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ドラゴンさんと盟約。りあじゅうばくはつしろへん。

 ケーキ屋さんのプレオープンはつつがなく終了した。

 ケーキの材料は底をつき、周辺の村にも在庫はない。

 そのためしばらくは夜に焼き菓子だけを販売することになった。

 仕事があるのは鑑定を勤めるアイリーンのみである。

 アイリーンは鑑定の手を止め瑠衣から渡された書類を眺めていた。

 書類は普通の羊皮紙に本文が焼きつけられている。偽造防止のためだろう。

 悪魔だからといって特に禍々しいというわけではなかった。

 契約書の中身はドラゴンや悪魔などの人外の生物を保護する代わりに彼らは契約者とその直系子孫に忠誠を誓うというものだった。

 商人たちの契約とは違い細かい条項がない。

 問題が発生したらそのつど各種族の代表者と話し合うとも書かれている。

 名前を書く欄は二つ。

 レベッカはドラゴンだからこの欄の対象者ではない。

 それは明らかにアッシュとアイリーンの名前を書く欄だった。

 「これでは保証人みたいではないか」とアイリーンはぼやくとテーブルに羊皮紙を置く。

 アッシュの作業はもうすぐ終わりだ。

 終わったらアイリーンと話し合うことになっている。

 初代皇帝の直系の話から悪魔との契約まで、話し合うことは多い。

 アイリーンは作業に戻る。

 なにか集中できることをして頭を切り換えたかったのだ。


「アイリーンお姉ちゃん。これはどうやって分けてるのー?」


 したんしたんとレベッカが飛び跳ねながら聞いた。

 アイリーンが分別した籠の意味を知りたかったらしい。


「うーんとな。レベッカの前にあるのが魔法がかかってて高く売れるヤツ。隣は魔法がかかってないやつ」


「じゃあそこの遠くに置いてあるのはなあに?」


 レベッカが首をかしげた。

 アイリーンはまるで貼り付けたような笑顔のまま言った。


「貴族の黒歴史……持っていることが知れたらたいへんなことになる。屋敷の裏に埋めようと思う」


 触るな危険。

 なにせ大貴族の華々しい伝説の大半が大嘘であるという証拠だ。

 その存在が知られただけで暗殺の対象になってしまう。

 レベッカはよくわからないのか首をさらにかしげ、さらに尻尾も下げた。


「難しいの……」


「大人の事情というやつだ。落ち込まなくていいぞ」


「うん♪」


 なんとなく納得してくれたようだ。

 アイリーンはレベッカにいい子いい子と頭を撫でる。


「うりうり」


「いやーん♪」


 レベッカは大喜びだ。

 するとアッシュのドタドタという大きい足音が聞こえてくる。

 図体が大きいと足音もそれなりなのだ。


「おうっし終わったよー」


「にいたん!」


 レベッカがアッシュに飛びつく。

 アッシュはレベッカを抱っこするとキョロキョロとする。


「あれ、ベルさんは?」


「部屋で休んでもらってる」


「そう? 珍しいな」


「ああアッシュ殿と二人で話があったので席を外してもらった」


「戦争のことか……」


 アッシュは困ったなと頭をポリポリ掻いた。


「それもあるがもっと重要な話だ」


「もっと重要って?」


「アッシュ殿。瑠衣殿と契約を結んでクリスタルレイクを……この国を救って欲しい」


 アイリーンは思い切って言った。

 たぶん断られるだろう。

 この国は、このクリスタルレイクはアッシュを奴隷として売ったのだ。

 助ける義理なんて存在しないのだ。

 アイリーンは目をつぶった。

 もうこの国は終わりだ。

 これで終わる。

 悪魔もこれ以上は助けない。いや、敵に回るだろう。

 そしてアッシュが口を開く。


「いいよ」


 アイリーンは目を見開いた。


「いいのか? この村は貴公を奴隷として売ったのだぞ? この国は貴公を戦場に送ったのだぞ?」


「いいよ。瑠衣さんは信用できる。それに結構楽しいんだ。レベッカがいてアイリーンもベルさんも騎士の二人に幽霊のメグさんがいる生活が……この生活が楽しんだ」


 アイリーンがアッシュに抱きつく。

 アッシュは今までされたことのない反応に固まる。


「あ、あのアイリーン?」


「ありがとう」


 アイリーンは心の底から嬉しかった。

 いかに貴族の統治に正当性がなかろうと犠牲になるのは民だ。

 アイリーンの貴族としての矜持は民を見捨てることを許さなかった。

 だからこそアッシュの態度に心を打たれたのだ。

 数秒してアイリーンは自分が男性に抱きついたことを認識した。


「ひゃう! す、す、す、す、すまん!」


 アイリーンは慌ててアッシュを離す。


「アイリーンお姉ちゃんはにいたんと仲良しさんですね」


 レベッカはニコニコしていた。


「い、い、い、い、い、いや、つい興奮してしまってだな」


「わかってるから! 気にしないで!」


 アッシュも大慌てである。

 そこに幽霊のメグがわざとらしくお茶を運んでくる。


「はいはーい。初々しいですねー」


 メグの態度はニコニコしているが微妙に嫉妬が混ざっている。

 はいはいリア充爆発しろという態度である。


「ちょ、メグ!」


「はいはーい。私はなにも見ませんでしたー♪」


 メグはそれだけ言うと逃げるように部屋を出て行った。

 二人は無言になる。

 沈黙を破ったのはアッシュだった。


「えっとそれで俺はどうすればいいのかな。あはははは」


「あははは。そうだなアッシュ殿。ここにサインをしてくれ」


「あ、ああ。わかった」


 アッシュは羽ペンで署名する。

 アッシュが書き終わるとアイリーンも続く。

 すると不思議なことが起こった。

 二人が書いた署名が焼けたのだ。

 じゅうっと炭のニオイがする。

 二人の署名は契約書の他の部分と同じように焼き印で押したような跡になった。

 そしてアッシュとアイリーンの脳裏に声が響く。


「古き盟約は破棄され新たな盟約は交わされた。お互いの良き未来を……」


 声がしたのと同時にレベッカが光に包まれる。


「うわーい♪」


 レベッカは喜んでいる。


「レベッカ大丈夫か?」


「うん。嫌な感じはしないの。あのね、あのね、妖精さんもドラゴンさんもたくさん来てるの。みんなここに住みたいって」


 レベッカがパタパタと身振り手振りで説明する。


「ドラゴンも?」


「うん。まだみんな見えないけどいるの」


「見えないって?」


 アッシュはレベッカをテーブルに置いて聞いた。


「あのね。みんな消えちゃった子なの。怖くて暗くて寂しくて消えちゃったの。でもにいたんと楽しいことがしたいって。人間さんと一緒に暮らしたいって」


 アッシュとアイリーンは目を見合わせた。


「あ、アッシュ殿」


「ああ、ドラゴンは生きていたのか」


 二人は微笑んだ。

 そしてアッシュはレベッカに優しく言った。


「よかったなレベッカ。お友達が帰ってくるぞ」


「うん♪」


 皇帝と悪魔たちとの古の盟約は破棄された。

 そしてアイリーンとアッシュ、それと悪魔たちやドラゴンたちとの新しい盟約が結ばれた。

 アッシュたちはまだ知らなかった。

 クルーガー帝国の本当の姿を。

 まだ彼らは帝国の各都市になにが存在するかを知らなかったのだ。



 戦場はアンデッド狩りもされずに放置されていた。

 埋葬も死体の処理もされていなかった。

 恨みを抱えた戦士の魂が浄化されずに戦場に漂っていたのだ。

 古の盟約を知っているものにとってそれは必然だった。

 悪魔がなぜ悪を狩っていたのか。

 それすらも人間は忘れていた。

 最初の異変は無能故に守勢に転じたパトリック・ベイトマンが都市を放棄した直後に起こった。

 まず都市に残った血が地下へと吸い取られていった。

 都市が1000人分もの血を吸うころにはあたりは闇に包まれていた。

 そして都市が血を吸い尽くした直後大きな揺れが起こる。

 それは立っていられないほどの大きな揺れだった。

 都市にいたノーマン共和国軍の駐留部隊は当然のように慌てた。


「な、なんだ! なにがあった!」


「地揺れだ!」


「ひいいいいいッ!」


 あまりの揺れに逃げ回ることもできずノーマン軍の駐留部隊は揺れをただやり過ごす。

 時間にして数分のことだろう。

 ピタリと揺れが収まる。

 男たちは安堵のため息をついた。

 その時だった。

 闇の中で叫び声が上がった。


「お、おい、今のはなんだ?」


 一人の兵士が近くにたくさんいた仲間に話しかける。

 誰でも良かった。話を聞いて「そんなことねえよ」と否定してくれれば。

 だが返事はなかった。

 あれほど多くいた仲間が一人もいなくなっていたのだ。


「な、なんだ? どうしたんだよ!」


 男は脱兎のごとく走り出した。

 恐ろしかったのだ。

 だがその男も一瞬で声を出すことはできなくなった。

 兵士の男のその存在が消えてしまったのだ。

 夜が明けると、そこは生者の存在しない死の都市になっていた。

投稿済み小説の表示に関する不具合について

http://blog.syosetu.com/?itemid=2182


やはり不具合だったそうです。

現在は復旧したそうです。

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