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悪の帝王 5

 アッシュは珍しくマントを羽織っていた。

 カラスたちが面白半分に金糸を入れた、豪華絢爛でありながら実用性が皆無という困った品だ。

 鎧も着ていた。戦闘用の鎧ではない。

 黒い塗装に、金箔をあしらったものだった。

 動きやすさを重視して急所である関節部分がやたら大きく空いていて、肩も腰も不自由なく動かせる。

 さらにやたらと軽かった。

 それは演劇の衣装だった。

 これも同じだ。カラスたちが作ったデザイン先行で実用性皆無の品である。

 二つともデザインをしたのはクリスである。

 アッシュはわざとジャラジャラと鳴らしながら歩く。

 歩幅は大股。鎧の重量が軽いので腰を落とした動きではなく、普通に歩いていた。

 兜はつけなかった。

 そのかわりにゼインとの戦いで着用した仮面をつける。

 帯剣もした。

 中身はお芝居で使った刃引きの剣だ。

 アッシュは戦闘の用意はしていなかった。

 アッシュはスラム街の廃教会を出た。

 瑠衣やカルロスたちも後を追う。

 レベッカはアイリーンとお留守番である。

 その異様な姿にスラムの人々はおびえた。

 アッシュはゆっくりと広場へと歩く。

 その姿はまるでスラムの人々に見せつけるかのようだった。

 広場に着くとアッシュは腕を組んだ。

 堂々と力強い姿で立っていた。

 人々は地区の顔役が姿を現したと聞いて広場に集まる。

 ある程度人が集まったところで、アッシュは言葉を発した。

 それは低く、遠くにまで通る美声だった。

 優しく、心地よく、それでありながら強い声だった。

 女性も、いや男までもその声に惹かれた。

 あのクローディアが才能を認めた、アッシュの本気。それが遺憾なく発揮された。


「はじめまして、スラムの民よ! 私がこの地区の顔役になったアッシュだ」


 アッシュは挨拶をした。

 内心、貴族のような物言いに辟易したが、これでいい。

 この地区の人間はこういう態度になれている。


「まず諸君らに儲け話を持ってきた」


 スラムの住民たちは、ごくりとつばを飲み込んだ。

 そして期待に満ちた視線をアッシュへ向けた。

 強盗だろうか?

 それとも誘拐だろうか?

 それとも詐欺だろうか?

 どちらにせよ楽で儲かる仕事に違いない。

 その目をアッシュの後ろにいたカルロスは鼻で笑った。

 カルロスには腐った人間の考えていることが手に取るようにわかったのだ。

 だから彼らの期待していることが最高に笑えたのだ。

 アッシュといたら命がいくらあっても足りない。

 あのアイザックが死にかけたのだ。

 こいつらが生きていられるはずがない。

 もちろんカルロスの予想は当っていた。


「これから他の地区との全面戦争に入る」


(なに言ってるの、この人……)


 全員が同じ感想を持った。

 全く意味がわからなかった。

 それは誰もなしえなかった事だ。

 当たり前だ。

 統一するということは地区の人間を食わせる責任があるということなのだ。

 そんなのは無理だ。

 なんの商売をするというのだ。

 今までの顔役たちだって同じだ。

 人より良い暮らしをしたかっただけだ。

 なのにアッシュという男はなにを言っているのだ。


「諸君らは元気よく戦ってくれ。衣食住は確保しよう」


 アッシュの声には有無を言わさない迫力があった。

 逆らったら命はない。

 誰もがそう思った。

 どの顔も表情が絶望に染まる。


「それとだ。諸君らにはこの地区のルールというものを提案させてもらおう。女房子どもを殴るな。約束は守れ。親兄弟、仲間の金を取るな」


 スラム住民たちは思った。

 守らなければ殺すという意味に違いないと。


「さて……では行くぞ」


「「はあ?」」


 さすがにそれだけはみんな思った。

 あまりの意味不明さに声まで出してしまった。


「旦那、どこに行くって言うんですかい?」


 顔を赤くした酔っ払いが聞いた。


「一番評判の悪い地区だ。どこだかわかるか?」


「そ、そりゃフランコのとこですが……」


「連れて行け」


 アッシュは男の腕を掴むとそのまま歩く。


「だ、旦那! なにを言ってやがるんですか!」


「ああ。頂こうと思ってな。フランコってのは何者だ?」


「傭兵崩れの人殺しだ。商人の嫁やガキを誘拐したり、いかさま賭博で金を巻き上げたり……すぐに人を殺すヤバいやつなんだって!」


 アッシュは笑った。

 仮面のせいでわからなかったが、その笑顔はアイリーンも見たことのない恐ろしいものだった。


「それはちょうどよかった。心が痛まないですみそうだ」


 アッシュはうれしそうに言うとずんずんと進む。


「アッシュさん。うちの連中にはなに持たせますか?」


 カルロスが聞いた。

 とても頭が痛そうな顔をしている。


「適当な棒でも持たせてくれ」


 そう言うとアッシュはさらに進んだ。

 とうとうアッシュは街を隔てる門の前に辿り着く。

 各地域が関所代わりに使っているものだ。

 アッシュは問答無用で門を蹴飛ばした。

 門は開く間もなく吹っ飛んだ。

 門の向こうにいた見張りたちも一瞬動けなかった。

 それは明らかな異常事態だった。

 アッシュはここで酔っぱらいを解放する。

 そしてようやく硬直から元に戻った見張りの前に悠然と立つ。


「ふご!」


 アッシュは裏拳でぶん殴った。

 見張りは回転しながら宙を飛び、壁にぶち当たる。

 一人を鉄拳制裁すると、高速移動してもう一人と殴り飛ばしていく。

 言葉通り飛ばしていく。

「死なない程度に加減したつもりだけど、大怪我するかも」パンチである。

 人間がゴミのように飛んでいく、まさに冗談のような光景にアッシュの地区の住民たちは恐怖した。


「さて、挨拶(・・)しに行くか」


 アッシュはさらに進んでいく。

 その後ろをアッシュの地区の男たちが足をガクガクさせながら、へっぴり腰でついて行く。

 それは瑠衣の教育的指導とかそういうものとは次元の違う、まさに理不尽だった。

 地区に入ってからは、血気盛んな若いの(・・・)たちがアッシュの前に立ちはだかった。

 彼らもアッシュも同じくらいの年なのだが、誰もそうは思わなかった。

 だがアッシュは止まらない。

 全員を怪我しない程度に叩きのめすと、フランコの屋敷の前に立つ。

 その時、カルロスは苦笑いをしていた。

 わかってしまったのだ。

 子どもの虐待を止めるついでに、法を敷き、支配をし、さらには他の地区も頂く。

 良くも悪くも善良なアッシュの発想ではない。

 カルロスはこの汚いやり方を考えた人間の顔が思い浮かんだ。


「アイザック~! お前、なに考えてるんだよ!」


 カルロスは頭を抱えた。

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