二度目の結婚式 1
結婚式の当日。
ガードナー家でアイザックは呆けていた。
アイザックは反発する意思はないにしても、それほど乗り気ではなかった。
なにせ二度目の結婚式である。
今までも、ちゃんと祝ってもらって夫婦をやっていたのだ。
夫婦仲も悪くない。
だから一度目ほどの感動はなかった。
これは決してクリスに対してぞんざいな態度でいるわけではない。
単に『主筋であるセシルの命で結婚式をやり直す』という認識だったのだ。
『はいはい。貴族に見せつければいいんスよね?』である。
反抗的態度が悪い方に出ている。
そしてアイザックはその気持ちは嫁のクリスも同じだろうと思っていた。
『もう一回結婚式やるのも恥ずかしいっッスよ。嫁もそうだよね』である。
それをアイザックはけっして顔に出さないが、勘のいい女性陣は一目で見破った。ほぼエスパーである。
始まる前にセシルとアイリーンは裏でボケッと突っ立っているアイザックの胸倉をつかんで裏に連れて行く。
完全にカツアゲにしか見えない状況である。
「アイザックく~ん。その態度はないんじゃないかなあ?」
白塗りセシルが『パン買ってこいよ~。三秒な』という笑顔で言った。
笑顔だが額にはしわが寄っている。
かなりキレている証拠だ。
「アイザック、友人だから言っておくけどな、女の子にその態度は刺されても文句は言えないぞ」
名誉男子のアイリーンが偉そうに言った。
アイリーンの場合、彼氏のアッシュが超高性能なだけである。
だがそれでもアイザックには高性能に近づいてもらわねばならなかった。
「え? だって二回目の結婚式でしょ? 前に村のみんなでやったでしょ? そもそも俺たちが夫婦なのは変わらないわけで……」
「違う! 違う違う違う、ちがう! ち・が・う!」
アイザックの言葉を聞いてセシルはブチ切れた。
セシルはアイザックの胸倉を掴み揺さぶる。
その姿は男らしかった。いや漢だった。
「結婚式は何度でも戦場じゃああああああッ!」
なぜか漢弁になるセシル。
アイリーンもなぜか漢らしい顔になって言った。
「我々は手を抜かぬ。いつでも全力だ。だが貴様が手を抜けば大いなる災いが降りかかるであろう」
アイザックにはアイリーンの眉毛が野太く自己主張をしているように見えた。
大仰な言い方であるが、要するに『クリスがブチ切れる』という意味である。
アイザックは冷や汗を流している。
『なにこのテンション』と困惑もしていた。
完全に予想が外れた形だ。
アイザックは策士タイプのため、こうやって計画外の状態になると案外脆い。
冷や汗を額に浮かべていた。
「とにかくだ……婿養子のガードナー男爵よ……その身分が永遠に安泰だとは思わない方がいいぞ」
セシルは『婿養子の』を強く言った。
そのフレーズにはアイザックも弱い。
アイザックは「うッ!」と声を出すしかなかった。
「それにアイザック。君はこのイベントの規模を見るべきだ。ついて来い」
アイザックは二人についていく。
三人は会場の裏へ行く。
裏から会場を見ると、中には海軍のお偉方を含めたセシル派の貴族たちがずらりと座っている。
それだけではなく、たくさんの人々が会場にはいた。
なにも聞いてなかったアイザックは言った。
「……計画より多くないですか?」
「いやな……クリスの商売なんだが」
「はあ……そういやうちのがアッシュさんが殺し屋を押さえたので、問屋にようやく交渉相手として認めてもらったって言ってましたね」
スラム街はすでに悪魔とアッシュに支配されている。
仕事も多くあるため、わざわざ殺し屋をやるものもいなくなったのだ。
「最近はブラックコングのとこだけじゃなくて、ちゃんと組合や問屋を通してるから軋轢もない。というか、クリスは貴族たちに商売を通して貧民を救った聖女として認識されている。治安に問題を抱える領主たちはクリスと……それにアイザックにもお近づきになりたいと思っているはずだ」
「なんでそんな重要なことを夫である俺が知らないんですかね」
「プロパガンダを流したら収拾つかなくなったから黙ってた。えっへん♪」
「……あとで仕返ししてやる」
アイザックはつぶやいた。
仲が良いからこその台詞である。
「さて、料理が運ばれて行くぞ。くくくくく……伝説のはじまりだ……」
それは悪い顔だった。
豪華かつ大量の料理が運ばれて行く。
「いいかアイザック。これは貴族の結婚式だ。それも古い名家の結婚式だ。貴族にとって冠婚葬祭は戦場と同じだ。己の家の力を見せつけ、他の貴族たち……皇帝にすら侵略する気を起こさせないようにする。わかるか?」
「そこで食べきれないほどの料理ですか……」
「ただの料理ではない。見ろ」
清潔な正装をした男たちが巨大な飴細工を運んでくる。
まずは馬を模した、今にも動き出しそうな巨大な飴細工だ。
それを見た貴族たちが歓声をあげた。
「美しい彫刻と見間違える飴細工だ。さぞ度肝を抜かれたことだろう。これで芸術家アッシュの名前が広がるだろう」
「アッシュさんの名前を出しちゃっていいんですか?」
「ライミ侯爵であるアッシュと、俳優アッシュと、芸術家アッシュを同一人物だと思う人間はまずいないね。俳優と芸術家が同一人物ってところまで気づくものはいるかもしれないが」
確かにアッシュの外見はテキトーに創作されている。
野性的な超絶美形俳優。
線の細い繊細な芸術家。
巨躯の死神。
そのせいか同じ名前の別人とされている。
アイザックが見ていると今度は会場に女性が現れる。
クローディアとオデット、それに子どもが見えた。
桃色の髪の毛の子が先頭にいる。
レベッカに違いない。
「どうだ。クローディアとオデットのライブだぞ! 金を積んでもできない贅沢だ!」
思いっきり人間関係のコネである。
クローディアは一回目の結婚式にも参加したのだ。
だがその効果は絶大だ。
事情を知らないものは驚きで固まっている。
「さて、アイザックはそろそろ準備しろ。次は司祭役として私とカルロスも出る。聖騎士の腕章を着けたカルロスを見たらやつら卒倒するだろうな!」
悪い方のセシルが言った。
完全に遊んでいる。
そんなセシルの代わりにアイリーンが言った。
「アイザック。嫁の仕上がりには……期待していいぞ」
なに言ってるの?
アイザックは思った。
もうわけがわからない。
会場を見ると人間に化けたレベッカたちが、クローディアとオデットの後ろでスタンバイしていた。
一緒に歌を歌うのだろう。
アイザックは『もしかしてこの結婚式、ただじゃすまないんじゃね?』と思った。
それは半分当たっていた。アイザックが思ったのとは違う意味で。
なにせ会場の外では人に化けたタヌキとカラス、それに蜘蛛たちがなにやらゴソゴソとやっていたのだ。
「ゲイツ隊長。火薬セットしました!」
正装をしたゲイツは満足げに言った。
「我々の技術とオデット殿の思いつき。その行き着く先を見せてやろうぞ」
蜘蛛たちもタヌキたちもカラスたちも、『いい顔』をしていた。
彼らを止めるものなどいない。
なぜならクリスタルレイクではそれは『よくある』ことだったからだ。