テスト 1
騎士たちが帝都近くの森に集まっていた。
その数100名超。
現在、仕えていない騎士たちだ。
クラーク家親戚一同だけではない。
目的は飛ぶ鳥を落とす勢いの第三皇子の傘下に入ること。
自ら伝説の一部になることを望んでいるのだ。
金と名誉のにおいを嗅ぎつけた……と言えば下衆に聞こえるかもしれない。
だが自らの優秀さを信じるものがキャリアアップを図るのはごく普通のことである。
ただセシルの望むスキルを彼らが持っているかという問題があったのだ。
セシルはいつものように、道化というよりは魔王寄りの男装をして騎士たちの前に出る。
「諸君、今日はお集まり頂き誠に感謝する。第三皇子セシルだ」
セシルを見て吹き出すものがいないのは、高度に訓練された証であると言えるだろう。
「まず……だ。我ら桃龍騎士団の目的について説明しよう」
騎士たちは余裕の表情だった。
なにせ彼らはアイザックの一族やその友人たちだ。
口だけではなく腕もあった。
「まずだ。私のクリスタルレイク駐留の目的はわかっているな? アッシュ新大陸総司令官……辞令はまだだがな。アッシュと新大陸を探索すること。それが我らの使命だ」
騎士たちは期待に胸を膨らませた。
探索は騎士の仕事ではない。
だがこれ以上海軍に手柄を持って行かれるのシャクというものだ。
「それとこれは重要だが、侵略からこの地を守るのも我らの役目だ」
全員が気合を入れた。
新大陸出現前、ここはノーマンとの戦争の前線だった。
当然のことだ。
このときセシルはノーマンとは言わなかった。
なにせ侵略者ははぐれ悪魔や神族が主である。
だが騎士たちに気合が入っているのはいいことだ。
雇い入れるとしても、心をへし折るとしてもだ。
「そして諸君らに求める技量について説明しよう。ライミ、前へ」
ずううん、ずううんという低い音が騎士たちの体に響いた。
アッシュの足音だ。
騎士たちには熊でも近づいているのかと思った。
だがそれはすぐに間違いだと気づいた。
アッシュの姿が見えたからだ。
アッシュは鎧を着用していた。
悪魔が騎士から没収したオーダーメイドの鎧を新大陸のドワーフに直してもらったものだ。
お気に入りの仮面も着けている。
そんなアッシュを見て騎士たちは本能的に察した。
『勝てない』と。
それをわかっていながらセシルは煽る。
「どうした? アイザックはライミに何度も戦いを挑んでいるぞ。諸君らができぬ道理はないはず」
セシルはニヤニヤとしていた。
白塗り化粧のせいで余計に悪く見える。
騎士たちはごくりとつばを飲み込んだ。
「お、応、一堂なにを恐れている! ライミ様こそ、我らが忠誠を誓う御仁ぞ!」
そう一人が叫ぶと全員が脱落できない空気ができた。
できてしまった……不幸なことに。
セシルは続ける。
「このライミは悪魔を数体葬っている。」
騎士たちは声もあげなかった。
なにを言ってるのとキョトンとしていた。
「証拠はこの鎧だ。悪魔からいただいたものだ」
セシルは嘘をついた。
それがケーキの代金であることは知っている。
だが演出として誇張した。
騎士たちがざわついた。
アッシュの鎧が高級品だというのは一目でわかったからだ。
だが悪魔なんて……大げさすぎてどう評価すればいいかわからない。
「まあ……言葉だけ聞いても理解はできないだろうな。さて、諸君らへの試験だが……単純な腕試しだ。追撃をかわして森を抜けろ。脱落者も場合によっては仕官させてやる。我々が見ているのは内容だ。では始め!」
一方的にセシルは開始を宣言した。
説明するのが面倒になったのだ。
騎士たちはどうすればいいかわからなかった。
だからセシルは言った。
「ライミを攻撃するなり、逃げるなり好きにしろ。とにかく森を出れば勝ちだ」
騎士たちはお互いの顔を見合わせると剣を抜いた。
アッシュはそれを確認すると適当な大木に手をついた。
騎士たちは何をするつもりかと見守った。
「セシル様。離れて」
アッシュが言うとセシルはアッシュの方へ走っていく。
「いやー、すまん、すまん。邪魔だったな」
『邪魔』という言葉を聞いて騎士たちは息を呑んだ。
何をするのかまったく予想がつかなかったのだ。
べきり。
突如として破壊音が響いた。
それはアッシュが大木を握った音だった。
木は握り潰されていた。
アッシュはその手に力を入れる。
「ふんッ!」
地揺れが起きた。
それは大木の根が地面から引き抜かれた事による揺れだった。
アッシュは大木を引っこ抜いたのだ。
「「は?」」
その場にいた騎士たちの心は一つになった。
なにこの理不尽。
いや人間としておかしいだろ。それ。
そして騎士たちは次にアッシュが何をするのかなんとなく理解した。
「や、やめ!」
誰かの声がした。
だが容赦なくアッシュは大木を振りかぶった。
筋肉がうなりを上げ、大木がしなった。
そしてアッシュは手にする大木を一気に放つ。
森を薙ぎ倒しながら大木は一直線に進む。
それは神の槍よりはかなり手加減した攻撃だった。
あえて名前をつけるなら『アッシュミサイル』といった所だろう。
「あはは。避けないと死ぬぞ」
セシルの人ごとのような声など誰も聞いていなかった。
死の恐怖とかそんなものではなかった。
100人の騎士……いや、たった100人の騎士が戦略兵器に攻撃されたのだ。
一方的に蹂躙されるのは当たり前だった。
なにせ恐ろしい重さの物体がとてつもない速さで飛んでいったのだ。
巻き込まれて吹き飛ばされたものも何名もいた。
いきなり数人が戦闘不能にされて驚かないものはいない。
彼らはパニックを起こしていた。
残った騎士たちは剣を投げ捨てて逃げた。
仲間を救助しようなんて発想すら出てこなかった。
殺される。
なまじ腕があるばかりに騎士たちはわかっていた。
勝てるはずないと。
一方的にひねり殺されると。
だが彼らは知らない。
アッシュが本気なら大木が飛んでいく速度は音速だったろうし、そもそも大気圏からの攻撃で一瞬で全滅させられていたはずだ。
蜘蛛の子を散らすように騎士は森を逃げ惑う。
「おーい。いつものアイザックならこの程度ならまだ戦いを継続するぞー……って聞いてないな」
セシルは残念そうに言った。
「カルロス、アイザック。救助をお願いね」
セシルは言った。
闇から黒い鎧を来た二人が現れる。
アイザックとカルロスだ。
わからないように潜んでいたようだ。
「うっわぁ……アッシュさん雑だな。人をゴミ扱いじゃねえか」
カルロスが言った。
微妙に視点が悪魔よりである。
「これでも怪我させないように気を使ったんだろ……まったく意味ないけどな。あーあ、とりあえず診療所に運ぶぞ」
アイザックも呆れている。
こっちはまだ人間の視点だが、それでもどこかおかしい。
「これから悪魔たちも鬼ごっこ……げふんげふん、テストに参加する。二人とも救助を頼んだよ」
セシルは楽しそうに言った。
悪魔よりも悪魔らしい邪悪さ。
それこそが人間の姿ではないだろうか。
そうアイザックとカルロスは思うのであった。
テストはまだ始まったばかり。
犠牲者はまだまだ増えるのであった。
ジョージ・A・ロメロ監督のご冥福をお祈り致します。