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スラムの劇場 3

 アッシュが暴れたことでスラムの全てが変化した。

 まずは誰もアッシュに逆らおうとはしなくなった。

 そして次に悪魔が好きに動くことができるようになった。

 なにせアッシュの支配地域は同時に悪魔の縄張りである。

 蜘蛛たちは盟約を実行することができるのだ。

 哀れな犯罪者の犠牲によって治安が良くなった。

 子どもたちも、子ども大好き蜘蛛たちの親矯正ブートキャンプにより、殴られることも売られることもなくなった。

 さらにアッシュたちは金ではなく、仕事を持ってきた。

 清掃や夜警、インフラ整備の力仕事などである。

 さらに帝都の外に無断で畑も作った。

 スラムの壁は壊れているため、農業に従事するスラムの住民は毎日壊れた壁から農作業に出ている。

 勝手に作った農場だが、誰もとがめるものはいなかった。

 もともとスラムの住民がゴミを投げ捨てていた場所である。

 悪臭がし、ネズミや害虫がわいていたため、スラムの人間ですら近づかなかった。

 つまり誰の土地でもないし、管理も放棄されていて、誰も監視してなかったため、農場ができても地位の高い役人の耳に入ることはなかった。

 これが麻薬などの禁制品なら問題にもなっただろう。

 だが畑で作っているのは野菜である。

 卸業者には関係のないスラムで消費する量を細々と作っているのだ。

 今は経験が少ないため、収穫までの期間が短い種類のものを作っている段階だ。


 そんな安全が確保された状態で、子どもたちが練習をしていた。

 いつもの廃教会で子どもたちが歌う。

 曲は子どもでも知っている聖歌や童謡である。

 その横ではブラックコングが見ていた。

 相変わらず暴力を主な業務にしてそうな大入道であるが、知人が見ればその目は優しいものだとわかった。

 ブラックコングはクローディア・リーガンに招待されたのだ。

 いつものタヌキの花子が「飲もうよ♪」と誘ったのではない。

 クローディア・リーガンが正式に招待したのだ。

 子どもたちが歌い終わった。

 クローディアは拍手した。


「はい。元気に歌えました。みんな休憩ね。アッシュお兄ちゃんがお菓子を用意してくれてるから食べて」


「「はーい!」」


 子どもたちは喜んだ。

 子どもたちからすれば、アッシュがスラムの半分を支配してから生活が良くなった。

 大人には殴られないし、いきなり誘拐されて売られたり殺されたりすることもなくなった。

 ひどいことをされたこともないし、お菓子までくれるのだ。

 嫌う理由はない。素直にお菓子を食べに行った。

 子どもたちがいなくなるとクローディアは言った。


「このたびは公演のスポンサーになって頂き、誠にありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げるクローディアにブラックコングは照れくさそうな顔をした。


「やめてくれよ。俺とおめえさんの仲だろう?」


 この場合、『仲』とは色っぽい関係では決してない。

 飲み友だちという意味である。


「そうね。やめましょう。これからの計画を話すわ」


 クローディアは言った。


「計画ってほとんど終わっているんじゃねえか? 安全だってわかれば、この地区の経済も伸びるだろう」


「いいえ。これが始まりよ。まずは、公演の日にセシルちゃんとその仲間たちが、桃龍騎士団の初仕事の視察にスラムに入る予定」


 ブラックコングもこれには面食らった。


「これでスラムの浄化は第三皇子の手柄か……」


「そう。これでセシルちゃんにはスラムを救った庶民の味方っていうイメージが定着する。皇帝になってもならなくても無視はできなくなる……かもね」


「それで、俺は金を出すだけでいいのか?」


「いいえ。各組合の長を招待してくれる? なるべく多く」


 ブラックコングは額にしわを寄せた。


「なにをしやがるんだ?」


「なにって加入するのよ。セシルちゃんの浄化計画の一環として何十人もね。クリスタルレイクの物品も一カ所で大量にさばこうとするから角が立つのよ。安いものは小さい業者に少量ずつ流せばいいのよ」


「それで気づいたときには組合はタヌキに乗っ取られましたってか?」


「そうかもしれないし、そうならないかもしれない。正直言ってどちらでもいい。それに組合も、もう殺し屋を差し向けることはできない。なにせ帝都の殺し屋の半分はアッシュちゃんの子分だからね」


 そして今は蜘蛛の食料である。

 頭から食うわけではないが、彼らには悲惨な将来が待っている。


「というわけで、次はオデットちゃんを呼んでくるわよー」


 クローディアは歩く。

 そして入り口のドアを開ける。

 ブラックコングや子どもたちが入ってきたドアだ。

 だがそこはオデットの部屋に通じていた。


「相変わらずデタラメだな、おい」


「いいのよ。はいはいオデットちゃん、練習よー」


 ところが部屋からは、か細い声がした。


「……いませ~ん」


 オデットである。

 クローディアはズカズカと入る。

 そして部屋の隅で丸くなっていたオデットの襟をつかんだ。


「あんたなに言ってるのよ」


「だって~! 帝都って人口多すぎです!」


 公演の規模を聞いてオデットは今さら怖じ気づいていた。


「なに言ってるの。そのうち中央劇場でもやるんだから、もっと規模が大きくなるのよ」


「いやね。他のみんなも聞いてないって言ってますよ」


 オデットは手足をバタバタさせる。

 だがクローディアは非情だった。


「そんなもんは知らん。やれ。契約書もあるしもう逃げられないわ。ねえ、コング?」


 ブラックコングはうなずいた。

 クローディアは細い手足からは想像できない力でオデットを引きずっていく。


「大丈夫よー。おばちゃん最初は歌手だったのよー。特訓であがらないようにしてあげるから」


 悪魔の特訓なので死ぬ可能性もある荒行である。


「なんか嫌な気がする! ねえ死にませんよね! 死にませんよね!」


 そもそもクローディアはオデットが嫌がっていないのをわかっている。

 オデットは失敗をするのを恐れているだけだ。

 その反応は普通のものだ。

 度胸がありすぎてあがらないアッシュやアイリーンがおかしいのだ。

 だから失敗などさせない。叩き込むのだ。


「大丈夫よー。死にそうになっても瑠衣も私もいるから」


「やだー! 絶対に働かないんだからー! うおおおおお、離せー!」


 そのままクローディアは暴れるオデットを引きずっていく。

 ブラックコングはそれをただただ眺めていた。

 そして一言。


「悪魔相手に駄々をこねるなんて、あの姉ちゃんただものじゃねえ……」


 そう、オデットもまたクリスタルレイク寄りの生き物だったのだ。

15日は2巻発売日なので、秋葉原&お茶の水に偵察に行ってきます。

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