夜会
見事皇帝を精神的に倒したアッシュたちは皇帝の覚悟も知らず、ごく普通に夜会にやって来た。
場所は宮殿の別館である。
アッシュたちは皇帝を歯牙にもかけてなかった。
なにせ今まで幾度か死にかけながらも悪魔を撃破してきた面々だ。
皇帝など敵としてすら認識してなかったのだ。
『いれば便利だし、とりあえず生かしておこうか』程度の相手である。
ある意味究極の傲慢であるが、悪魔を撃破したアッシュたちにとっては皇帝はその程度の存在でしかなかった。
その認識のせいか貴族たちはアッシュに王者の風格があると感じていた。
貴族たちは噂した。
新しいライミ侯は近い将来国を背負って立つ男ではないかと。
そのアッシュは夜会服を着ていた。
もともとアッシュは筋肉質。こういった礼装が似合わないはずがない。
令嬢たちは黄色い声を上げる。
それを聞いたアイリーンのこめかみに血管が浮き出ていた。
妬いているわけではない。
アッシュはモテるはずだという確信がアイリーンにはあった。
今まで不当な評価がされていただけなのだ。
だから黄色い声くらいであたふたするアイリーンではない。
今さらチヤホヤしても遅いのだ。
それはアイリーンの確信であり、自信だった。
だが……どうしても腹が立つ。
アッシュを使い捨てにしてきた連中が、呑気に黄色い声を上げているのを見ると怒りがこみ上げてくるのだ。
そんなアイリーンの手をアッシュは取り、エスコートする。
付け焼き刃だが、それでもメッキが剥がれることはなかった。
そんな二人にどこからともなくひそひそ声が浴びせられる。
わざと聞かせているのだ。
「あの女性はどなたかな?」
「あの噂の魔女だという話です」
「セシル様の右腕と噂される?」
貴族たちはニヤニヤと笑っていた。
値踏みしていたのだ。
アッシュに勝つのは無理でも、アイリーンには勝つ目があると考えたのだ。
アイリーンは愛想笑いをした。
あくまで冷静に。エレガントに。そう言い聞かせて。
だがそれは杞憂だった。
アイリーンとアッシュに抱きつくものがあった。
セシルである。
「いよ、お二人さん」
セシルはやたら男らしく友情をアピールした。
まるで思春期の男の子のようだった。
するとセシルはアイリーンの肩に手を回す。
「諸君、彼女はアッシュの婚約者であるアイリーンだ! よろしくな!」
セシルはあくまで砕けた口調で言った。
そのまま二人を連れて行く。
その間、セシルはずっとニヤニヤしていた。
「やはりセシル様の仕掛けか」
「暗愚だと思っていたが……恐ろしいお人だ」
「ずっと爪を隠していたというのか!」
貴族たちは勝手に噂話をする。
セシルはそれを聞いて笑う。
「まったく仕方のない連中だ。二人とも気にするなよ」
「セシル……様?」
アッシュがそう言うとセシルは手を振る。
「いつも通りでいいよ。私とアッシュの仲じゃないか……ってアイリーン睨むなよ。友だちって意味だ」
アイリーンも笑う。
「睨みませんって、筋肉は趣味じゃないの知ってますから」
「まあね」
セシルは男らしく笑っていた。
夜会の目的は単純だった。
アッシュを見せびらかす。
ただそれだけだ。
あとは勝手に噂になるだろう。
「ではアッシュ、夜会の感想を聞かせてもらおうか」
セシルに聞かれるとアッシュは目を泳がせた。
気を使っているらしい。
「どうした? 遠慮せずに言え」
アッシュは意を決して言った。
「料理が不味い」
一刀両断である。
「そりゃ、アッシュやアイザックの料理と比べたらそうだろうよ……」
セシルがそう言うがアッシュは感想を続けた。
「ありゃ、仕入れが駄目なんです」
セシルとアイリーンは目を丸くする。
「え? どういうことだ?」
「野菜が不味いんですよ。味を濃くしてごまかしてますけどね」
セシルは夜会の料理はそう言うものだと思っている。
だから逆に疑問を抱かなかった。
そもそも宮廷の料理は美味しくはないのだ。
「仕入れに不備でもあったんですかね?」
アッシュは言った。
『いや、それは正常だ』とはセシルは言わない。
なんとなく悔しいから。
「アッシュ……ここまで来て料理なのか……」
アイリーンもセシルもため息をついた。
「そうじゃありませんって」
アッシュは反論する。
「じゃあ……なにを考えてるんだ?」
セシルの言葉に答える代わりにアッシュは懐から護符を出した。
「なんだそれは?」
「使い切りタイプのショートカットです」
「なにをするんだ?」
「クリスタルレイクとここを繋ぎます」
アイリーンは何をするか見当がついた。
「あーあ、知らんぞ」
アイリーンの呆れた声を聞いてセシルもなんとなくわかった。
「もしかしてアッシュ……持ってくるのか?」
「ええ。料理が駄目なので、せめて酒を持ってきましょう」
セシルはアッシュの背中をバンバンと叩く。
その顔は満面の笑みだった。
やけくそとも言う。
「見せてやるか。クリスタルレイクの文化力ってやつを」
セシルは貴族たちに呼びかけた。
貴族たちはわけもわからずに喜んだ。
「諸君、このアッシュが酒を振舞いたいと申し出ている。飲もうではないか!」
(あー、もう知らない!)
アイリーンは色々とあきらめた。
止めても無駄だ。
それにもうなにをしようがアッシュは人の目を集める存在なのだ。
アッシュは適当な場所を見つけてショートカットを開くと、控えていた軍服を着た海賊たちに酒を持ってくるように頼む。
タヌキの技術力とやりすぎ感を結集した酒が運び込まれていく。
ついでに新大陸産の酒の肴も運び込まれていく。
度肝を抜かれたのは貴族たちだった。
セシル、それにアッシュは本当に海軍を傘下に収めていたのだと理解した。
実際は酒の現物支給目当てのアルバイトだということは貴族たちにはわからない。
貴族たちに理解できたのは、上等な酒を用意できる財力があること、新大陸利権を手中に収めていることだった。
貴族たちは改めてセシルたちの恐ろしさを理解した。
上等な酒で酔えないほどに。
こうしてアッシュたちは、財力やら婚約やらを事実状態にすることに成功したのだった。
次回……工事でWI-FI止まるので休むかもです。




