ある商人のスラム街探索記録 3
コリンが、ガラガラとカートを押してきた。
「お、おお!?」
謎の生き物の出現に酒類問屋は小さく声を上げた。
だがコリンは特に気にしていない。
新大陸でも謎の生き物だったので、そういう反応にはなれている。
「コリン……なにをしているのだ……」
アイリーンは目を丸くして聞いた。
コリンは満面の笑顔で尻尾を振った。
「アルバイトだよ。ゆるキャラだって」
コリンはニコニコしながら答えた。
アイリーンはクローディアを見つめる。
そしてタヌキを指さす。
「叔母上。ゆるキャラ必要か?」
「ふふふ。愛と勇気、酒とつまみののテーマパーク! そこに必要なのはモフモフ! モフモフモフモフ!」
クローディアは手を振り回しながら言った。
どうやらクローディアはモフモフと酒とつまみのテーマパークを作ろうとしているらしい。
「おばちゃんの計画には、コリンくんのようなモフモフ度の高いドラゴンちゃんが必要なの! モフモフモフモフ!」
しかも自分たちがそのモフモフであることに本気で気づいていないらしい。
これにはアッシュも苦笑いしている。
コリンはニコニコしながらカートから荷物を取り出す。
カートから出たのは高価な細工の施されたガラス瓶だった。
中には酒が入っている。
「くくくくく、これこそ我らの最高傑作! お酒の中のお酒! 新大陸の技術も取り入れた最強のお酒様ぁッ!」
タヌキたちがクローディアの後ろに集まりお腹を叩いた。
やたらテンションが高い。
クローディアはくるくるとスピンターンした。
この中身でこの反則級の美しさなのだから、世の中とは不公平なものである。
「試飲と称して宴会開いて、気づいたら酒がなくなるという苦難を乗り越えて、辿り着いた境地!」
やはり全部飲んでしまうらしい。
「飲みましょう♪ そして私たちを褒めまくって!」
ここでアッシュは違和感に気づいた。
悪魔は新規開発が苦手のはずだ。
特にタヌキは作るところまでは良いが、常に勘で動いているので再現ができないはずだ。
アッシュの疑問をよそにタヌキたちは木のジョッキに葡萄酒をそそぐと、酒類問屋やレヴィンに渡す。
クローディアは言った。
「さあ、飲んで飲んで♪」
酒類問屋はクローディアの笑顔に怯えながら、酒の匂いを嗅いだ。
「……なん……だと」
それは一言では言い表せない匂いだった。
安心や平穏ではなかった。
危険な遊びの匂い。
刺激的で開放的、冒険の匂いだった。
酒類問屋は一気に口に含む。
口の中に有り得ない味が広がる。
それは酒を超えていた。
魂を飲んでいるかのような迫力があった。
酒類問屋の背中に汗が流れた。
同時に飲んだレヴィンも同じ感想だったようだ。
なにせレヴィンは呆けていたのだ。
「こ、これは……」
酒類問屋の声を聞くとクローディアは不敵に笑った。
「では見学に行きましょう♪ はい、コリンくん」
「はーい」
コリンは尻尾を振りながら一行を案内する。
酒造にはやたらドアが多かった。
アッシュはなんとなくその一つを開けた。
「キシャアアアアアアアッ!」
たくさんの目のある怪物が中にいた。
大きな口を開けている。
「きゃいんきゃいん!」
怪物はアッシュに気づくと悲鳴をあげた。
アッシュはそっとドアを閉める。
「おばちゃん。どこに繋がっているんだ?」
「アッシュちゃん。世の中には知らない方がいいこともあるのよ」
どうやらとんでもないところに繋がっているらしい。
「コリンくん。そこのドアかな」
さらにしばらく歩くと、クローディアが足を止める。
「もうちょっと先ですよ」
コリンの言うことを聞かずクローディアは近くのドアを開ける。
ドアを開けると背は低いが筋骨隆々としたひげ面の男たちが酒造の作業をしていた。
明らかに新大陸のドワーフたちだ。
アッシュは冷や汗を流した。
「あ、間違えた。ごめんね~♪ みなさんは作業続けててね~♪」
「姐さん任せてくだせえ!」
クローディアはドアを閉めた。
「叔母上! 新大陸だな? この酒を造ったのはタヌキではなく新大陸のドワーフだな!」
「チガウヨ」
クローディアは明らかに嘘をついていた。
露骨に目をそらしている。
しばらくおつまみ抜きになるかもしれないからだ。
この時点で酒類問屋はヤバい案件に首を突っ込んだことを自覚していた。
こうなったら死ぬか破滅するまで突き進むしかない。
コリンが正しいドアの前で手を振った。
一行はそのドアに前に行く。
「ここにこの酒の秘密があります!」
「まだあるんかい!」
アイリーンの言葉を聞かなかったことにしてタヌキはドアを開けた。
すると楽しげな声が聞こえる。
「「たのしいの♪ たのしいの♪ おいしいお酒、たのしいの♪」」
コリンは中に入り、歌に加わる。
中はドラゴンたちが歌って踊っていた。
ちなみにベルも一緒に歌っているが、アッシュもアイリーンも華麗にスルーした。
もう何も言うまい。
「「褒めてくれるの~♪」」
ドラゴンたちは踊り始める。
コリンも踊る。コリンはワンテンポ遅れているが、それが逆に味になっていた。
一方、何が起こったのか。
それを完全に理解していたアッシュとアイリーンは頭を抱えた。
なにせドラゴンたちの中央に置かれた樽はまばゆい光を放っていたのだ。
「叔母上! 私利私欲のためにドラゴンの力を使うなんて!」
アイリーンが言うとクローディアはカラカラと笑う。
「なに言ってるのよ。魔力と同じで定期的に発散させないと力があり余っちゃって可哀想よ♪ それにお酒なら害もないでしょ」
いや違うから。
このお酒の影響力は害なんてもんじゃないから!
戦争に発展するレベルの逸品だから!
酒類問屋とレヴィンはパクパクと声にならない声をあげた。
「というわけで、分けてあげるわ。値段は市場価格なんて算出できないだろうから誠実に」
クローディアは酒類問屋の胸倉を掴んだ。
その表情は年を経た悪魔のものだった。
酒類問屋もレヴィンも同時に返事をした。
「は、はい! モチロンデアリマス!」
アッシュとアイリーンはドラゴンたちをなで回していた。
もう付き合っていられない。
ドラゴンをなで回していると、アッシュの体をよじ登ってくる子がいた。
レベッカだ。
「にいたーん!」
「レベッカ!」
ひしっと二人は抱き合う。
アイリーンもレベッカをなでる。
するとレベッカはアイリーンの手にスリスリした。
「あのね! あのね! おばちゃんがお酒造るの手伝ってねだって、お手伝いできたよ!」
「偉い偉い」
アッシュはレベッカの頭をなでる。
少し先で酒類問屋たちが蜘蛛に囲まれているのが見えた。
「ふふふふふ。もしここで見たことを漏らしたらどうなるかわかるわね?」
「も、もちろんでございます!」
「私たちを裏切ってもどうなるかわかるわね?」
「も、もちろんです!」
露骨な脅迫である。
アッシュは思った。
蜘蛛もカラスも善良だ。
ちゃんと警告もするし、話せばわかる。
伝承にある悪魔のイメージではない。
だがタヌキは悪意こそないが悪魔の伝承そっくりなことをする。
欲をかけば破滅するし、一緒に遊べば得るものは多い。
アッシュはレベッカを抱っこしながら、こうやって昔話は作られていくのだなと思った。
後日、味のわかるごく少数のセレブに、これまたごく少数だけ販売される幻の酒が誕生した。
金額は天文学級。
なにせ命がかかっている。悪魔に魂を売り渡して手に入れた酒なのだ。
人々は噂した。新大陸には無限の可能性があると。
「あのねー、アイリーンお姉ちゃんのところに行くの!」
レベッカがアッシュの腕からアイリーンの腕に移る。
「偉いね~」
アイリーンはレベッカをなでた。
アッシュもアイリーンもレベッカをなでなでする方が楽しかったのだ。
悪意と欲に踊らされないこと。
それが悪魔とうまくやっていく秘訣だった。
 




