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贈り物

 ガードナー男爵の領地は帝都近郊にある。

 領地自体は非常に狭く、村が数村あり、村の住民は農業や湖や川での漁業で生計を立てている。

 特産物こそなく、肥沃な土地とは言えないが大きな森に隣接しており、さらに帝都へ食料品を降ろしているため、村民が飢えることはほとんどない。

 末端と言えども初代皇帝以来連綿と国家と皇帝に忠誠を誓う家系であるため、小普請の監督……つまり宮殿の小規模修繕を任せられている貴族の監督の一人という身分を与えられ毎年いくらかの年金の支給がある。

 さらに貴族と言えども夫妻は質素な暮らしを好んでいるためか、税も安価で安定した統治がなされている。

 目立たない役職で、半ば存在を忘れられた家系であるが、名家に分類される。

 そんなガードナー夫妻は中庭でお茶を飲んでいた。

 代々ガードナー家は出世をしようとか、成り上がるといった感情とは無縁である。

 ただ日々を穏やかに過ごす文化を持つ家である。

 そんな夫妻は少し驚いていた。

 だがあまりにも普段と変化がないため、外からは驚いていることがわからない。

 夫妻は屋敷を見ていた。

 平屋で木造の屋敷は、雨漏りこそないが家鳴りがするようになっていた……はずだった。

 庭も庭木が数本と、内職で栽培していた朝顔の鉢植えがあった。

 売ればかなりの稼ぎになる。

 それが朝起きたら、レンガ作りで外装に見事な化粧しっくいが施された見事な建物になっていた。

 帝都でもありえないほどの豪華さである。

 もちろん安全装置の外れた蜘蛛の仕業である。


「あらあら。どうしてこうなったでしょうねえ」


 妻が言った。

 その柔和な顔には年齢を示す皺が刻まれている。


「そうだねえ。どうしてこうなったんだろうねえ」


 夫が言った。

 夫の方も髪が真っ白で穏やかな表情の好々爺だった。

 夫の見ている方向。

 そこには一面バラ園が広がっていた。

 もちろん内職の朝顔も無事だ。

 いやむしろ朝顔が風景から浮いている。

 今夫妻が腰掛ける椅子やテーブルも豪華でどこか伝統的な装飾が施されている。

 食器も見たことのないもの。しかも一目で高級品とわかる逸品だ。


「困ったねえ」


 夫が言った。

 あまり困ったようには見えない。


「困りましたねえ」


 妻も言った。

 こちらも困ったようには見えない。

 だが二人ともとても困っていたのだ。

 なにせ農村に囲まれたのどかな村に豪華な建物が出現したのだ。

 いや農村も問題だった。

 村人が適当に作った舗装されていない道だけしかなかった村道が、レンガ敷きのまるで帝都のメインストリートのように変化したのだ。

 道の脇に設置された植え込みには季節の花々が咲き誇り、村の中心には動作原理が全くわからない噴水までもがある。

 家から出た村人は、ぽかんと口を開けて呆然としていた。

 なにせ自分たちの家まで歴史的建造物のように変化していたのだ。

 そんな大通りを歩く集団がいた。

 子どもの集団だ。

 先頭の子どもがクローディア・リーガンの劇団の意匠が入ったドラムを叩くのに合せて、カスタネットやトライアングルやハンドベルを鳴らす。

 その集団に大人が数人混じっている。

 一目で護衛とわかる鎧に身を包んだ男性騎士三人。

 それと理知的な表情の女性がいた。

 だが女性はデレデレとしている。

 要するにベルと桃龍騎士団の悪魔騎士三人組である。

 子どもたちは人間に化けた子ドラゴンである。

 それが音楽を奏でながらガードナー家を目指していた。


「たのしいの♪ たのしいの♪ たのしいの♪」


 楽しげな曲を鳴らしながらドラゴンたちは歩く。

 しばらく歩くと一行はガードナー家にたどりつく。

 先頭を歩く桃色の髪の女の子、レベッカが声を出す。


「ぜんたーいとまれ!」


 びしっと子どもたちが足を止める。


「ここがガードナーさんの家です!」


「「あい!」」


「みんな! 足踏み行進!」


「「あい!」」


 ドラゴンたちが足踏みをする。

 するとレベッカは言った。


「ベルお姉ちゃん! お願いします」


「はい♪」


 ベルが門に向かう。

 するとさすがに賑やかすぎたのか、執事が出てくる。


「ごきげんよう。クリスタルレイク村民代表団のベルと申します。献上品をお持ちしました」


 執事は少し驚いた。

 執事は養女の件を知っていた。

 養女を取る場合、実家から酒などの献上品が持ち込まれることはある。

 だが代表団とは珍しい。

 執事は一瞬考えた。


「では搬入をお願いします」


 執事はベルやレベッカたちを見て敵に回すべきではないと判断した。

 なにせ護衛の騎士の鎧にある紋章が桃龍騎士団のものだったのだ。

 第三皇子セシルの配下に違いない。


「ぜんたーい! 行進!」


 ドラゴンたちは行進する。

 そしてぴょこぴょこと跳ねた。


「「たぬきさん♪ たぬきさん♪ たぬきさん♪」」


 すると何もない空間からタヌキが現れる。

 いきなりの事にかくんと執事のあごが外れた。

 タヌキはえっちらおっちらと酒樽を運んでくる。


「帝都で話題の神酒でございます」


 ベルは微笑む。

 執事は「は、はあ……」としか言えなかった。


「それとこれを……クリス様が盟主を務める淑女亭の製品でございます」


 ベルが手を叩く。

 すると空からカラスが舞い降りる。

 カラスのくわえた巨大なカゴにはクリスが監修した品々が入っている。


「「お姉ちゃんの作ったものなのー♪」」


 喜んだドラゴンが飛び跳ねた。


「い、今、当主様をお呼びいたします!」


 執事はあわてて屋敷の中へ走った。

 いったいなにが起きている?

 なぜ化け物が荷物を運んでくる?

 どうして子どもたちは化け物を恐れない?

 第三皇子はこの連中をどこで見つけたのだ?

 主家の当主アッシュとはいったい何者なのだ?

 執事の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。

 理解できたのは、これから養女して迎える人物はとてつもない大人物だということ。

 なにせ献上品はそれも一級の品ばかり。

 受け入れれば莫大な富がもたらされる。

 だが逆らえばこの領地が……いや国が滅ぶ。

 そう執事は思い知らされたのだ。

 そしてあわてて当主が出迎えたときには、クリスタルレイクの面々は影も形もなく消えていた。

 まさに怪談である。


 実際は贈り物は悪魔を含めたクリスタルレイクの住民一同の善意である。

 クリスは悪魔にとっては友達だし、人間側にとっては娘みたいなものだ。

 ドラゴンにとっては遊んでくれる姉なのである。

 本当に一点の曇りのない善意であった。

 荷物の搬入が終わったら帰ってしまったのは単に飽きただけである。

 だが受け取った方は、ただただ自分がどんなことに巻き込まれているのかを自覚したのである。

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