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カルロスさんの治療院

 カルロスは思った。


 どうしてこうなった!


 そこはクリスタルレイクにあるアッシュの屋敷。

 その中にあるカルロスの部屋。

 部屋は湿布臭く、湿度は高かった。

 常にぐつぐつとお湯が沸き湯気が上がっていたのだ。

 高級品こそないものの、各種薬草が置かれ、部屋の隅には木炭や針などの何に使うのかわからないものも置いてあった。

 薬草以外は最近になって買いそろえたものである。

 カルロスはため息をつくと不平不満をぶちまけた。


「俺は医者じゃねえんだぞ! もうね、バカなの!」


 カルロスは回復魔法が使える。

 だが医者ではない。

 捻挫や脱臼ならともかく、病気の治療は難しい。

 だから、ほとんどの僧侶は湿布や薬も併用する。

 なんでもできるカルロスは、薬もそこらの僧侶よりも詳しかった。

 そして今、カルロスはさらに増えた仕事に頭を悩ませていた。

 スラムに治療院を開業させられたのだ。


「あきらめろって」


 部屋の隅から声がした。

 アイザックだ。

 カルロスは噛みつきそうな顔で言った。


「てめえのせいだろが!」


 アイザックの計略により、アッシュは一つの区画を支配していた組織を潰してしまった。

 支配地区の拡大は、そこに住む病人をも引き受けることにもなったのだ。

 人間の体の中を「ぐりぐり」するような治療は瑠衣たち悪魔にしかできないが、死ぬような怪我でなければ薬草や骨接ぎの方が好まれた。

 治療魔法は高額だし、治療を受けたことのあるものが少なすぎるので「怖い」というイメージがあったのだ。

 そこでカルロスに白羽の矢が立った。

 カルロスは修行僧を途中で辞めた男だ。

 クルーガー帝国では医師は誰でも就ける職業だ。

 どんなあやしい人間でも医者を名乗れば医者なのだ。

 カルロスの知識は、まだマシ……いや、普通の市民が住む地区と比べてもかなり上位だった。


「いいじゃねえか。儲かってるんだろ?」


 僧侶崩れのチンピラと素直に名乗ったにもかかわらず、カルロスの店にはスラムの住民が殺到していた。

 本人の人柄や他が酷すぎたせいである。


「俺は騎士なの! みんな忘れてるよね!」


 その線だけは死守したい。

 それがカルロスの願いである。

 アイザックは優しい声で言った。


「安心しろ。みんなガッツリ忘れてる」


「ふぎゃあああああああ!」


 カルロスはアイザックの胸倉をつかむと揺さぶった。

 アイザックもされるがままにしている。

 するとドアが開いてやたら色っぽいお姉さんが入ってきた。

 シスターの作業着を着ているが、偽物感があふれている。

 それもそのはず、現地採用のお姉さんである。


「先生、みなさんお待ちですよ~♪」


 お姉さんは全方位にハートを飛ばしている。


「はい……今行きます」


 カルロスは沈んだ顔で返事をした。

 なにせここで鼻の下を伸ばしたことが、セシルの耳に入ったら殺されかねない。

 結構緊張感があるのだ。

 アイザックはカルロスの肩を叩く。

 そして親指を立てた。

 カルロスはアイザックへ指をさす。


「アイザック、おぼえていろよ! 絶対に仕返ししてやるからな!」


 カルロスはそう言うとドアを開ける。

 アイザックはヘラヘラと笑いながら手を振った。

 喧嘩するほど仲が良い。

 ドアはショートカットになっていて、帝都のスラムに繋がっていた。


「んじゃ、ちゃっちゃとやりますか」


 カルロスは薬草作成用の作業着を羽織った。

 待合室には年寄りは少なかった。

 なにせスラム街の平均寿命は短い。

 たいていは若いうちに死ぬ。

 生き残ったとしても、スラムは衛生状態が悪く、長くは生きられない。

 だが最近ではアッシュの清掃活動でだいぶ衛生状態は改善している。

 それに治安の方も夜警隊のおかげでだいぶ改善した。

 だから今は子どもや、子どもに病気をうつされた親が多かった。

 カルロスはとりあえず全員を診る。

 他にもカルロスの船の船医なども病人を診ていた。

 幸いなことにほとんどは風邪だった。

 カルロスは体を温める薬草を煎じたものを出して飲ませるように指示を出す。

 あとはアッシュの果樹園から持ってきた果実を「お裾分け」と偽ってお土産に持たせる。

 実のところ、こちらの方が本命である。

 スラムの住民の栄養状態には問題があった。

 たいていはガリガリに痩せているし、貧血も起こしていた。

 ある程度の年まで生き残っているので体は丈夫だ。

 だから栄養さえ取らせれば、かなり高確率で症状はよくなるのだ。

 最後にカルロスにしかできないをしておく。


「おっちゃん肩こってるなあ」


 そう言いながら、カルロスは男性患者の肩を揉むと軽く回復魔法をかけておく。

 瑠衣の使うもののように強力なものではない。

 体の内部をいじったり、過激な効果のあるものも使わない。

 少し元気が出る程度の弱いものを使って、自然な回復を促すのだ。

 このような手加減は悪魔には難しい。

 彼らは常に全力で魔法を使ってしまうのだ。

 子ども相手の魔法で副作用が出るのもこのせいだ。

 ここが種族の差というものなのだろう。

 カルロスは次々と魔法をかけていく。

 女性には目の充血や舌の様子を診るついでに魔法をかけていく。

 全て終わった頃には日が暮れていた。

 終わるまでは笑顔だったカルロスも、さすがに疲労の色を隠せない。


「……もう無理」


 カルロスはうなだれていた。

 ほぼ無限の魔力を持つドラゴンや悪魔と比べたら、人間なんて誰でもこんなものである。

 カルロスはクリスタルレイクに戻ることにした。

 ショートカットになっているドアを開ける。

 するとセシルが待っていた。

 セシルは王族なのに村娘のような格好をしていた。


「お疲れ~。がんばったね。手料理っての? 作ったから食べてよ」


 セシルはニコニコしていた。

 カルロスは泣きそうになった。

 良い嫁もらったなあと。まだ結婚してないのに。結婚できるかどうかもわからないのに。

 そして思った。もうちょっとがんばろうと。

 アッシュに習ったのだろう。セシルの料理からはアッシュの味がした。

 こうして忙しすぎる男、カルロスの一日は過ぎていくのであった。

 翌日は船長に戻るのだ。

 ちなみにカルロスは頑張りすぎて、この後本当に倒れる。

 この世界には、まだブラック企業も過労という言葉もなかったのだ。

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