プレ公演 3
貴族たちが劇場の入り口に到着した。
入り口から見えるのは、観客席が野外にある音楽堂だった。
だが見るものが見ればいいかげんな設備ではないのは一目でわかった。
併設された建物には本格的な厨房や警備詰め所が見える。
それ以外の場所も、花や芝は植えられ完璧に管理されている。
敷地内に植樹された木も見たことのないものばかりだ。
野外施設でありながら、ところどころに金細工が施され、豪華絢爛というよりは渋い美しさだった。
おそらく新大陸のものだろうと貴族たちは見抜いた。
警備隊の指揮にかり出されたレヴィンは、複雑な心境だった。
なにせ工事は大変だったのだ。
そもそも最初から意見の食い違いがあった。
タヌキたちは伝統的な天幕型の劇場を主張し、蜘蛛たちは一般的な屋内型施設を主張した。
カラスは「なんでもいいから彫金させろ」と仲裁する気もなかった。
あやうく職人のいざこざでスラム全滅の危機に陥いる寸前まで来たが、そこに現れた新大陸人の集団が野外音楽堂案を出すことで丸く収まった。
こと美術的な問題では人間のアイデアが優先されるようだ。
そんなレヴィンは槍を持ち入り口に立った。
一般兵のように軽鎧を着用し、顔が見えるヘルメットを着用していた。
レヴィンは貴族が見えると踵をつけ、拳を胸に当てた。
その動作に貴族たちは驚いた。
(なんてことだ……桃龍騎士団は一般兵までこの練度なのか!?)
レヴィンは元騎士なのだが、貴族たちはそれを知らない。
貴族たちが入場するとコリンが出迎える。
コリンは専属ゆるキャラ枠でアルバイトをしているのだ。
「みなさーん。こちらでーす」
コリンが手を振ると、なぜかセシルが誇らしそうに胸を張った。
騎士たちはコリンの先導で客席に案内される。
客席は一つの大きなテーブルを数人で囲みそれがいくつもあるように配置されていた。
「お席は自由です。お食事は立食のパーティ形式です。お飲み物はバーカウンターが後方にございます」
そう言ってぺこりと礼をするとコリンは去って行く。
なぜかセシルが拳を握った。
コリンはセシルの別宅で一緒に暮らしている。
だから保護者を気取っているセシルとしてはうれしかったようだ。
「諸君。今日は無礼講だ。好きにやってくれ」
セシルは手を叩く。
するとカートを押したエプロン姿のゴロツキがよく訓練された動きで料理を運んでくる。
この部分だけは手が足らなかったらしい。
だがゴロツキたちはよほど恐ろしい目にあったらしく、操り人形のように正確な動きで料理をセッティングしていく。
なんとなくいたたまれなくなった貴族たちはテーブルを見た。
テーブルも細かい細工が施された素晴らしい品だった。
貴族たちは席から立ち上がり、それぞれ料理を持ってくる。
料理は異国情緒に溢れたものばかりだった。
その中に干物を見つけると、酒飲みたちはにやっと笑い干物を持っていった。
「さて、そろそろだな。火を頼む」
セシルの声と共に焚き火台に火が灯される。
それを合図に音楽が鳴った。
帝都の流行ではない。
異国のメロディが聞こえてきた。
舞台の後ろでは男の演奏家たちが太鼓を鳴らす。
エルフだけではなく、人に化けたタヌキもいるがその見分けはつかなかった。
次にクローディアが現れる。
クローディアの出現と共に「どーん」と大きな音がし、花火が上がった。
「おお!」
貴族たちが歓声を上げる。
帝国指揮のいつもの大人しいコンサートではない。
それは派手できらびやかなものだった。
なぜか貴族たちの胸が高鳴った。
クローディアは歌う。
それはいつもの美しい女優の姿だった。
だが曲が違うだけだというのにその姿は新鮮だった。
クローディアは手を上げる。
すると人間に化けたドラゴンたちがステージに現れた。
さらにスラムの学校に通う子どもたちも後に続く。
みんな一生懸命踊る。
「真打ち登場!」
クローディアが叫ぶ。
すると最後にオデットが現れた。
民族衣装を着たオデットの登場に貴族たちは息を呑んだ。
(美しい……)
顔と演奏はずば抜けているオデットが弦楽器をかき鳴らす。
クルーガー帝国にはない楽器の登場に貴族たちは釘付けになった。
オデットもクローディアと一緒に歌う。
天使のような歌声が響いた。
どこまでも破天荒な舞台だった。
だが貴族たちは「無礼だ」と怒る余裕すらなかった。
クローディアとオデットの迫力に飲み込まれていたのだ。
その場にいた貴族たち全員が思った。
(……これは流行る)
貴族たちが息を呑む中、曲が終わった。
ドラゴンたちがバックに消え、クローディアとオデットも礼をしてから奥に戻る。
貴族たちは割れんばかりの拍手をした。
そのタイミングを計ったかのように酒が配られる。
貴族たちの喉はカラカラだった。
貴族たちは配られた酒を一気に飲み干す。
目が開き、数人が立ち上がった。
「こ、これは!」
先ほどまで最前列で一番楽しそうに眺めていたセシルがニヤニヤと笑っていた。
「今、話題の幻の酒……の中で出来が良かったものだ。諸君らのために用意させた」
「ま、まさに神酒……」
「こちらの料理も絶品。なんということだ。これほどまでに美味いとは……」
貴族たちは口々に言った。
セシルは笑う。
「はっはっは! 実はな、料理の方も新大陸のものだ」
薄々気づいていたが、もう自慢どころの騒ぎではない。
貴族たちは震えた。
強大な力を得た第三皇子という勝ち馬に乗った歓喜半分、責任の重さへのプレッシャー半分である。
「それで……この料理を作ったのはどなたですかな? やはり新大陸の料理人でしょうか?」
セシルは手を叩く。
すると地鳴りがした。
いや、地鳴りがしたように貴族たちは感じた。
山のような大男が歩いてきた。
「はっはっは! ライミ侯爵の忘れ形見でしたー! ってどうした?」
貴族たちはフラフラとしていた。
まさかそんな隠し球を持ってくるとは思わなかったのだ。
だがセシルの方はアッシュは友人だ。
友人を紹介した程度の認識だったのだ。
貴族たちの精神にダメージや感動を与えながら、ライブは次に進む。
まだ誰も気づいてなかった。
建物の奥になんだか巨大なオブジェクトがある事を。




