表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/254

お祭り騒ぎの予感

 異変はまずクリスタルレイクで起こった。

 セシルの派遣した僧侶が運営する村の教会。

 その外壁が美しく彫刻されていたのだ。

 教会は古い建物であるが、それほど豪華なものではない。

 実に適当に作られた石造りの建物だった。

 ところがある朝早く、僧侶が朝の仕事をしようと外に出ると外壁に美しい彫刻がされているのを発見した。

 クリスタルレイクに住む者ならそれくらいでは驚かない。

 蜘蛛による『勝手にリフォーム』には慣れているし、村の掟でも感謝すれどクレームはつけない決まりになっている。

 なにせ村の大半の人間は蜘蛛が作った家を無償提供されているのだ。

 ある日突然、屋敷が豪華になっていても文句をつけることはできない。

 そう言う村だと思ってあきらめるしかない。

 だが外から来た僧侶は度肝を抜かれた。

 なにせその僧侶は本山の寺町にある神学校で教会建築を学んでいたのだ。

 僧侶の見立てでは250年ほど前に流行した装飾様式だった。


 まさか未だにこの技術を受け継いでいるものがいるとは!


 と、喜び勇んで代官屋敷に飛び込んできた。

 村長であるガウェインを素通りしたのは、ガウェインがそういった美術的なものへの知識が皆無だからである。


「代官様、大変です! 教会が! 教会が!」


 すると代官屋敷の奥から大男が出てくる。

 ライミ侯爵ことアッシュである。

 そもそも代官屋敷と呼ばれているものはアッシュの家である。

 アッシュの家にアイリーンが住んでいるのだが、新参者からすればアイリーンの屋敷の方がわかりやすい。

 だからこの僧侶も新大陸の総司令官に任命されるまでアイリーンの屋敷の食客をしているのだろうと思っていた。

 作業着姿のアッシュは僧侶に言った。


「アイリーンならセシルと買いものに行ったよ」


『帝都に』とは言わない。

 ショートカットの存在を隠しているわけではないが、オーバーテクノロジーのため説明が面倒なのだ。

 アッシュは面倒くさがりなのである。

 だが僧侶は『アッシュでもいいや』と話し始める。

 よほど誰かに話したかったらしい。


「朝起きたら協会の外壁に豪華な細工がしてあったのです! それも250年ほど前の珍しい装飾なのです!」


 クリスタルレイクではよくあることである。

 アッシュの屋敷も三度はリフォームされている。

 アッシュは首をかしげた。

 すると後ろからロメロ教授とレベッカがやってくる。


「ロメロおじちゃん。アメさんありがとうございます♪」


 レベッカは礼を言った。


「うん。みんなにもわけてあげて」


「あい!」


 レベッカは尻尾をぴるぴると振った。

 お菓子はドラゴンたちや村の子どもたちと分けるらしい。

 ちなみに村にはお菓子屋さんは数件あるが、アッシュの店が一番美味なためドラゴンへの贈答品の製造元はアッシュである。

 そんなレベッカが僧侶を見ける。


「教会おじちゃん、こんにちは!」


 レベッカは元気よく手を振る。

 僧侶の方は一瞬ビクッとしながらも「こんにちは」と挨拶をする。

 クリスタルレイクで優先されるのはドラゴンと子どもである。

 それは部外者にもよく言い聞かせられている。

 セシルの伝手ならなおさらである。

 これでも僧侶はけっこう努力をしているのだった。

 アッシュは苦笑するとロメロに言った。


「この方が勝手にリフォームの被害にあわれたそうです」


 ロメロは苦笑し、それを見た僧侶は慌ててアッシュの言葉に反論する。


「いえ、そうではなくて、この様式はもう今は絶えて久しい技術なのです!」


 僧侶がアッシュに顔を近づける。

 アッシュはなんとなくわかってきた。

 蜘蛛は永い時を生きている。

 250年程度は『少し前?』ってくらいのものである。

 いや……瑠衣のように世慣れた蜘蛛ならまだしも、世の中の流行に疎い蜘蛛ならば、未だに250年前のものが流行していると思っている可能性があるのだ。


「えーっと……ロメロ教授。考古学とか美術史や建築史に詳しい人っていますか?」


「おう、新大陸(むこう)にいるぞ」


「呼んできてもらいますか?」


 珍しいものだと聞いて学者たちがすぐに来る。

 学者たちの動きがあったと聞いて商人たちも駆けつける。

 金のにおいがしたのである。

 悪魔が動くと莫大な金が動くのだ。


「ほう、これは……」


 学者が言った。


「ほう、これは……」


 商人たちも言った。

 学者は『学術的に意味のある様式ですな。ぜひスケッチを残し作り方を後世に残さねば。論文を楽しみにしてください』と続く。

 商人の方は『これは金になりそうですな。どうでしょう。いっそ250年前からあったことにしては? いえいえ大丈夫ですとも。木炭で汚れをつけておえけばそれらしく見えるでしょう。おっとこれからお土産の商品開発をせねば。げへへへへ』と続く。

 そしてどちらもこれを作った蜘蛛と話したいと主張した。

 アッシュはもちろんゲスい商人より学者が優先である。

 後日探し出して面談させたのである。

 こうしてクリスタルレイクに新しい観光名所ができたのだが、アッシュは正直言って意図がわからなかった。

 なぜこんなことをしたのだろう?

 それがずっと引っかかっていたのである。

 犯人の蜘蛛も「ないしょ」と楽しそうにしている。

 アッシュはこのところ憶えることが多すぎて周囲に気を回していなかった。

 ふと冷静になるとおかしい。

 アッシュは慌てて村の様子を調べた。

 ドラゴンはそわそわしている。

 蜘蛛は大量の石や木材、漆喰に漆、にかわに松ヤニなどの建築資材を大量に買い付けている。

 カラスはというとこれまた大量の金や銅、鉄などを買い付けている。

 タヌキは楽器本体や楽器の部品、それ以外にも各種酒の材料などをやはり大量に仕入れていた。

 淑女亭に至っては明らかに月間の生産量をオーバーした仕入れをしていた。

 学者たちもなにやら大量に買い付けている。

 それに気づいたアッシュはアイリーンに相談するのだった。

 そしてその異変は別の場所でも発生するのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ