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おんがくのせんせい1

 オデットの朝は遅い。

 昼まで自由に寝て、起きるとタダ飯にありつこうとアッシュの館に行く。

 アッシュにごはんを作ってもらうと、アッシュを全力で褒めてご機嫌を取る。

 ごはんが終わると稽古に顔を出し、いつものようにクローディアと喧嘩しながら音楽の練習をする。

 練習が終わるとアッシュの館に行って、ドラゴンに混じってお菓子をもらう。

 しばらくドラゴンと遊び、飽きたら外に出て広場で適当に演奏をする。

 演奏が終わると、アッシュの果樹園に突撃し果物を食べてくる。

 夕方になるとアイザックの店へ行き生演奏をする。

 酒と食料をいただきつつ、お金もゲットしつつ深夜まで流しの演奏をする。

 その姿は森とともに生きるエルフの本能を完全に失っていた。

 だがその日からは違っていた。

 朝、オデットは惰眠を貪っていた。

 オデットの家は支給されているが、オデットはごはん目当てでいつもアッシュの館に泊まっているのだ。

 いびきをかきながら、だらしなくよだれを垂らし、「うへへーきょうのごはんはなにかなー」と寝言を言っていた。

 そんなダメ人間に近寄るものがいた。


「朝ですよー!」


 そのなにか、レベッカはドスンとオデットに飛びかかり、ペシペシと叩く。

 まだオデットは起きない。

 するとオデットのお腹の上に乗り、クルクルと回ると座り込んだ。

 そしてペシペシとオデットを叩く。


「朝ですよー」


 叩いているとだんだん眠くなってくる。

 レベッカはこっくりこっくりと船をこぎ出した。

 そしてオデットのお腹に顔をくっつけるとすやすやと寝息を立て始める。


「おーいレベッカ。オデットを起こしたか……って……」


 アイリーンが入ってくる。

 体育会系のアイリーンは、すでに朝の運動を終えて着替えていた。

 アイリーンは見た。

 罰任務中の居候が誰よりも遅くまで寝ているのを。

 そのオデットを起こしに行ったレベッカがオデットの上で寝ているのを。


「おーいレベッカ……」


 アイリーンはレベッカを揺さぶる。


「……あい」


 レベッカはのそのそと起きる。

 片目をつぶって眠そうにしている。


「オデットを起こそうか」


 面白そうな言葉を聞いたレベッカはしゃきーんっと目覚める。


「あい!」


 それはいい返事だった。

 レベッカは今度は揺さぶり攻撃にかかる。


「起きてー。朝ですよー」


「んがッ!」


 その姿を見てアイリーンは微笑むと、容赦なくオデットの鼻をつまんだ。

「いち、にい、さん、し……」とアイリーンは数える。

『ご』に到達するや否や、オデットは目をバチッと開ける。


「んがッ!」


「おきたー!」


 レベッカはオデットから降りると、アイリーンの体をよじ登る。

 アイリーンはレベッカを抱っこすると言った。


「やあ、朝ご飯を食べたら仕事だ。ドラゴンたちが待っているぞ」


「しょ、しょんなー……」


 寝起きから心が折れるオデットだった。

 朝ご飯はアッシュの手作り。

 オデットは久しぶりの朝食をガツガツと食べる。

 メニューは目玉焼きとアッシュの焼いたパン、それに簡単なスープである。

 オデットはそれだけでテンションが上がっていた。


「ふがっ! 相変わらず美味しいですね! アッシュさん、いいお嫁さんになれますよ!」


 褒めてるのかけなしているのかわからない台詞だが、オデットは本気で褒めていた。

 朝ご飯を食べ終わると、オデットは二度寝しようと部屋に……行けなかった。

 鬼教官となったベルにつかまったのだ。

 物理的に。具体的には襟をつかまれた。

 ベルはなぜかオデットの楽器を片手に持っていた。


「べ、ベルさん……」


 オデットが情けない声を出す。

 ベルはドラゴンに気に入られているオデットにとっては、クリスタルレイクでも屈指の甘い人物だ。

 どうにかなると思ったのかもしれない。

 だがベルはにこやかに言った。


「しばらくはドラゴンちゃんのお世話ですよー♪ 逃げたら縛り首ですよー♪ わかったな新兵!」


『わかったな新兵!』のときのベルの顔は、まさに鬼だったという。

 オデットは悪魔(クローディア)よりも恐ろしい人間がいることを知った。


「ひゃあああああああい……」


 情けない声を出しながら、オデットは鬼軍曹に連行されていく。

 以前は日中のドラゴンの世話はアッシュの屋敷で行われていた。

 最近になって、ドラゴンは日中は別の場所にいる。

 最近ではアッシュの屋敷である代官屋敷への訪問者が多くなったからである。

 だからドラゴンの保育施設はアッシュの農園の近くに建設されたのだ。

 オデットがドラゴンの保育施設に連行されると、村の子どもたちがいた。


『ドラゴンも人間も一緒でいいんじゃない』


 一見すると雑でおおらかな考え方だが、それがクリスタルレイクの常識だった。

 クリスタルレイクに住んでいると、人種どころか種族の差までどうでもよくなってくる。

 上から下まで、ここの住民はそうなのだ。

 だから反対するものは誰もおらず、ドラゴンも人間の子どもも一カ所に集められていた。

 新しく雇った村のお母さんたちもスタンバイしていた。

 ドラゴンたちはアッシュの朝食を食べて先に来ていた。

 オデットを見ると人間の子どもたちもドラゴンと一緒に挨拶をする。


「「ベルお姉ちゃん。オデット姉ちゃん。おはようございます♪」」


 みんな元気がよかった。

 それを見てベルは目を輝かせる。


「はい、おはようございます!」


 一番喜んでいるのはベルだった。

 それを見た新兵オデットは『えらいところに来てしまった……』と固まる。


「はい、みなさん。オデットお姉ちゃんはなにができる人かなあ?」


 ベルが言うとみんなが手を上げる。


「「おんがくー!」」


(逃げ道ふさがれた!)


 このときオデットは理解した。

『わたし素人ですから♪ げへへへへー』が通じないことに。

 そう、演劇や舞台に関しては抜け目のないクローディアは逃げ道のない計画を用意していた。

 オデットは音楽に関しては自信がある。

 それなりのプロ意識もある。

 だから素人ぶるのはオデット自身ですら許されなかった。

 しかも失敗は許されない。

 なにせオデットはそれしか取り柄はないと自分でも思っているのだから。


「え、えへへへへ。お、オデットです。よろしくね」


 オデットの笑顔は引きつっていた。


「「あいッ!」」


 ドラゴンも子どもたちも笑顔で返事した。

 オデットの背中からは冷や汗が滝のように流れていた。

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