プレ公演 4
ステージは続いていた。
帝都の演目と言えば歌劇や舞台ばかりだ。
演奏だけというのは珍しい。
だが貴族たちはステージに満足していた。
確かに曲も歌も上品なものではなかった。
だが、新しい曲、新しい歌、新しい文化に貴族たちは新しい時代の到来を感じていた。
貴族たちには自分たちが苔むした過去のものとなったような焦燥感はなかった。
むしろ自分たちが時代の最先端であるという誇りのようなものまで生まれていた。
曲が終わり、今度は早着替えをしたオデットが出てくる。
オデットは民族衣装ではなく貴族の令嬢風のドレスを着ていた。
それは線の細く繊細な印象のオデットに似合っていた。
だがオデットは自分の一番自信のある弦楽器を演奏していた。
低い振動が観客の胸を打つ。
迫力のある演奏だった。
クローディアも今度は弦楽器の演奏をする。
それを見た音楽好きの貴族がうなった。
「あれは……まさか……絵だけ残っている……」
クローディアの弾いている楽器は200年ほど前に演奏されていたものだった。
今では奏者も存在せず、楽器の名前も忘れられている。
もちろんクローディアはその影響についてなにも考えてない。
ただ単に「おばちゃん昔いっぱい練習したわぁ♪」というだけで採用されたのだが、それは誰も知らない。
だが詳しいもの達は、その楽器の演奏に文化的意味を見いだしていた。
二人は演奏を続ける。
その後ろではドラゴンたちが踊っていた。
(楽しいの!)
人間のままの姿だがテンションが上がっていた。
認識を歪ませているため尻尾こそ見えないが、喜んでいるのは明らかだった。
観客から見れば踊っている子どもたちが何やら光っているように見えた。
(楽しいの! 楽しいの! 楽しいの!)
そしてクローディアは叫んだ。
「花火行っくよー!」
(はて? 花火?)
貴族たちは思った。
花火らしきものはそこにはなかった。
それなのに花火とはいったいなんであろうかと。
次の瞬間、それは起こった。
施設の脇にあった建物だと思っていた塔。
それが突如として火を噴いたのだ。
「「うわあああああああああ!」」
それは誰も見たことのない光景だった。
眩い光と炎を吹き出しながら花火の塔が飛んだ。
「蜘蛛と学者たちとの共同開発品よ!」
クローディアは拳を突き出した。
ドラゴンたちはそれを見て一斉にジャンプした。
「「楽しいの! 楽しいの! 楽しいの! 楽しいの! 楽しいの!」」
ドラゴンたちも眩い光を放つ。
「「もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、飛ぶの!」」
天高く打ち上がった花火が爆発する。
それは空に光の花を咲かせ、輝く流星をまき散らす。
「「おおおおおお!」」
貴族たちは喜んだ。
それは誰も見たことのないものだった。
「まだまだぁッ! 第一段切り離し完了」
クローディアは不穏なことを言った。
爆発したはずの花火はまだ生きていた。
さらに上昇をしていく。
少し間を置いてまたしても爆発する。
貴族たちがわく。
「素晴らしい! なんという光景だ!」
「いやあ、今日は素晴らしいものを見させて頂きましたなあ!」
「我らの子どもは豊かな時代を歩むことができそうですな!」
みんな未来を思い描いていた。
その間もオデットは演奏をしていた。
そしてクローディアは言った。
「三段目。来るわよ!」
ドーンと音がし、流星が空を埋め尽くした。
その輝きは誰も見たことのない明るい光だった。
みな子どものように目を輝かせていた。
「「もっと!」」
ドラゴンたちは喜んだ。
だが花火はそこで終わりだった。
いや、そこで終わりのように思えた。
「あっれー……最後に四段目があったはずなんだけど……まあいっか」
クローディアがつぶやいた。
予定は狂ったが、盛り上がったのでいいだろう。
クローディアは気持ちを切り替えて今度は歌を歌った。
四段目がどこに向かっているかも知らずに。
……そのころ、帝都近くの施設。
初代皇帝を奉った霊廟。ということになっているが、ここ数十年の間に作られた施設である。
現皇帝が公共事業で作ったものであるが、全体的にやっつけ仕事で美しくもなく、また歴史も浅いため観光施設としても不人気であった。
そこに初代皇帝像が鎮座していた。
クローディアも一度行ったが、あまりに似てないため怒って帰ってしまったものだ。
瑠衣に言わせると「筋肉が足りません」という代物である。
悪趣味な塔が建ち並び、成金趣味の悪趣味な教会も併設されていた。
教会はイベントなどで使用するもので、常駐しているものはいなかった。
施設の管理人も帰ってしまった後で、警備の兵も酒を飲みにどこかに行ってしまっていた。
その程度の施設なのである。
つまり施設は無人の状態だった。
そこに天から降臨するものがあった。
それは点火し損なった花火の四段目だった。
花火が初代皇帝像目がけて突き進んでいく。
そして初代皇帝像の真上に来た瞬間だった。
空で爆発するはずだった花火はここで爆発した。
新型の火薬の威力は激しかった。
爆風が建築物をなぎ倒し、吹き飛ばしていく。
初代皇帝像も粉々になった。
悪趣味な教会も一撃で跡形もなく崩れた。
そしてドラゴンの幸せ効果が施設を襲った。
崩れた悪趣味な施設の数々はなかったことになり、美しい花々が咲き乱れる。
一晩で木々が生え、成長し、花や実を付けた。
へこんだ地面には池が出現し、どこからかやってきた魚やエビが泳ぐ。
さらには蓮や睡蓮も咲いた。
まさにそれは天国のような場所だった。
……だがこの状態になったことをクローディアは知らず、プレ公演は大盛況のうちに終わりを迎えた。
ちなみに本公演から花火は三段式になったということである。
そしてこの話にはオチがつく。
霊廟が破壊されたという知らせはその日のうちに皇帝の耳に入った。
だが皇帝は言った。
「捨て置け。命が惜しければな」
皇帝としては珍しくただの忠告だった。
だがそれを聞いたものたちは脅しと受け取った。
だが真相はもっと単純だった。
皇帝は恐れていた。
策謀を巡らし、本山の悪魔をけしかけたところまではよかった。
なにせ純血種の悪魔は単純だ。
罠にはめるのはたやすい。
だがその報復は恐ろしいものだった。
思い出しても恐怖に震えるような恐ろしいものだったのだ。
皇帝としての権威もなにもない。
ただのゴミとして殺すという脅しだった。
皇帝は心を折られた。
脅しに屈したのだ。
平たく言えばアッシュにビビっていたのだ。
呪いだけは解いてやったが、薄毛や尻のできものなど、屈辱的なものだけ残すという細かいにもほどがある嫌がらせ。
それをするのは彼らしかいないのだ。
皇帝は思った。
犯人はアッシュしかいないと。
当たってはいた。
だから皇帝は見て見ぬ振りをすることにした。
(なあに彼ら……天使にさえ伝わらねばいい)
そう判断したのだ。
結局、犯人はわからずじまい。
人間たちは皇帝を恐れて誰も追求はしなかった。
プレ公演も大成功をしたのである。




