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老騎士

 エイデン・クラーク。

 アイザックの大叔父にあたり、近衛騎士を務めたクラーク家の伝説である。

 引退した今となってもクラーク家の実質的な家長である。

 とは言えエイデンは小細工が苦手だった。

 だから今回の乗っ取りには関与していない。

 ただ新しい騎士団、一族のものが作り上げた騎士団に興味があっただけだ。

 エイデンは今回のテストに一参加者として混じっていた。

 老人と言える年齢でありながら、今回のテストに平然と参加するところからも腕に自信があることがわかる。

 エイデンは情けなく蹴散らされた一族の男たちを放って森の出口に辿り着く。

 任務はあくまで森から出ること。

 戦う必要はない。

 エイデンは脱落者には言葉もかけない。

 老人は古い人間だった。

 黙って任務を遂行する。

 足手まといは切り捨てる。

 それだけが老人の世界であった。

 ヤンキー気質のアイザックとは当然のようにウマが合わなかった。

 エイデンからしてもアイザックは、自分からコソコソ逃げ回る理解不能な異物でしかなかった。

 誰もが羨む才能がありながら、それを無駄にするウジ虫にも思えたのだ。

 そんなアイザックが貴族になるというのはエイデンからしても信じられない出来事だった。

 エイデンの目にアイザックの姿が映った。

 アイザックは騎士にはありえない軽装で傭兵の持つような片手剣を持っていた。

 騎士からすれば『ふざけるな』と激怒するような装いだった。

 だがエイデンは瞬時に見抜いた。


「腕を上げたな……アイザックよ」


 アイザックはヘラヘラとしていた。

 だが一分の隙もない。

 まるで古の英雄のように見えた。

 それだけでもエイデンには驚きだった。

 エイデンはいつ攻撃されても言いように大盾を前に構えた。


「騙されてくれねえか……ったく、かわいげのない爺さんだ」


 アイザックは頭を掻く。

 するとアイザックは腰のベルトから爆薬を外すと投げ捨てた。


「こいつはいらねえな……っと。さて、一応聞いておくか。エイデン大叔父、俺の話を聞いてくれるか?」


「つまらぬことを。聞いて欲しければ剣で語れ」


「めんどくせえな。はいはい、やりますよ」


 アイザックは剣を抜くと肩に乗せた。

 騎士の構えではなかった。


「その構え……誰に習った?」


 エイデンが聞いた。

 アイザックは少し考えると答える。


「百剣のガウェイン。それにゲイツの旦那かな。それと……ライミ侯爵にも遊んでもらってる」


 百剣のガウェイン。

 思わぬビッグネームが出てきた。

 エイデンはそれ以外にもあの化け物たちやライミ侯爵の化け物ぶりを聞きたかった。

 だが、言葉ではなく剣で語るべきと己を律してきた生き様がそれを許さなかった。

 エイデンも剣を抜く。

 大きく、重く、飾り気のない騎士団の支給品である。

 それを片手で持っているのだ。

 アイザックは踏み込んだ。

 己の剣をエイデンの持っていた盾にわざと叩きつける。


「ぬう!」


 アイザックの一撃は重かった。

 老骨にむち打つ衝撃が体までも貫いた。

 だがエイデンはそれを受けきる。


「うっわ、これを受けきったよ。なんつう腕力だ」


 アイザックも驚いていた。

 ちゃんと助走するだけの距離を取り、腕力に体重を乗せた一撃だった。

 それを老人であるエイデンは受けきったのだ。


「ふんッ!」


 エイデンはアイザックを盾で殴った。

 それは当たったらタダではすまない一撃だった。

 エイデンは本当に殺すつもりだった。

 アイザックはわざと後方に飛び上がり、盾の一撃を受ける。

 空中で衝撃を逃がすために、体をくの字に曲げると体を捻って受け身を取る。

 そのままゴロゴロと転がり落下の衝撃を分散する。

 エイデンは追撃を開始した。

 アイザックへ近づくと剣を縦に振り下ろす。

 完全に殺すつもりである。


「ふんッ!」


 アイザックは渾身の一撃を転がって避け、その勢いで立ち上がった。


「あぶねえ! 殺すつもりか!」


「無論だ」


 実はこの二人の仲が悪い原因。

 それはこの二人が似ていることが原因だった。

 二人とも勝負にはムキになる気質だったのだ。


「あー! よっし、わかった俺も手加減しねえ!」


 アイザックは言った。


「剣で示してみよ!」


 エイデンも言った。

 実はエイデンもムキになっていた。

 アイザックは一気に間合いを詰める。

 単純な速さはアイザックの方が上だ。

 だが大きな盾がアイザックに立ち塞がる。

 かまわずアイザックは剣を盾に打ち付けた。

 ビクともしない盾に何度も剣を打ち付ける。


「ちょこざいな!」


 エイデンが盾を前に構え体当たり(チャージ)をする。


「それを待っていたぜ!」


 アイザックは盾に剣を突き出した。

 剣が盾を貫通する。

 カウンターで盾ごと突き刺そうとしたのだ。

 それは本当に殺すつもりの一撃だった。

 だがエイデンは途中で止まった。

 それは騎士としての経験か。それとも体力の限界だったのかはわからない。

 エイデンは怒鳴った。


「貴様ぁッ! 殺すつもりか!」


 自分がメチャクチャなことを言っている自覚はない。

 エイデンは剣の突き刺さった盾を放り投げる。

 アイザックも剣を離す。

 二人は睨み合った。

 お互い呼吸を整えながら、脳内でこの後の展開を練る。

 高度な戦略を組み立てていったのだ。

 先に手を出したのはエイデンだった。

 ガントレットでの一撃はアイザックの顔を捉えていた。


「来ると思ってたぜ!」


 アイザックは半歩下がり、拳を指一本の距離で避ける。

 そして腕を取る。

 そしてアイザックは体を反転。

 体を沈め、ぶん投げた。


「ぬお!」


 下は土だったため音こそ大きかったが、エイデンに怪我はなかった。

 アイザックは腕をつかんだまま、仰向けだったエイデンをうつ伏せにする。

 腕を背中側にくの字に曲げ、そこに自分の足を差し込み膝に体重をかけて潰す。

 さらにエイデンのアゴに手を回し顔ごと腕で締め上げる。


「俺の勝ちだ!」


 エイデンは抵抗するが、完全に制圧されていた。

 ビクともしない。

 アイザックは腕に力を入れさらに締め上げる。

 それ自体は意識を落とすほどの力はなかった。

 だが動けない事実は変わらない。

 エイデンはとうとう観念し、手で地面を叩き降参を意思表示した。

 アイザックは顔から手を離し、足も抜いてエイデンを解放した。

 エイデンは倒れたままでいた。

 エイデンは理解していた。

 アイザックに手加減されていたことを。

 最後の投げ技は完全に見えなかった。

 気がついたら投げられていたのだ。

 それだけ二人には実力差があったのだ。

 アイザックはいつでもエイデンを殺すことができたはずだ。

 エイデンは言った。


「儂にどうしろと言うのだ」


「大叔父貴。あんたらが見たとおり、このクリスタルレイクは人外と人間が共存する場所だ。それを理解できねえやつらに荒らされるわけにはいかねえ」


「悪魔に守られているのか……それを知っているからセシル様は……」


「違え! 悪魔も俺たち騎士団が守る対象だ。悪魔は人間より強いが無敵じゃないし、やつらは戦いが嫌いなんだ。俺たちが守ってやらなければならねえ」


 エイデンは絶句した。

 アイザックは価値観がまるで変わっていたのだ。

 だが負けは負けだった。


「わかった……勝者に従おう」


「おう。わかってくれたか」


 ヨロヨロとエイデンは立ち上がった。


「あいわかった……だが!」


 エイデンの目がくわっと開く。


「儂をクリスタルレイクへ連れて行け! 貴様の理想、貴様の生き様、貴様の野望、それを家臣としてこの目で見届けてくれる!」


「……はい?」


「さあ往くぞ!」


 仲間が一人増えた。

 だがアイザックは目を点にした。

 あきらめさせるはずだった。

 だがこの老騎士の心にあった最後の炎に火をつけてしまったらしい。


「どうしてこうなった……」


 アイザックはつぶやいた。

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