プレ公演の報酬
そこは廃教会の食堂。
レベッカはニコニコとしていた。
目の前にはアッシュと山盛りのパンケーキ。
アッシュお手製のカスタードクリームたっぷりのパンケーキである。
部屋にはドラゴンたち。
プレ公演の報酬としてアッシュがパンケーキを作ってくれたのだ。
もちろんセシルとクローディアからのお給料もある。
ドラゴンが人間と共に生きるのなら、お金の使い方も学ぶべきだろうとアッシュは考えたのだ。
アッシュがそんなことを考えているとは知らず、レベッカは無邪気にパンケーキを口に入れた。
「おいしぃー!」
レベッカは尻尾を振りながら目を輝かせて言った。
他のドラゴンたちも大喜びだ。
少しお兄さんのコリンまでニコニコしている。
そんな中、青龍は大人しかった。
大人しかったが尻尾は激しく揺れている。
美味しかったらしい。
青龍はアッシュの所に皿を持ってくる。
おかわりだろうと思ったアッシュはもう一枚盛る。
すると青龍は尻尾を振ると言った。
「アッシュよ。お主はなにがしたいのだ?」
もう幾度も聞いた言葉だ。
アッシュの能力の高さに誰もがそう言いたくなるのだ。
だがアッシュはいつも同じ言葉を返す。
「レベッカやアイリーン、それにみんなと楽しく暮らしたい」
青龍は、にこっと微笑んだ。
「人が生きるためにはそのくらい単純な目的の方がいい」
どうやら青龍は答えがお気に召したらしい。
青龍はその場に座るとホットケーキをむさぼった。
青龍は目を細めながら尻尾を振った。そして少し考えるとレベッカの方を向いた。
「レベッカ、アッシュ、帝都に封印された仲間を救い出すぞ」
レベッカはニコニコしながら尻尾を振った。
レベッカは質問に答えるよりも、ホットケーキと格闘することを選んだ。
ホットケーキが最優先らしい。
アッシュはレベッカを見る。そのままクスクスと笑いながら青龍に言った。
「わかった青龍。どうすればいい?」
青龍は、足をパタパタさせた。
しばし考え、そして言った。
「まずは公演をこのまま続けて幸せをためよう」
今までと同じだ。まずは幸せが必要なようだ。
「それで……ドラゴンはどこにいるんだ?」
「帝都創設の地にいるはずだ。死んでなければな」
少し暗い話になったところで、タイミング良く上機嫌な歌声が聞こえた。
クローディアとオデットである。
「やっほー! 食べ物くださーい♪」
「くださーい♪」
二人は酒瓶を持って肩を組んでいた。
すっかりできあがっている。
二人はステージさえ終われば仲がいいのだ。
「おばちゃん、オデット、お酒のつまみを作ろうか?」
「「はーい!」」
アッシュは厨房に行くとつまみを作る。
まだ干物はたくさんあるのだ。
「もうね、オデットちゃん最高! 何回か本気で殺そうと思ったけどやらなくて良かったわ!」
おそらく本気で言っている発言だが、オデットはケラケラと酒臭い息で笑った。
オデットの方には自分が危うい綱渡りをした自覚はなかった。
「またまたぁ、クローディアさんってば大げさな!」
オデットはバンバンとクローディアの背中を叩く。
全く遠慮はない。
クローディアを悪魔とわかったうえでこの態度である。
オデットの度胸と鈍感力はずば抜けている。
「はい焼き上がったよ」
アッシュが干物を持ってくる。
軽く炙るだけでも食べられるものだ。
だが味は格別だ。
「これ、食べてみたかったのよー!」
「私も私も!」
クローディアもオデットも干物を口に入れる。
途端に幸せそうな顔になる。
……が、その時二人は気づいた。
干物を物欲しそうに眺める視線に。
ドラゴンたちが見つめていると言うことに。
さすがにこの視線にはオデットの鈍感力も通じない。
「……欲しいの?」
たまらずオデットが言うと、レベッカたちはコクコクと頭を縦に振った。
「アッシュさーん! 助けてー!」
オデットは一切の躊躇なくアッシュに助けを求めた。
悪魔も恐れる男を全く恐れていないのだ。
オデットからしたらアッシュは『良いガタイをした心の清らかな兄ちゃん』なのだ。
もちろんそれは事実だった。
案外、このくらい適当な生き方の方がいいのかもしれない。
そんなオデットを友人だと思っているアッシュは、笑いながら助け船を出すことにした。
「今、みんなの分も焼いてるからね。いい子にして待てるかなー?」
レベッカたちは目を輝かせた。
「「あい♪」」
コリンもワンテンポ遅れて喜んでいた。
クローディアは酒を飲みながら干物を見ていた。
こうしていると楽しかった日々を思い出す。
彼女の夫だった初代皇帝はいつもドラゴンや悪魔たちと食事を共にしていた。
いつも夢を語り、ドラゴンや悪魔と人間が共存できる国を作ると言っていた。
夫の子孫はドラゴンや悪魔と一緒に生きている。
長く生きていると素晴らしいこともあるようだ。
「よーし、おばちゃんもがんばっちゃおうかな♪」
クローディアは喜んだ。
ドラゴンたちは幸せそうに干物を食べていた。
その顔はとろけそうなほどの笑顔だった。
もちろんアッシュも幸せだった。
だが公演の裏で話し合いがされていた。
アッシュをライミ侯爵をいつ世に発表するのかの話し合いが。




