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芸術品

 セシル派。

 ノーマンとの戦争で勇敢に戦った海軍を丸ごと傘下に収める超武闘派。

 と、激しく勘違いされているが、その真の姿は文化振興会である。

 なにせセシルは男装時の格好以外は趣味がいい。

 ありとあらゆる趣味に本気で手を出しただけあって、その鑑識眼は神がかっている。

 セシルが目をつけた品はまちがいなく流行するのだ。

 観劇から植木までありとあらゆる文化のパトロンにして仕掛け人とも言えるだろう。

 本人にその自覚はないし、ただ好きなことをやっているだけであるが……

 そんなセシルの友達サークル。趣味人の社交クラブがセシル派なのである。

 ゆえに政治的には無能……と思われがちだが、セシル派に認められなければ『文化人』になることはできない。

 その影響力は計り知れない。

 政治のリーダシップを取ることはないが、決して無視はできない。

 それがセシル派の本来の立ち位置であった。

 そんな文化お化けのセシルもアッシュの本気には期待していた。

 アイザックの酒場に適当に置かれていた飴細工。

 その精巧かつ、今にも動き出しそうな描写力が話題になっていたのだ。


 その日、セシルはアッシュの店にいた。

 アイリーンやカルロスも一緒だった。

 アイザックの結婚式も近く、後見人として準備も忙しかったが、アッシュの飴細工の見学を優先した。

 アッシュは店で飴を作る。

 飴細工は、傭兵をしているときに教わった技術だ。

 高級店の技術ではない。

 年で飴の大量生産ができなくなった飴職人が、子ども相手に売る屋台料理だ。

 本来のレパートリーも白鳥や馬など数種類だった。

 だがアッシュは凝り性だった。

 大きな手で器用にハサミを使い、火傷するほど熱い飴の温度など気にもとめないで一心不乱に形を作っていく。

 まずは金魚だった。

 ただ金魚に似ているだけではない。

 今にも動き出しそうな躍動感ある姿。

 最後に悪魔からもらった火の魔法がこめられた指輪で、飴を軽く炙り表面を滑らかにする。

 どう考えても道具の使い方がおかしい。

 だがセシルはツッコミなど入れなかった。

 なぜならそれは芸術だった。


「前々から知ってはいたが……ここまで才能があるとは思わなかった……」


 これには見ていたセシルも驚いていた。

 アイリーンはなぜか得意げな顔になった。


「どうだ。アッシュは凄いんだぞ!」


「……なぜ君が胸を張る」


「婚約者だからな!」


 アッシュはアイリーンを見て微笑んだ。

 それを見てセシルは思った。

 確かに貴族のお嬢様が飴細工を認めるというのは珍しい。

 それにアイリーンはアッシュが演劇に目覚める前から目をつけていた。

 結果はアッシュは侯爵になり、少なくてもクリスタルレイクでは俳優としても成功し、今度は芸術でも成功を収めようとしている。

 当初の状態なら誰も相手にしない男をつかんで、武力も名声も財力も手に入れた形である。


(……アイリーンって男を見る目があるのか!?)


 セシルは驚愕した。

 アイリーンは人を見る目がある……あるというレベルではない。

 本質を見抜く力があるようだ。

 それはクリスタルレイクの影響だと思っていた。

 だが……もしかすると……もともとこうなのか。

 その結論に至ったセシルは聞いた。

 猫なで声で。


「アイリーン。アッシュのどこが気に入ったのかな?」


 アイリーンは『んー?』と考えると言った。


「それは……あの筋肉。いやん♪」


 アイリーンはクネクネと身をよじる。

 アイリーンはわりと欲望に忠実なようだ。

 セシルが呆れているとアイリーンは続ける。


「それに優しいところ。ただ優しいんじゃなくてやるときはやるところが好きかな。えへへへへ♪」


 アイリーンの本音が聞けてセシルは安心した。

 ただのタヌキのカップルではなかったようだ。

 話しているうちに飴が完成していた。

 それを見たセシルは言った。


「美しい……なんという繊細な細工だ。まるで生きているかのようではないか」


 その言葉を聞いてアッシュはにこりと笑う。

 アッシュはあまり褒められなれていないので照れていた。


「今度は薔薇を作ります」


 そう言うとアッシュは、薄くのばした飴を熱してから重ね接着していく。

 徐々にそれは薔薇になっていく。

 アッシュは『いいできだ』と鼻息を荒くした。

 セシルは飴の薔薇を見て言った。


「アッシュ……君は飴職人になった方が歴史に名を残すと思うが」


 セシルは顔を上げてアッシュを見た。

 そこには実にもの悲しそうな顔をする巨人の姿があった。


「私が悪かった。好きに作ってくれ」


 セシルの言葉にアッシュはにっこりとした。

 今度は馬を作る。

 あっと言う間に、まるで生きているかのような馬の細工ができあがった。

 今にも動き出しそうな、アイザックに持たせたものの比ではない作品だ。

 セシルはこの飴細工を見て言った。


「……すまん。誰かブラックコングとアイザックの酒場で飲んでるうちの連中を連れて来て欲しい」


「あー、俺行ってくる」


 カルロスが外に出る。

 アイリーンは聞いた。


「どうした。気に入らなかったとか……?」


 アッシュを無条件に信じているアイリーンも少し不安になった。


「いや……期待以上だ……前のものは高級品として売れただろう。だが今作っているものは値段をつけられない。素晴らしすぎてな……」


「じゃあコングを呼んだのは……?」


「帝都の美術館に展示する。食品だから数日しか展示できないだろうがね。その運搬に美術品専門の業者を使う。いいか、クリスタルレイクを世に知らしめるぞ」


 セシルの目は本気だった。

 アッシュは首を捻り残念そうに言った。


「これ注文品なんだけど……」


 そんなアッシュにセシルがゆらりと近づいていく。


「なんてことだ……アッシュ……」


「あ、あの、どうした。セシル……」


 セシルはアッシュの服をつかむ。


「なぜ君は今まで世の中に出てこなかったのだ! ちゃんとした工房に入れば今ごろ傑作の一つも作っていたに違いない! どうして君のように優しい人間が傭兵なんかしてたんだ!」


 セシルの目は血走っていた。

 だからアッシュは言った。


「い、いや俺、傭兵ギルドの奴隷契約があったし……」


 今は地獄でお仕置きされている元村長が、奴隷として売ったのだから仕方がない。


「なんてことだ! 今まで不世出の天才を埋もれさせていたなんて! しかも友達なのに今まで気づかなかったなんて、私は、私は……何をしてたんだー!」


 セシルは両手で頭を抱えて叫んだ。

 それはセシルの魂の叫びだった。

 セシルは固まった。


「まあまあ、落ち着いて。今、飴作ってあげるから」


 そう言うとアッシュは小さな飴を作る。

 色の違う飴を重ねて伸ばし、包丁で切っていく。

 真ん中にレベッカの顔がある飴が作られていく。


「はい」


 アッシュはセシルに飴を渡す。

 セシルは飴を眺めてから口に入れる。


「美味しい……」


 納得はしてないが、大人しくなったセシルをアッシュはアイリーンに引き渡した。

 アッシュは基本の白鳥を作り出した。

 ただし人間の背丈ほどあるとてつもなく大きなものをだ。

 そこに花やドラゴンの飴細工を飾る。

 まるでジオラマのように。

 それを見てセシルはガチガチと歯を鳴らした。

 よほど悔しかったらしい。

 それを見て和ませようと思ったのかアイリーンが適当なことを言った。


「アイザックの結婚式にも作ればいいんじゃないか? あはははははは」


 セシルはお化けでも見たかのような表情でアイリーンを見る。


「え? どうした……の?」


 セシルはアイリーンをつかむ。

 その目は血走っていた。


「それだああああああああッ!」


 アッシュもアイリーンの発言を聞いた瞬間、目が光っていた。

 広場で子どもたちと遊んでいたドラゴンたちも、くんくんと鼻を動かした。

 幸せのにおいを嗅ぎつけたのだ。

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