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スラムの劇場 2 クローディアの夢

 実際のところ、クローディアが何を考えていたのかは誰にもわからなかった。

「なにか理由があるのではないか?」と思うのは人間の考え方でしかない。

 悪魔は……その中でもタヌキは、たいてい何も考えてないのだ。

 飲み会兼会合の翌日、クローディアはアッシュのアジトがある廃教会に現れた。


「劇場の土地買ったわよ~ん♪」


 軽い口調でクローディアは言った。

 それはとてつもなく素早かった。

 この様子になんとなくアイリーンもアッシュも不安になった。

 いつもは昼から飲んだくれているクローディアが、シラフで活動して、しかも妙に元気なのだ。

 このタヌキ、隠し事があるときはいつもこうである。

 クローディアたち悪魔は人の何倍もの時間を生きている。

 とんでもない秘密を多数抱えているのだ。

 うかつに関わったら死ぬことすらある。

 だが、クローディアは血の繋がった家族のいないアッシュにとっても、親兄弟親戚までもがダメなアイリーンにとっても家族みたいなものだ。

 だから見守ろうと二人は思った。


「二人とも黙らないでよ。さあ、行きましょう」


 二人はクローディアの案内で劇場の予定地に向かう。

 途中、ふと路地の暗がりを見ると蜘蛛たちがいた。

 街の中にも人間に化けた蜘蛛がいた。

 スラム街のパトロールをしているのだ。

 そのせいか、あちこちに屋台や店が開いていた。

 廃屋を撤去した空き地にテントを立てているものもいた。

 たいていは料理の屋台だったが、珍しいものでは刃物の研ぎや、鎧の手入れなどもあった。

 ある屋台では少年が働いていた。

 兜というよりは鉄のヘルメットの汚れをブラシ落とし、縁が変形して飛び出していないか見る。

 飛び出していれば切り取ってから金槌で叩いて潰し滑らかにする。

 次に砂で磨く。砂を落とすと今度は動物の脂肪油を塗る。

 最後にから拭きしてツヤを出して完成である。


「上手いもんだ」


 アッシュは感心した。


「うん、じゃあ桃龍騎士団に誘おう。叔母上ちょっと待っててくれ」


 アイリーンは即断即決の女だった。

 だから少年のところに行くと単刀直入に言った。


「少年。部下になれ」


 少年は声がする方に見た。

 美しいが非常に中身が残念そうな女性がいる。

 だが次の瞬間、女性の後ろにいる大男に気づいた。

 悪の帝王アッシュである。

 つまりアッシュの部下になれと言うことだ。

 スラムで成功する方法は限られている。

 正規軍の兵士になるか、有力な犯罪組織でのし上がるしかない。

 だがあの悪の帝王の配下である。

 自分たちの世代の一番のワルが、エプロンをつけて死んだ魚のような目で清掃に勤しんでいるのだ。

 別の地区のシマに自ら乗り込んで、本部の悪党たちを窓から放り捨てたのだ。

 なにをされるかわかったものではない。

 だが絶好のチャンスだ。


「な、なります!」


 アイリーンは微笑んだ。


「良い返事だ。あとで廃教会に来い」


 アイリーンはそれだけ言うと立ち去る。

 一部始終を見ていたクローディアは言った。


「すいぶん簡単に決めちゃったけどいいの?」


 アイリーンは微笑んだ。


「問題ない。素行が悪ければ海軍に任せればいいし、荒事に向いてなかったらブラックコングの所に預かってもらう。鍛冶の方に向いているようだったら新大陸に留学でもさせればいい」


 アッシュも「うんうん」とうなずいていた。

 クローディアも微笑む。

 そしてとうとう話を始めた。


「昔、おばちゃんも通った道ね。おばちゃんね。昔、この辺に住んでたのよ」


 悪魔の昔話はほぼ歴史である。

 昔と言ったら百年以上前のことだろう。


「この辺は見世物小屋とか劇場があった通りでね。昔は木箱の上に乗って歌ったのよ。楽しかったなあ」


 クローディアは目を細めた。

 そしてぽつりと言った。


「そう……腰ミノ姿で歌わされたりとかね」


 嫌な思い出の地雷を自ら踏んでしまったようだ。


「まあ関係者は全員泣くまで追い込んで、酒おごらせたけど」


 やはりきっちり報復したらしい。


「やっぱり楽しかったなあ」


「だから外での劇も詳しかったのか」


 アッシュは感心していた。腰ミノの件は華麗にスルーして。


「そうね。あの頃はまわりがみんな大きな声を出してるから、ちっとも聞こえなかったわ。楽しかったなあ」


 クローディアは目を細めた。


「それでテントの中に舞台を作ったりしたんだけど、ある日みんなで劇場を作ろうって話になってね」


 劇場の予定地に着いた。

 そこには崩れ落ちた廃屋があった。


「おばちゃんたちは、ここに劇場を作ったの。もちろんこの建物じゃないけどね」


 クローディアはくるくると回った。

 それは酒を飲んでいるときよりも手足まで気を使ったものだった。

 普通ならただの変な人になるはずが、誰もが見とれていた。


「おばちゃん、劇場はどうなったの?」


 アッシュは聞いた。


「焼かれちゃった。劇の内容が気にくわないって貴族に言われてね」


 一見すると悲劇である。

 だがアイリーンは思った。

 タヌキが報復しないはずがない。


「犯人は本気で焼……お仕置きしたけど、一座は散り散り。おばちゃん全部なくしちゃった」


 やはりキッチリ報復したようだ。

 悲しい昔話のはずなのに悪人が必ず地獄に落ちている。

 アッシュもアイリーンもクローディアのこういう所が大好きだ。


「だからね。今度こそ、ここに劇場を作るの」


「なんでオデットを? 本当は、おばちゃんが出たいんじゃないの?」


「オデットちゃんはアッシュちゃんと同じ金の卵よ。アッシュちゃんと違って音楽しかできないけどね」


 クローディアは断言した。

 人間性などは期待されていないのがオデットの人望を表している。


「さて、忙しくなるわよ。新大陸とスラムのお披露目よ」


「おばちゃん、料金とかはどうするの? スラムの人は来られないんじゃないかな?」


 アッシュは困った顔をする。

 なにせスラム街の住民の多くは演劇を見るような金はない。

 人を呼んでもスラム街に人が来るかもわからない。

 不安しかないのだ。

 するとクローディアは言った。


「まかせて、悪いようにしないから。私の信用をフルに使うことにするわ」


 クローディアは胸を叩いた。

 こうしてクローディアの夢が実を結ぼうとしていた。

 この頃にはアイリーンは花火のことをすっかり忘れていた。

 こうしてストッパー不在のままプロジェクトは進んでいった。

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