悪魔は人間さんを脅かしたい
アシュえ●んによって招集された会議に呼ばれたレヴィンは思った。
『なんで俺、こんなところにいるの?』と。
周りはクリスタルレイクと新大陸の首脳陣たち。
ドラゴンのレベッカと青龍。
新大陸代表のオデット。
さらにセシルやアッシュ、アイリーンとアイザックにカルロスといったいつものメンバー。
ガウェインまでいる。
そして瑠衣や伽奈、それにクローディアまでいる。
そこにただの警備隊長。レヴィンが呼ばれるというのはありえないことだった。
司会進行役のベルが言った。
「それでは桃龍騎士団問題を話し合いたいと思います」
レヴィンはおずおずと手を上げた。
「なんでしょうか? レヴィンさん」
「あの……それがしは場違いなのでは? 警備隊の隊長職を仰せつかっておりますが桃龍騎士団ではありませんので」
「そうでしたね。そこから説明致します」
ベルは室内に掲げられた大きな板にろう石で図を書いていく。
「実は桃龍騎士団ですが、内部に団を継ぐことのできる人材はおりません。というか人がほとんどいません」
「はい?」
レヴィンは聞き返した。
仮にも王族の作った騎士団。
そんないい加減なことがあるはずがない。
「当初はゲイツ殿にお願いしようかと考えていたのですが……騎士団に登録した出生証明が未だに存在することが発覚しました」
「……え?」
思わずレヴィンは聞き返した。
どういう意味だろうか。
「騎士登録されている悪魔ほぼ全員が書類上で二百歳を超えていらっしゃることが判明しました。さすがに本人というのは無理があるかと……」
「相続人ということにすればいかがでしょうか?」
レヴィンは言った。
それが一番楽である。
するとベルは答えた。
「調べた所、騎士の身分の相続は内務省の許可制でございまして……ほぼ有名無実ですが。一応、相続の許可を怠った場合、罰金に騎士の身分の剥奪、労役も課される法律が生きております。それを避けるために本人だと言っても見た目が若いので信じてもらえないかと。当然、アイザック様のご実家は異議を申し立ててこの条項を盾にして争うでしょう。そうしますと桃龍騎士団は悪魔を知らないド素人に乗っ取られ、桃龍騎士団に悪魔がいることも発覚してしまいます」
ベルはそう言ったが、アイザックの実家が悪意があるかというと、全く以てそうではない。
王族に気に入られ、小さいと言えども帝都近くの領主になったといういうクラーク家にとっては千載一遇のチャンスである。
この機を逃す理由はない。
むしろクルーガー帝国の常識においては、身内を雇い入れないアイザックの方こそ非難されるべきである。
ただ不幸だったのはクリスタルレイクの特殊性をクラーク家が知らなかったことである。
「それで……それがしはなぜ招集されたのでしょうか?」
レヴィンが質問をした。
レヴィンはまだ『場違いだ』という顔をしている。
それにはアッシュが答える。
「急いで騎士を集めて欲しい。クラーク家が騒ぐ前に大急ぎで体裁を整える。ただ……欲しいのは悪魔を怖がらない騎士だ」
「なるほど……でもよろしいのですかアッシュ様? それがしの知己のものはアイザック様と違ってあまり身分が高くありませんが……」
騎士と言っても身分はピンからキリまでいる。
庶民上がりで馬の世話や鎧の整備などをこなす従騎士や、カルロスのような聖騎士、王宮の親衛隊まで様々である。
アイザックは名門だが貧乏、レヴィンは従騎士に限りなく近い騎士で没落した。
それを気にしているレヴィンにアッシュは言った。
「身分なんて言ったら俺だってお菓子屋だ。アイザックは酒場のマスター。カルロスは……」
そこまで言ってアッシュはカルロスを見た。
カルロスは聖騎士で海賊で診療所の所長で料理人でセシルの相方でもある。
よく考えれば悪魔よりよほど謎の生き物である。
カルロスもなんとなく察して遠い目をしている。
「なんかごめん」
アッシュは謝った。
アッシュが悪いわけではない。
だがなんとなく謝っておきたかった。
「いえアッシュさんのせいじゃありません」
「これからもがんばって」
「……ありがとうございます」
生ぬるい友情がそこにはあった。
この二人だと話は進まないので今度はアイリーンが続ける。
「つまりだ。人外を恐れない……というか一緒に遊んだり酒を飲んだりできる人材が欲しい。今、ブラックコングや我が一族、エドモンド卿にも探してもらっているが中々に難しい。頼めるか?」
少しだけレヴィンは悩んだ。
今さら昔の仲間に会うのは憚られた。
もう騎士ではないのだから。
「これはレヴィンにしか頼めない。我々の伝手ではもう限界なのだ」
女性にそこまで言われて引き下がるのは騎士の風上にも置けないことだ。
もはや騎士ではなくともレヴィンには断ることはできなかった。
「わかり申した。このレヴィン。任務を仰せつかりました」
レヴィンは頭を垂れた。
すべてを無くしたレヴィンにはもうアッシュに付いていく以外の人生は選択できない。
これが人生最後のチャンスなのだ。
変なプライドとかは捨てねばならない。
レヴィンの返事を聞いてアイリーンは皆に言う。
「さて、人材の確保はここまで。次はアイザックだ」
「いいアイデアがございますか!」
アイザックは色々考えたがいいアイデアが出なかった。
こういうのは瑠衣やセシルなどの法や統治に詳しいものでないと難しい。
「セシル様。お願いします」
セシルが発言をする。
「アイザック、実家の代表をここに呼びなさい」
「説得してくれますか!」
アイザックの声は期待に満ちていた。
それを期待していた。
主家のアッシュや第三皇子が説得するのが一番効くだろうと思っていたのだ。
「いや、体験してもらった方が早い」
「は……い……?」
セシルがなにか危険なことを言ったような気がする。
アイザックは耳を疑った。
「悪魔と会わせる。本気の悪魔と会わせて耐えられたら桃龍騎士団を渡してもいい。君らだって初見では気絶したらしいじゃないか」
黒歴史を突かれたアイザックは「うっ!」と息を呑んだ。
カルロスも頭を抱えている。
「すいませんが……一応……一族のものなので死んで欲しくはないのですが……」
アイザックも鬼ではない。
さすがに全滅は避けたいのだ。
アイザックの言葉にセシルは笑った。
「あはははは! 大丈夫だよ。ね、みんな!」
瑠衣は微笑んでいた。
クローディアもだ。
「「わかりました♪」」
それは全く信用の置けない微笑みと返事だった。
『マズい人に頼んだ』とアイザックは少し斜めになっていた。
「はっはっは。悪魔のみんなは全力で脅かしてくれ! 頼んだよ」
悪魔たちは目を輝かせた。
特に蜘蛛たちは喜んだ。
なぜならセシルを脅かしたせいで、初対面の人を脅かすのに許可が必要になっていたのだ。
脅かすのはささやかな趣味……というより習性に近いものだったのだ。
「じゃあ、アイザックはご実家の皆さんを呼んでくれ。最初に私が面談をしよう」
そうセシルが言うとアイザックは真面目な顔になる。
「セシル様。クリスはものになりそうですか?」
なにせクリスは庶民の中の庶民だ。
それを貴族にするのは中々に難しい。
「そうだね。恥ずかしくはない程度には仕上がったよ。ガードナー家もこの養子縁組の大切さを理解したようだしね。期待してくれ」
セシルは微笑んだ。
その途端、悪魔たちは消え準備を始める。
カラスたちもタヌキたちもなにやら準備を始める。
カルロスは言った。
「あ、これ知ってる。俺たち死にかけたやつだ」
「ああ……森中を追い回されたよな……」
アイザックも遠い目をしている。
二人には死人が出ないように祈るしかなかった。
だからアッシュは言った。
「大丈夫だよ。俺も手伝うから」
アッシュだけは二人に優しかった。