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謁見

 ここで立場を変えて考えてみよう。

 例えば第三皇子を繰り返しいじめていたバカ皇子が二人いた。

 バカみたいな格好を強要し、会うたびに嫌味を言った。

 ひたすら蔑み、陰口を言い、マウンティングをした。

 その二人はいじめ自体は正しいと思っている。

 だが一方で薄々あとで仕返しに来るかもしれないと思っていた。

 いつか強力な力を得た第三皇子が、今までの屈辱を倍返しにするためにやって来るかもしれない。

 その可能性は頭を掠めていた。

 だが一方で第三皇子が力をつけるはずがないと思っていたのだ。

 その日もそうだった。

 セシルがライミ侯爵家の跡継ぎを発見した。

 そのライミ候の息子が皇帝陛下に謁見をする予定だ。

 ついこの間まで戦時だったためよくあることである。

 皇位継承権つきの名家であるが、継承権は16位。

 皇子たちに嫡出子ができれば自然と順位が下がる程度の位階である。

 事実上皇位を継ぐことはない。

 政治的な影響力も皆無だ。

 さらにセシルは海軍や本山を味方につけたらしい。

 だがそれも杞憂でしかない。

 どちらも貴族ではない下賎のものだ。

 血統主義に染まった二人の皇子はそう確信していた。


 ライミ候が到着した。

 玉座の間の空気が張り詰めたものに変わった。

 二人の皇子はソワソワとしていた。

 はやく自分たちの邪魔にならない小物だと証明されて欲しかったのだ。

 一方皇帝は厳しい顔をしながら内心はウキウキしていた。

 確定された勝利に酔いしれていたのだ。


「ライミ候のご到着ー!」


 伝令の兵が叫んだ。

 皇帝が笑顔になった。

 それを見て二人の皇子も笑う。

 やはり小物なのだと自分に都合のいい解釈をしたのだ。

 玉座の間の扉が開いた。

 まずはセシルが入ってくる。

 その後ろに屈強な大男が控えていた。

 一目で猛獣とわかる大男だ。

 さらに後ろには護衛と思わしき細身の男がいた。

 場違いにもほどがある。

 だが皇子二人の反応は違った。

 セシルがとうとう仕返しにやって来たのだ。

 屈強な大男の強さはなんとなくわかった。

 頭をつかまれて柑橘類の実のように潰されるに違いない。

 いや片手で頭を引きちぎってしまうに違いない。

 二人はガタガタと膝を震わせた。

 そして二人はもう一人、細身の男を見た。

 いざとなったら細身の男に助けを求めようと思ったのだ。

 きっと甘いに違いない。

 だが目が合った瞬間、二人は悟った。


(こいつも猛獣だ)


 細身の男、つまりカルロスは自分で気づいていなかった。

 悪魔との生活。実家の海賊たちとの再会。気がついたら船長。

 悪魔に乗っ取られた船を撃沈。

 ワイルドすぎる生活は草食動物を目覚めさせた。

 ウサギちゃんから肉食獣を叩きのめす鹿として。

 飼われた肉食動物である皇子たちはその野生に恐れを抱いたのだ。


(あ、詰んだ。人生詰んじゃった)


 二人の皇子は自覚した。

 自業自得とは言え、人生が詰んだのである。

 もう泣くしかない。

 片手でひねり殺されることは決定してしまったのだ。

 その瞬間を想像した皇子たちは静かに白目をむいた。

 そして口から泡を吹き出しながら意識を手放した。


 だがもっと悲惨なものがいた。

 皇帝である。

 17歳の少年と聞いていたのにやってきたのは見覚えのある筋肉ダルマ。

 たしかにバージョンアップしてきた。

 地位にあった服を仕立ててきた。

 男の肉体美がより引き立つデザインだった。

 整えた髪型も若い貴族としては品が良すぎるくらいだ。

 睨まれただけで死人が出そうな目力のある瞳は妙に人を引きつける。

 それは歴戦の(つわもの)、古の戦士の風格すらあった。

 それでいながら男は理知的で静かだった。

 貴族のお披露目としては完璧なものと言えるだろう。

 それがこの国をひねり潰せる武力を個人で有しているのだ。

 皇帝にとっては悪夢でしかない。


(負けた)


 皇帝は思った。

 完全敗北である。

 ライミ家は初代皇帝の血を引く家柄。

 とうとう先祖が奪ったものを返すときが来たのだ。


 皇帝は立ち上がった。

 今すぐ返すのは無理だ。

 それは向こうも理解しているはずだろう。

 徐々に返すしかない。

 だからまずはライミ家を認める。そうしなければひねり潰されるだろう。

 いや、ここでライミ家を認めてもいずれはひねり潰される。

 だがここで認めさえすれば、国家ごとひねり潰されることはない。

 神族も黙ってはいないだろうが、もうどうにもならない。

 皇帝は覚悟を決めると小芝居をする。


「ライミ候は余にとっても友人であった。うれしく思うぞ」


 アッシュは少しだけ心が痛んだが、両親よりもアイリーンや仲間たち、それに自分の生活を優先した。

 それは仕方のないことだった。

 アッシュは両親との思い出すらない。だが仲間たちとの生活は現実にアッシュが守るべきものだった。

 何よりも優先すべきは今の生活だったのだ。

 アッシュは跪き、忠誠を誓う。

 皇帝は大きな声で言った。


「諸君、新たな兄弟……兄弟の忘れ形見が我らの列に加わった。皇位継承権を持つ帝国でも屈指の古き家系だ。よしなに頼む」


 それは皇帝がアッシュの後ろ盾をするという宣言だった。

 立ち上がったアッシュを見た貴族たちは息を呑む。

 皇帝はこの一瞬でさらに老け込んだ。

 ただの老人のように思えた。

 皇子たちはライミ家当主を見て情けなくも気絶していた。

 セシルと並ぶアッシュ、それにカルロスを見て貴族たちは思った。


 まるで彼らが皇帝のようではないか。


 それほどまでにアッシュの姿は威風堂々としていた。

 なにせアッシュはクローディアの弟子なのだ。

 そこらの皇族よりも舞台慣れしていた。

 セシルもカルロスも同じだった。


「ふふ、アッシュ。行くぞ」


 伊達男の演技をするセシルにアッシュは並ぶ。

 それは等分の友人。対等の関係を意味していた。

 カルロスも後ろをついて行く。

 セシルは小声でアッシュに言った。


「すまんな。アイリーンは新興貴族だ。ここには呼べなかった。夜会には参加するから我慢してくれ」


「いえ、カルロスを護衛扱いしてしまって悪いなと思ってた所です」


「俺は気にしてませんよ。そもそも参加したくなかったですけどね」


 カルロスもぼそっと言った。


「駄目。宮殿に入れるようになってくれないと私が困る」


 セシルは何事もないように言った。

 アッシュはクスクスと笑った。

 すべてはうまくいっていたのだ。

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