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仕立屋

 アッシュは緊張していた。

 自分で服を買うのは何年ぶりだろうか。

 仕立屋に着ていく服がない状態である。

 確かに騎士の制服や作業着、舞台衣装などは持っている。

 だがそれはあくまで支給品だ。

 傭兵時代も誰かの服をつぎはぎで直したものばかりだ。

 傭兵として売られた腕の良くない仕立屋や鎧職人に作ってもらったものも、誰か……この場合は戦死した誰かのものを直しただけだ。

 舞台衣装に関しても顔を知っている友人が作ったものだ。

 アッシュは自分からちゃんとした仕立て屋に行ったことはないのである。

 だからアッシュは仕立屋に行くためにセシルの手配した馬車の中で、ガチガチに固まっていた。

 今までの人生では前例がないほど緊張していたのである。

 舞台でも緊張しなかったのに仕立屋で緊張する。

 なんだかアンバランスである。


「アッシュ、大丈夫か?」


 アイリーンが心配そうな顔でのぞき込む。


「だ、大丈夫」


「汗が出ているが……」


「大丈夫」


 アッシュが緊張するには訳があった。

 自分が服を買うなんて、なんとなく悪いことをしているような気になっていたのだ。

 馬車に同乗する男装セシルはそれを見てひたすら笑っていた。


「あはははは! 俳優なのに! クローディアの弟子なのに! 仕立屋で緊張するなんて……ひーッ! おかしい!」


 足をバタバタさせている。

 ツボに入ったらしい。

 笑いすぎてつけヒゲがべろりと取れてしまった。

 それほど笑っていたのだ。


「ひーッ! もう面白すぎる。あのなアッシュ、仕立てが終わったら髪結いにも行くぞ」


「え……」


「今の髪型じゃあ宮殿には入れないぞ」


「いやガウェインは……」


「ガウェインは騎士、アッシュは下位の王位継承権持ちの名家の当主だ。髪型から違うぞ。もしかするとカツラも買わねばならん」


 アッシュは「そんなあ……」という顔をした。

 それを見てセシルはさらに笑う。


「む、無敵の戦士も苦手なものがあったか! あははははは!」


 さらに足をバタバタさせる。

 アイリーンもつられて笑う。


「アイリーンまで……」


「ごめん。ついかわいくって」


 アイリーンが謝ると御者席の方から声がする。


「ところで俺もなんで一緒に行くんですか?」


 それはカルロスの声だった。

 馬車の御者をしているのだ。


「ああ、カルロスも服を仕立てて髪結いに行く」


「ちょっと、セシル。なんで俺が! 俺は騎士だって!」


「船長でもある。そもそも海軍の船長は卿相当だ。それに聞けばカルロスは船団のリーダーもできるのだろう? 男爵相当じゃないか」


「ちょっと~」


 カルロスは情けない声を出した。

 だがセシルは容赦しない。


「それに実は聖騎士なんだって」


「う……」


 カルロスはうなった。

 隠していたわけではない。

 積極的に言わなかっただけである。


「聖騎士の地位は司教相当だろう。地区の責任者じゃないか」


「本山には最後までいなかったから俺は聖騎士じゃないの」


 カルロスは言い張った。

 だが無駄である。


「関係ない。本山に悪魔の件を問い合わせたら、カルロスをクリスタルレイク地区の聖騎士に任命するという書類が送られてきた。聖騎士は妻帯も許される。よかったね」


「ぶッ!」


 全ては仕組まれていた。

 セシルはカルロスも一緒に巻き込むつもりだったのだ。


「俺、これ以上仕事増えたら死んじゃうよ~」


「スラムの診療所には部下を派遣。部下は本山からスラムに10人派遣されるよ。クリスタルレイクにも10人。よかったね、20人の部下と周辺の村まで入れて3000人の信徒を抱える大聖騎士の誕生だ。仕事も減るよ。よかったね。これでデートできるよ」


 セシルは少し根に持っているっぽい声色だった。

 カルロスは黙る。

 こういうときは黙るしかない。

 結局、男二人はそれぞれが違う理由で固まったまま仕立屋についた。

 セシルは笑いっぱなしだった。


「くくく。ここが上級貴族御用達の仕立屋だ。二人ともいい男になれよ。くくくくッ」


 アイリーンは苦笑いしていた。

 なにせアッシュは緊張しすぎてカチコチになっていた。

 騙されたカルロスはふてくされている。


「やあ店主。二人を連れて来たぞ」


 セシルはそう言いながら店に入る。

 中には背筋を伸ばした神経質そうな男がいた。


「……これはセシル様」


「うむ、この二人が私の友人だ」


「ほう……」


 店主はアッシュとカルロスをつま先から頭の先まで眺めた。

 値踏みするような視線で、あまり褒められたことではない。

 だが店主はそのまま二人を観察していた。

 セシルは一応注意した。


「あまり無礼はしてくれるな。大きいのは侯爵家の家督を継ぐ予定で、そこの騎士のお父上は提督だ。本人も男爵相当と思ってくれ」


「なるほど。では侯爵様。背筋を伸ばしてこちらにお立ちください」


 店主は採寸をするために鏡の前に導く。

 アッシュは慌てて舞台の時のように背筋を伸ばすと鏡の前で立った。


「これは……作りがいがありますな」


 採寸をしながら店主は言った。

 無表情のままだったが喜んでいるようだ。


「どの布にいたしましょう?」


 店主は布のサンプルを持ってくる。

 アッシュにはわからない世界だ。

 思わずセシルとアイリーンを見る。

 セシルはそれを見てまた笑った。

 アイリーンは笑わずに布を見る。


「そうだな。アッシュはいっそ派手な方が似合うと思う」


 アイリーンは少し冒険心のあふれた柄を指さす。


「あははは。やはりアイリーンはよく見ているな。私もそれがいいと思うぞ」


「じゃあこれで」


 アッシュは派手な布にする。

 筋肉質のアッシュでなければ道化に見える派手さだ。

 次にカルロスが呼ばれる。


「男爵様も締まった体つきですな。ですが海軍と言うことですとあの派手な……」


 カルロスは笑ってごまかすしかない。


「ええ……あの恥ずかしい……」


『勲章をジャラジャラとつけた。成り上がりと一目でわかる恥ずかしい格好』とカルロスは心の中で続けた。


「理由は存じております。では逆にあまり冒険せずに上品なものにいたしましょう」


 カルロスも布を選ぶ。

 そこまで終わると店主はニコッと笑う。


「今回は緊急ということで簡易オーダーでしたが、時間ができましたら、お二人とも一から作らせて頂きたく思います」


 アッシュたちがよくわからないという顔をしていると、店主はセシルに言う。


「セシル様はいかがいたしましょうか?」


「知っているだろ。私はこのバカな格好をしないと兄上たちに殺されてしまうのだ」


「それはすぐに覆ることでしょう。ご友人の器はセシル様の器なのです」


 店主は断言した。

 セシルは意味がわからなかった。

 その場にいた四人には共通点がある。

 能力が化け物クラスのくせに自己評価が著しく低いのだ。

 だからセシルもまだよくわかっていなかった。

 これから何が起こるかなど。

 ちなみに髪結いに連れて行かれた二人は、さっぱりとした上品な髪型にされたということである。

金曜日お休みします。

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