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二度目の結婚式 2

 言われるままにアイザックは会場へ来た。

 ガードナー家のタペストリーに豪華な飴細工、そして会場を埋め尽くす人々。

 庶民や騎士の結婚とは何もかもが違っていた。

 アイザック自身も違っていた。

 高級品の服に着られ、香水までつけていた。

 ブランドが淑女亭なのは笑うところだろう。

 そんな状況だというのにアイザックは不思議とプレッシャーは感じていなかった。

 クリスタルレイクの住民は勘がよくなる。

 人外の存在を受け入れ、視野が広くなることによって今まで見えていなかったものまで見えるようになるのだ。

 そう、アイザックもまた……今、何かが見えていた。

 会場をはしゃぎ周りながら走り回る影。

 一つや二つではない。

 それらが通るたびに舞台で歌っているレベッカたちがニコニコとするのだ。

 他にもクリスタルレイクの住民や休日を過ごす常連にはその影が見えていた。

 オデットもチラチラと見ている。

 さすがにプロ中のプロであるクローディアには変化はないように見える。

 アイザックは、いやクリスタルレイクの住民は正体に気づいていた。


(ドラゴンだ!)


 誰もそう思いながらも何も言わなかった。

 アッシュたちであればドラゴンの復活は悲願であるし、セシル派の貴族たちもドラゴンは大切なものだと理解していた。

 だから場には、ただ妙な緊張感だけがあった。

 そんな場にアイリーンに手を引かれたクリスが入ってくる。

 どよめきが起こる。

 クリスは美しかった。

 どこに出しても恥ずかしくない貴族の娘がそこにはいた。

 こんな美しい娘が今まで話題にならなかったのかと皆一様に驚いていた。

 今まさにクリスの本気が炸裂したのだ。

 いやクリスと淑女亭の本気と言えるだろう。

 クリスは宝石をちりばめたドレスを着ていた。

 クリスタルレイクでは宝石は手に入りにくい。

 新大陸では手に入る場所までの探索はまだできていない。

 単価が高いため、セシルやアイリーンのポケットマネーで手に入れるのも難しい。

 だからクリスはとんでもない手に出た。

 悪魔が悪魔退治に来た貴族から取り上げた、魔術のかかった宝石。

 それをリメイクしたのだ。

 炎や氷、死の呪いまでかかった宝石の数々。

 暴発すれば会場のものはアッシュ以外即死は確実。

 見た目こそ美しいが、ダイナマイトを腹に巻いて来たようなものである。

 自分の嫁の美しさに度肝を抜かれる以上にアイザックはそこに度肝を抜かれた。

 押収物の仕分けをしていたアイザックはその危険性をよく知っていたのだ。


(バッカお前! なんつうものを着てやがるんだ!)


 緩みきっていたアイザックの顔がシャキッとした。

 アイザックは小声で言う。


「く、クリス……その服……」


「あらアナタ。似合う?」


(そうじゃねえよ!)


 アイザックは怒鳴りたかった。逃げ出したかった。


「ニ、ニアウヨ」


 だが口からは定型文だけが出てきた。

 犯人を刺激してはいけない。

 それだけが頭にあったのだ。

 クリスは幸せだった。そして悪意はなかった。

 なにせ小さい頃から憧れていたお姫様の結婚式の主役になれたのだ。

 それも自分で見初めた婿と。

 宝石の方も瑠衣がくれた物だ。

 由来は知らない。

 だがとてつもなく美しいのだけはわかる。


(刺激しちゃダメだ!)


 一方アイザックは緊張していた。

 そして心の中から後悔していた。

 見解の相違で嫁がキレたとしか思えなかったのだ。


「いつ見ても美しいよ」


 アイザックの口からいいかげんな台詞がひねり出される。

 クリスは笑顔になった。

 純粋に喜んでいる。

 明らかに場の緊張感とアイザックの緊張感は別物だった。

 セシルとカルロス、そしてアッシュが入ってくるのが見えた。

 この場を吹き飛ばす威力の爆弾を花嫁が身につけているとも知らず、セシルは言った。


「今日は我が友、ガードナーの結婚式にようこそ集まってくれた。この婚姻は我らのさらなる飛躍になるだろう。まずはアイザックを紹介しよう……」


 セシルは手慣れた様子でアイザックを紹介する。

 こういった場では経歴を盛るのが慣例だ。

 だがセシルは正直に言った。


「彼は悪魔と戦って生き残った。あの百剣のガウェインとも並ぶ剣豪だ」


 紹介はそれだけで充分だった。

 アイザックをよく知らないものまでが目を見開いた。

 注目の目が向けられるアイザックだが、それどころではなかった。

 アイザックはアッシュに向けて『嫁が危険な行動に出ている』と必死にアイコンタクトを送った。

 アッシュはその視線を感じ取り『お幸せに』と親指を立てた。


(そうじゃなくて!)


 アッシュは一つも気づいてくれなかった。


 もう自分が守るしかない。この世界を。

 アイザックは覚悟を決めた。

 アイザック一人が緊張する中、結婚式は進んでいく。

 楽しく、心が暖かくなるような素晴らしい式だった。

 ……アイザックを除いては。

 若い二人が結婚を誓い、セシルとカルロスがそれを承認する。

 とうとう二人は紆余曲折を経てガードナー家の人間に、貴族の夫婦になったのである。

 アイザックは死人が出なかったことに感謝した。

 二人が口づけをした瞬間、外で花火が打ち上がった。

 レベッカたちが喜ぶ。

 オデットとクローディアも再び壇上に上がり、二人を祝福する演奏をし始めた。

 会場の外へ通じる扉が開き、アイザックとクリスは手を取り合って外に出る。

 辺りはもう暗くなっていた。

 暗闇を仕掛け花火が照らす。

 花火はトンネル上に配置され、火花を散らした。

 タヌキとカラス、それに蜘蛛たちが暗闇から二人を祝福する。

 アイザックはいろいろとあきらめた。

 当初は世間体を気にして結婚を断ったアイザックだが、もうそんな気はない。

 二人はいつまでも仲良く……


 その時だった。

 アイザックの目にオデットのドヤ顔が目に入ったのは。


(あ、犯人わかっちゃった!)


 アイザックは瞬時に理解した。

 瑠衣に関しては悪意もへったくれもないだろう。そもそも常識がずれている。

 魔術の専門家であるクローディアなら、危険性を知っているのでさすがにこれはないだろう。

 クリスは被害者だ。魔術を知らないのだから。

 つまり犯人は淑女亭関係者で、かつクルーガー側の魔術に無知。

 そして誰かに危険なものだと聞いても、話を聞いてないタイプだ。

 それに当てはまるのはオデットしかいない。

 無言で震えながら睨むアイザック。

 あとで憶えてろと心に誓った。

 花火のトンネルに二人が入ると、どこからともなく笑い声が聞こえてきた。


「楽しいにおい」


「結婚式だよ」


「結婚式?」


「よくわからないけど楽しい」


「あそぼ」


 至る所から子どもの笑い声が聞こえてくる。


「クリス。来るぞ」


「うん♪」


 アイザックはクリスを抱き寄せた。

 クリスも何が起こるかわかっていた。


「みんなーおかえりー!」


 レベッカやドラゴンたちが外に走り出てくる。

 客たちはそれをなにかの演出だと思って見守っていた。


「「たのしいの! たのしいの! たのしいの!」」


 ドラゴンたちが跳ねる。

 すると地面が揺れ、空気が割れる音がする。

 キラキラと辺りが光り、人間の姿をした子どもたちが現れる。

 アイザックたちにはそれがドラゴンだとすぐにわかった。

 ちょうど暗闇で客からは見えなかったが、それはちょうどよかった。

 あとで点呼をしなければとアイザックは苦笑した。


「いっくぞー!」


 騎士でありタヌキのガスコンの声が聞こえた。

 ひゅるひゅると音がし、花火が空を照らす。

 今度は三段ロケットや宇宙進出とかのそういうムチャはしなかった。

 ただ大きく、明るかった。

 帝都からも花火が見えるほどに。


「どんどん行くぞー!」


 ガスコンは張り切っていた。

 この花火はすぐに話題になり、ガードナーの名物になった。

 アイザックとセシル、それにアッシュの名声は高まり、次期皇帝にセシルを押す声は大きくなった。

 そして、皇帝もこの花火を宮殿から見ていた。

 皇帝にもマネが出来ないものだ。

 皇帝は完全敗北を噛みしめていた。


「そろそろ引退のときか……」


 皇帝はそうつぶやいた。

明日は墓参りなどの用事のため、お休み致します。

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