラゴンちゃんたちが光っているのが見えるでしょ」


「楽しそうですよね。私も子どもの頃には、ちょっと歌うだけでテンション上がっちゃったなあ」


 オデットは楽しそうにドラゴンたちを眺めていた。


「いやいや、そうじゃなくて、ドラゴンちゃんたちが魔法を使っちゃったら危ないでしょう」


「だーいじょうぶですよー。みんないい子ですし」


 もちろんオデットの言葉には根拠などない。

 なんとなく言っているだけである。

 ベルとしてはたまったものではない。

 だがオデットはマイペースだった。


「あ、そうだ。あれが使えるかも。すいません。アッシュさんに私の部屋の太鼓持ってきてもらえるように言ってくれますか」


 この場合の『私の部屋』とは、オデットの借りている家ではなくアッシュの家の一室である。

 悪魔が知らせに行くと、休み時間が終わる直前にアッシュが太鼓を持ってきてくれた。

 太鼓は筒型の大きなもので、全部で三つあった。

 オデットが太鼓を並べる。

 その間、ドラゴンたちは人間の子どもたちと遊んでいた。


「待って~」


 ドラゴンが子どもを追いかける。

 別の場所ではドラゴンは女の子とおままごとをしている。

 他にも絵を描いているものや、かくれんぼをしているものもいた。

 統一感も何もない。それはまさにカオスだった。

 ただドラゴンを傷つけるのはクリスタルレイクのタブーである。

 もし泣かせでもしたら『妖怪べる』がやって来て恐ろしい目にあわされるのだ。

 それはクリスタルレイクの子どもにとっては常識だった。

 だから人間の子どもたちの方が危ないことを自重していた。

 そんな中でオデットは太鼓を叩いた。

 大きな「ぼいーん!」という音が響く。


「えへへへ。これはエルフの村の太鼓だよ。やってみたい人!」


「「はーい!」」


 子どもたちの目が輝いた。

 オデットは近くにいる子を膝に乗せると、子どもたちに言った。


「はい。この太鼓は真ん中を叩くと大きな音が出ます。やってみて」


 子どもが手で太鼓を叩くと「ぼいーん」と音がした。

 その音は胸を貫くような低音だった。


「次は端っこを指を閉じて叩いて」


 「ぼん」と音がする。


「最後にフチを手の平で叩いて」


 「カン」と高い音がした。


「これだけ。簡単でしょ。みんなもやってみて」


 ドラゴンたちの目が輝く。

 新しいおもちゃを発見したのだ。

 ドラゴンたちが一列に並ぶ。

 自分たちより小さな子であるドラゴンがちゃんと並んだので、人間の子どもたちも並ぶ。

 オデットは三つの太鼓に前から順番に並んでいる子たちに座らせる。

 そして太鼓の叩き方を教えていく。

 子どもたちでは腕力が足りず、大きな音は出ないが、それでも歌より形になっていた。


「ドンドコカン。ドンドコカンっと。上手上手」


 試行錯誤しながらのせいか、ドラゴンたちは光っていなかった。

 ただただ、嬉しそうに太鼓を叩いていた。

 ベルは感心した。

 やはり本職は引き出しが多い。

 オデットも遊んでいるようでやはりプロなのだ。


「オデットさん。この太鼓。素晴らしいですわ……」


 ベルは素直に褒めた。

 するとオデットは言った。


「いやー、これ実は外用の楽器なんです。地元では絶対に演奏するなって言われてまして……あははははは」


「あらどうして? こんなに素晴らしい音なのに」


「音が大きいでしょ。実は襲撃警報用の道具なんです。そのせいで地元じゃ全然練習できなくて」


 この太鼓は、本来なら新大陸産のイノシシなどの巨大生物の襲撃を知らせる警報に使うものである。

 楽器ではないのだ。


「……オデットさん?」


「あはははははは……」


 ジト目で見るベル。

 それを見て冷や汗を流すオデット。

 だがそんな事は子どもたちには関係なかった。

 子どもたちは太鼓を楽しそうに叩いていた。

 オデットは言った。


「しばらくは、この太鼓で音楽の楽しさを伝えられたらなあと思います」


「教えるのはなくて、ですか?」


 ベルは不思議でならない。

 ベルたちにとっては、教育とは上達させるものである。

 実際、今までは劇の練習もある程度は上達を念頭に置いていた。

 だがオデットは楽しめばいいと言うのだ。


「楽しいのが一番です。上手に演奏させようとして音楽を嫌いになっちゃう子が出るよりはずっといいと思います」


 オデットの口からまともな発言が飛び出した。

 そのことにベルは驚いた。

 オデットも成長しているではないかと。


 しばらく太鼓で遊ぶとオデットはそこで太鼓で遊ぶのを終わりにする。


「はいはい。疲れちゃうから終りねー」


「「あい!」」


 ドラゴンたちも人間の子どもたちも太鼓から離れる。

 こうして音楽の授業は成功……してしまったのだ。

 それが新大陸の探索に必要なことだとは、このときは誰も思っていなかったのである。

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