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悪魔になった男

 それはある悪魔の物語。

 そしてある天才と言われた男の物語。

 ありとあらゆる魔法を修め天才の名をほしいままにした男の物語。

 男は人間という存在に辟易(へきえき)としていた。

 男にとって人間とは愚図(ぐず)鈍間(のろま)なくせに嫉妬深く、それでいて決して男の能力を認めない不愉快な存在だった。

 男は人間が嫌で嫌でたまらない。

 男は話をしても誰も男の望む水準にまで達することはできず勉強もしないのに言い訳ばかりするこの人間という生き物に強い憎しみを抱くようになった。

 だが男にとってそれは苦痛以外のなにものでもなかった。

 男はある日ある考えに辿り着いた。

 自らが人間を超えてしまえばこのいつまでも続く苦痛から解放されるのではないかと。

 長い長い時を経て男は自らを人間を超える存在に変える魔法を編み出した。

 そして男は編み出した魔法を使い、人間をやめた。

 男は悪魔として生まれ変わったのだ。

 男には野望があった。

 全ての人間を抹殺する。

 それが男の望みだった。

 だが男の望みは叶えられることはなかった。

 悪魔たちは人間と共存することを望んでいたのだ。

 男は自身が悪魔にも受け入れられない存在である事に絶望した。

 当たり前だ。

 悪魔は人間がいなければ自分たちが絶滅することを知っていた。

 だが男は違った。

 全ての人間を滅ぼして自分も死ぬのが男の望みだったのだ。

 そして男はとうとう禁忌に手を出した。

 さらなる力を得るために悪魔を殺したのだ。

 人間を滅ぼす力を得るために同族を殺したのだ。

 悪魔たちは男を恐れた。

 悪魔たちは男を封印することにした。

 悪魔の貴族の女が悪魔を率いて男と戦った。

 そして男は盟約に基づきとある町の地下に永遠に封印された……はずだった。

 だが男の真上で盟約を忘れた愚かな人間たちが争いを始めた。

 血が大地を覆ったとき男を縛っていた封印が壊れはじめた。

 まず男はその町にいた兵士を全て食べた。

 何百年かぶりの不幸の味は格別だった。

  男は歓喜した。

 人間を滅ぼす好機がやって来たのだ。

 なぜなら男の不幸は全て人間のせいなのだから。



 パトリック・ベイトマン辺境伯は放心していた。


 どう考えてもおかしい。

 なぜこうなったのだ。


 パトリックは何度も何度も考えた。


 兵たちは歴戦の兵揃い。

 それがなぜか敗北を喫することになったのだ。

 今までは千の兵で万を超える兵を討つことができたはずだ。

 だが実際は無茶な進撃で無駄に兵を失い、戦力の逐次導入でさらに損害を大きくするという負のスパイラルに入り込んでいた。

 あっという間に攻守は逆転しパトリックたちの軍は戦乱で壊れかけたみすぼらしい砦にまで後退していた。

 それがなぜ急にこうなった。

 末娘のアイリーンは一人の傭兵が原因だと言っていたがそんはなずがない。

 戦とは個人の力でひっくり返るものではない。

 それにそもそも身分卑しい傭兵などにそんな力があるはずがないのだ。

 庶民など支配されるしか能のないゴミである。

 それがパトリックの信じる世界であった。

 パトリックがことさら無能ということはない。

 貴族の大半がそんな程度の輩だった。

 そもそもクルーガー帝国は初代皇帝がドラゴンを保護するために作った国である。

 だが長い歴史の中で国の根幹は人間種至上主義と変貌する。

 そのためドラゴンとの盟約も悪魔との盟約も忘れ去られてしまった。

 このパトリックも同じだった。

 砦が何を守っているのか?

 いや、砦になにが存在するのか? それすら知らなかった。

 もはやクルーガー帝国にはそれを伝える資料が失われていたのだ。

 初代皇帝の思惑など誰も知らなかったのだ。


「なぜだ……なぜだ!」


 たとえ「なぜ」を解いても当たり前のことがわからなかったからなのだがそれをパトリックに伝えるのは残酷なことだろう。

 それにパトリックにはもっと困難な試練がやって来たのだ。

 ある日やって来たそれは一通の書状だった。

 封筒を封印する赤い封蝋の印璽(シール)には王家の指輪印章が()されていた。

 皇帝からの正式な命令書である。

 パトリックは震える手で命令書を開封し中を確かめた。

 その内容は死刑宣告に近しいものだった。

 パトリックに砦を死守せよという厳命であった。

 皇帝はパトリックに死ねと命令したのだ。

 パトリックはクズで無能である。だが裏切り者ではない。

 パトリックはその運命を受け入れたのだ。

 この時になるとパトリックは死を受け入れつつあった。

 死を受け入れ肚がすわると思い出されるのは末娘の顔。


「そうか……アイリーン。ワシが間違っていたのだな。いたのだ……アッシュという男は確かにいたのか……」


 パトリックはようやくここに来て正しく事態を理解した。

 パトリックはむせび泣いた。

 思えば末娘には苦労をかけた。

 優秀だったせいか年頃にもかかわらず内政や軍事を任せてしまった。

 それなのに娘らしいことを何一つさせてあげなかった。

 戦時でさえなければ舞踏会にも出席させていただろう。

 それなのにアイリーンは男のように鎧を来て傭兵を探している。

 なんて自分は酷い親だったのだ。

 パトリックは後悔していた。

 そんなパトリックに世界は残酷だった。


 カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!


 鐘の鳴る音が聞こえてきた。

 砦の警備をしている兵が鳴らしたものだ。

 続いて兵士たちが騒ぐ声がパトリックの部屋まで聞こえてくる。


「クソッ、ありえねえ!」


「神よ!」


「俺たちは死ぬんだあああああああッ!」


 兵たちの声を聞いたパトリックが席を立つ。

 なにがあった?

 なぜそんなにも怯えている。

 するとパトリックの部屋の戸が乱暴に開けられる。


「パトリック様たいへんです!」


 鎧を来た男、パトリックの副官が慌てた様子でやって来たのだ。


「どうした。なにがあった?」


 パトリックはありったけの貴族としての矜持を振り絞り冷静にいるように努めた。

 だからと言って生まれ変わったわけではない。


「し、死体が……」


「死体がなんだ?」


「と、とにかく来てください!」


 パトリックは副官に言われるままに小走りで見張り台へ急ぐ。

 見張り台のところまで行くと顔面蒼白の兵がいた。


「なにがあった?」


 パトリックは内心の動揺を覚られないように静かに聞いた。


「し、死体です……死体の群れが迫ってます……」


「どういう意味だ……」


「死んだはずの同胞の死体がこちらに向かってきてるんです」


 そう言うと兵は膝を抱えてうずくまった。


「そんな事が可能なのか?」


 パトリックは驚きの表情を戻すことなく副官に聞いた。

 パトリックの顔まで真っ青になっていた。


「わかりません……」


 副官も首を振った。


「ですが戦場にはアンデッドが出現しやすくなると聞きたことがあります。普段ならアンデッド狩りが戦場を浄化するのですがこのたびの戦いでは浄化するだけの時間はありませんでした」


 それを聞いた兵士が怒鳴り声を上げた。


「アッシュさんの言ってた通りだ。やっぱりアンデッドが発生しやがった!」


 アッシュという名前を聞いてパトリックはびくりと体を震わせた。


「アッシュというのは傭兵の?」


「え、ええ。なりは化け物みたいですが死霊狩りもやってた器用なヤツでさあ」

 パトリックは思った。

 もしアッシュという男が死霊と戦っていたのならなにか参考になるかもしれない。


「なるほど。それでどうやって死霊と戦っていた?」


「殴ってましたね」


 全く参考にならない。


「それではどうすればいい……」


 パトリックは副官の方を見る。


「もはや籠城するしかないでしょう」


 もはや人間相手でもその手しか残されていない。

 だがどうしても勝利できるとは思えなかった。

 パトリックにはこの光景が地獄のように思えた。


「ああそうだな」


 だがパトリックはまだ知らなかった。

 これはほんの序の口だということに。


 そして悪魔になった男が久しぶりの人間が慌てふためく様を見てほくそ笑んでいた。

その頃、アッシュさんとレベッカたん。


「にいたん!!!」


 レベッカがアッシュの胸に飛び込む。


「一人にさせてごめん! ケーキ作るの終わったからにいたんと遊ぼうな」


 アッシュがレベッカを抱きしめる。


「いや私たちが交替で面倒見てたから」


 アイリーンがツッコミを入れるが二人は聞いていない。


「お留守番できたのー♪ がんばったの!」


 レベッカが目を輝かせる。


「偉い! 偉いぞ!」


 アッシュがレベッカを抱っこしながら頭を撫でる。


「おーい、おまえらー。留守番などさせてないぞー。聞いてるかー?」


「アイリーンお姉ちゃん大好き!」


 アイリーンはそれを聞くとだらしなく「にへら」っと笑った。


「もうしょうがないなー。もー! かわいいなキミは」


「アッシュにいたんも大好き!」


 パタパタと尻尾を振りながらレベッカは愛想を振りまく。

 アッシュもだらしなく目じりを下げた。


「お散歩行こうっか」


「あい♪」


 アッシュはレベッカを下ろすと手を繋いで玄関へ向かう。


「あ、ずるいぞ! 私もついていくからな!」


 アイリーンもそう言いながら二人についていく。

 そんな三人にベルが声をかける。


「もう、お帽子被っていかないと倒れちゃいますわ」


 そう言ってレベッカに花のワンポイントがついた麦わら帽子を被せる。


「ベルお姉ちゃんありがとう!」


「はい行ってらっしゃい」


 それを見て幽霊メイドのメグはつぶやいた。


「なにこの幸せ家族……」


 どこまでもクリスタルレイクはのどかだった。

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