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クリスタルレイク説明会 裏編

 アイザックは呼吸を整える。

 攻撃されてもいいように下っ腹に力を入れた。

 対ショック防御態勢を整えるとアイザックは意を決して言った。


「レベッカちゃん。元の姿に戻って」


 レベッカはニコニコしながら元気よく言った。


「あい♪」


 ポンッという音がし、煙が上がった。

 この辺の演出はドラゴンの気分次第のようだ。

 煙の中から現れるのはいつものレベッカ。

 エイデンは固まる。

 アイザックはエイデンが暴れないように静かに言った。


「大叔父殿。俺たちが最優先で守らなければならない存在、それがドラゴンの子どもだ」


 レベッカは尻尾をふりふりした。

 よくわからないらしい。


「はい、みんなも」


 アッシュが優しく言うと、ドラゴンたちも元気よく返事をした。


「「あい!」」


『ぼふん』だったり『ちゅどーん』だったりと演出は各自の気分で違った。

 出てくるのはカラフルな色のドラゴンたちだった。

 エイデンはぼうっと見つめている。


「大叔父殿……おーい」


 アイザックはエイデンを揺する。

 ショックでボケてしまったかと少し心配だった。


「なるほど……若い頃に聞いたことがある……」


 エイデンはレベッカの前にしゃがみ込む。

 そしてレベッカの頭をなでる。

 なでる。

 なでまくる。


「や~ん♪」


 レベッカは身をよじる。


「レベッカちゃんというのか。かわいいなあ」


 姿形はどうでもよかったようだ。

 この辺の認識の雑さを兼ね備えていることは、クリスタルレイクへの適性があるということだ。

 さらにエイデンは言った。


「ほら、みんなもこっちに来なさい」


「「あーい♪」」


 ドラゴンたちがエイデンに押し寄せる。

 エイデンはニコニコしながらドラゴンたちをなで回す。


「そこのおじちゃんたちにもご挨拶してくれるかな?」


 エイデンはにこやかに言った。

 そして同時にダメ騎士三人を睨み目で殺す。

『なでろ。拒んだらこの場で殺す』と。


「あ、ははははは……かわいいね……」


 死んだ魚の目で三人はドラゴンをなでていた。

 ドラゴンが嫌いなわけではなく、エイデンが怖かったのだ。

 そんなエイデンは、ぽつりと言った。


「昔はアイザックもこんなにかわいい時代があったのにな……おーよしよし」


 もちろんこれは、かわいげのないアイザックへの嫌味である。


「大叔父殿、過去を捏造するのはやめてくれ……」


 アイザックはため息をついた。

 話が進まない。

 エイデンは完全におじいちゃんモードになっていた。

 アイザックが嫌そうな顔で聞いた。


「それで……若い頃に聞いたことって?」


「うむ。昔、宮廷のある貴族がドラゴンを捕まえたと報告をした」


 エイデンは懐かしそうな顔をしていた。

 おそらく数十年前の話だろう。

 アイザックは嫌な予感がした。


「ちょっと待て。なんとなく結末がわかったぞ。貴族が酷い目にあったんだろ?」


 結末まですでに予想できたのだ。


「うむ。よくわかっているではないか。燃えた。跡形もなく、屋敷ごと」


 犯人までわかった。

 アッシュは小首をかしげた。

 あまりかわいくない。


「おばちゃん?」


「アッシュさん、そりゃ一人しかいないでしょ! 大叔父殿。その犯人のところに行くぞ」


 アッシュとドラゴンたち、それに騎士たちは宿を目指す。

 クローディアが月極で借りている部屋があるのだ。

 クローディアは劇場やアッシュの家で適当に寝泊まりしてるため、本来は必要ない部屋である。

 現在は酒とつまみの保管所として使われている。

 宿に入るとタヌキと蜘蛛が酒盛りをしていた。


「あ、いた。おばちゃん、新しい騎士さんが挨拶だって」


 アッシュが声をかけた。


「おばちゃーん♪」


 レベッカも真似をした。

 すると返事が返ってくる。


「はーい♪」


 酒瓶を持ったタヌキが現れる。

 それと蜘蛛も挨拶に現れる。

 ダメ騎士三人はここで泡をふいて倒れた。

 通過儀礼である。

 エイデンはなんとか踏みとどまった。

 とてつもない精神力である。

 蜘蛛の背中には泥酔したオデットが乗せられていた。


「えーっと……クリスタルレイクで一番の酔っ払い。タヌキの花子と蜘蛛の人です」


 アイザックは雑に説明した。


「ちょっと、ひどい! おばちゃん、これでも女の子なのよ! もっと優しくして!」


 タヌキは「えい」とかけ声を出すと、人間の姿、クローディア・リーガンに変わった。

 蜘蛛も適当に人の姿になる。

 すると冷や汗を流して固まっていたエイデンが額にしわを寄せる。


「ううん? お嬢さん。ダイアナ・ターナーを知っているかね?」


 どう見ても観劇の趣味があるようには見えない老人の口から過去の女優の名前が出た。

 今度はクローディアが滝のように汗を流した。


「しししししし、知ってますけど……それはもう美しい女優で……」


 クローディアの目が泳ぐ。


「50年ほど前か……お嬢さんにそっくりな女優が……」


「あのころの私は……じゃなくて、ダイアナはもっと髪が短くて、色もブルネットだったし、胸もささやかだったよね?」


 挙動不審である。

 すでに答えを言っているのと同じだった。

 もちろんエイデンは確信を持っていた。


「お嬢さんに似てますが。姿形ではなく、こう佇まいが」


 エイデンの目がくわっと開いた。

 とうとうクローディアは観念した。


「……本人です」


 エイデンは急に怖くなくなった。

 なにせ若い頃密かに憧れていた女優だったのだ。

 悪い生き物であるはずがない。


「そうですか……ではこの盾にサインを」


「ジジイ、なにを口走ってやがる」


 アイザックのエイデンへの呼称は『大叔父殿』から『ジジイ』に変わっていた。

『厳格な大叔父のこの姿は見たくなかった』

 後にアイザックはそう語った。

 アイザック的には結構ショックである。


「若い頃に騎士団のみんなで劇場に通った女優が目の前にいるんだぞ! サインの一つや二つもらってもいいではないか!」


「ジジイ、目が血走っているぞ」


 これは仕方ない。

 エイデンからすれば青春の思い出である。

 この気持ちは年若いアイザックにはまだ理解できないだろう。

 結局、クローディアが昔のサインを盾に書くことで解決した。

 エイデンはアイザックの前では見せたことのない喜びようだった。

 エイデンが落ち着いたのを見て、疲れたアイザックの代わりにアッシュが言った。


「えっと、悪魔のクローディアに新大陸人のオデット、それと蜘蛛の人……そういや瑠衣さんは?」


 アッシュが聞くと蜘蛛が『つれてくる』という札を出してどこかに消えた。


「クローディアと今から来る瑠衣さんは、アークデーモン。わかりやすく言うと魔王です。うちにはあともう一人、伽奈さん。ガウェインの奥さんが魔王です」


『ぶふッ!』っとエイデンが吹きだした。


「アッシュ様。今なんと?」


「ガウェインの奥さんが魔王?」


 エイデンは口を開けて固まった。


「この老体には刺激的なことが多すぎて……」


 エイデンがそこまで言ったとき、空間を裂いて瑠衣がやって来る。


「すいません。遅れました……あらお久しぶりですね」


 瑠衣が微笑む。


「る、瑠衣教官殿おおおおおおおぉッ!」


 それだけを言い残してエイデンは今度こそ本当に倒れた。


「瑠衣さん。いったいなにをしてたんですか……」


 アッシュが言うと瑠衣は微笑んだ。


「ないしょです♪」


 こうして騎士たちはクリスタルレイクの住民になったのである。

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