飴細工
たいへん雑……いや先進的な考えを持つアイリーンによる統治は自由そのものだった。
特に商売に関しては、犯罪や帝都の既得権益ともめ事を起こしそうな案件でなければ野放し……いや自由を与えていた。
元難民が住民の大半を占め、底辺から這い上がることを推奨する空気がクリスタルレイクの住民の商売っ気を強くしていたのである。
彼らは暇そうにしている悪魔や、出稼ぎに来ているエルフなどの新大陸の住民、それに学者たちとあらゆる商売に手を出した。
そのせいでクリスタルレイクは、ありえないほどの文化レベルを誇る先進的都市になっていたのである。
そんなクリスタルレイクの住民も手を出さない商売がいくつかあった。
まずはカジノ。
アイリーンに許可を受けた数件以外は、裏ですら誰も手を出そうとしない案件である。
これはアイリーンの政策であり、カルロス対策である。
アイリーンは許可は適当に出す。
だが合法違法を問わず、やりすぎた賭場にはカルロスを派遣するのだ。
いかさまなどのおいたをしてカルロスに身ぐるみ剥がされた犠牲者たちの噂を聞けば、誰も手を出そうとは思わないだろう。
悪魔より恐ろしい人間は存在するのだ。
次にアッシュも経営している菓子店。
これは禁止もされてないし、アッシュもやめるように言ったことはない。
駄菓子の屋台はいくつもあるが、店を出そうと思うものはいなかった。
これは空気を読んだ結果である。
そしてもう一つ……
酒場である。
正確に言うと『少しランクの高い酒場』である。
最近ではクリスタルレイクに飲み屋はいくつもできていた。
だがそれはクローディアから酒を買わないような安い店ばかりである。
そういう店は惣菜屋も兼ねているため酒のグレードは問題にならないのだ。
逆に高級な酒を出す店はアイザックの店だけだった。
これには切実な原因があった。
アイザックの酒場の常連はセシル派の由緒正しい貴族たちである。
上級騎士課程を履修していたアイザックやカルロスは、貴族に接する際の態度を叩き込まれている。
アイザックはいくらか崩しているものの一線を越えるようなことはない。
だが普通の商人や、普通の農民、元難民では、いくらなんでも貴族の接客をさせるのは難しい。
接客に失敗したら首が飛びかねない。
だから誰も参入しなかったのだ。
という訳で、ここクリスタルレイクでも、それぞれ面倒な理由で誰も参入しない業種があるのだ。
そんな中、アッシュの店から話は始まる。
その日、アッシュは飴を作っていた。
飴と言ってもベースはもう作ってある。
アッシュは温めた飴の固まりに芦の茎を刺した。
そのまま芦を使って息を吹き込む。
飴が膨らんだ。
アッシュは今度はハサミで飴に切り込みを入れる。
「「わぁーッ♪」」
ドラゴンたちが目を輝かせながら作業を見守る。
飴に切れ込みが入り、アッシュはそれを潰したり伸ばしたりする。
あっと言う間に飴は白鳥の形になった。
「白鳥さん♪ 白鳥さん♪」
レベッカがしったんしったんと跳ねる。
アッシュは最後に植物から抽出した絵の具で色をつける。
白鳥の飴細工の完成である。
「はい♪」
アッシュはレベッカに飴細工を渡す。
レベッカは頭の上に掲げる。
「白鳥さん♪」
「「おおー!」」
ドラゴンたちが目を輝かせる。
「次はなにを作ろうか?」
アッシュが言うとドラゴンたちは元気よく答える。
「「タヌキさん!」」
アッシュは笑うとタヌキを作る。
その後も蜘蛛やカラスや金魚も作る。
それを次々とドラゴンたちに渡す。
「「うわーい!」」
ドラゴンたちは大喜びする。
するとレベッカが言った。
「みんなに見せてきていいですか!?」
村の子どもたちにも見せたいらしい。
「いいけど太陽の光で溶けちゃうかもな……アイザックの店に置かせてもらったらどうかな?」
ドラゴンたちの目が輝く。
ドラゴンたちは自分たちが食べるよりも人を喜ばすことが好きなのだ。
「「あい!」」
「じゃあ、その前に普通の飴を作るから持って行ってくれるかな?」
「「あい!」」
アッシュの飴は村の子どもたちのおやつの定番だった。
レベッカたちはアッシュから大量の飴をもらう。
「じゃあみんなに配ってきてくれるかな。これはお駄賃」
「「あい!」」
ドラゴンたちは大喜びで出て行く。
その後ろをダメ騎士三人が護衛でついて行った。
今はまだ死んだ目をしているが、そのうちなれるだろうとアッシュは確信していた。
ドラゴンたちは、まずアイザックの店に行く。
中では結婚式前のアイザックが店の掃除をしていた。
アイザックはドラゴンたちを見ると笑顔になった。
「おー、どうした。ちびっ子ども」
「にいたんの飴さんです。はい」
レベッカは飴細工を渡す。
「……アッシュさん。相変わらず半端ねえな」
アイザックは真剣に飴細工を眺めた。
「飾ってくださいって」
レベッカはニコニコした。
「おう、飾る飾る!」
アイザックは飴を受け取ると、とりあえず空いている花瓶に挿した。
「こりゃ、あとで飾り方を考えないとな」
アイザックはそう言うと厨房に入り、芋菓子を取ってくる。
「はい、お駄賃。どうせ子どもたちのところに行くんだろ? 一緒に食べておいで」
「「アイザックお兄ちゃん、ありがとう!」」
ドラゴンは尻尾をふりふりして礼を言った。
そしてドラゴンたちは騎士たちと広場へ消えたのだ。
そしてその夜……
「アイザックくん。これは何かね?」
花瓶に挿した飴を見て、口ひげのダンディな貴族が聞いた。
「あ、はい。アッシュ閣下のお作りになった飴細工です。閣下はこういったものを作られるのがご趣味でございまして、よく下賜して頂きます」
アイザックは正直舌を噛みそうになりながら説明した。
ちなみについうっかり足を肩幅に開き、後ろに手を組む、いわゆる『休め』をしている。
これは染みついた習慣なので仕方がない。
「ほう……これをアッシュ殿が……」
貴族はなにやら考えていた。
「アイザックくん。たしかアッシュ殿は菓子屋を経営されているとか。すまないがアッシュ殿にお見積もりを頼んでくれないだろうか?」
「は! 数量はいかほどでしょうか?」
「そうだね。5つほどかな。これは素晴らしい土産物だ。ぜひ頼む」
どうやら家族へのお土産らしい。
アイザックはなにも考えていなかった。
ただ、仕事として頼まれたときのアッシュの本気をまったく考慮に入れてなかったのだ。