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悪の帝王 4

 その頃、アッシュはクリスタルレイクでのんびりしていた。

 畑仕事に精を出し、たまにケーキを作って売る。

 暇があればレベッカやドラゴンたち、それにアイリーンと新大陸で羽を伸ばす。

 劇場はお休みだし、帝国の嫌がらせもない。

 帝都の暗黒街もブラックコングや瑠衣がやってくれている。

 これほど穏やかな日々はかつてなかった。

 いや、スローライフを望んだのに仕事をいくつも掛け持ちしていたのが異常だったのだ。

 アッシュの膝の上にはレベッカがいる。

 レベッカはアッシュの膝の上でウトウトと船をこいでいた。

 なんという素晴らしい休日だろう。

 そうアッシュは思った。

 これからはこんな日々が続くのだろう。

 なんて幸せなことだろうか。

 だがアッシュは知らない。

 草食動物系男子がアッシュの所へ爆走してるのを。


「アッシュさああああああん! あの二人を止めてええええええッ!」


 レベッカを膝に乗せたアッシュがうつらうつらと船をこぐ。

 レベッカと昼寝をしようかなとアッシュは思った。

 なんて静かなんだろう。

 アッシュはふふっと笑うとレベッカをなでた。

 その時だった。


「アッシュさん! 悪魔とゴリラが暴走しました!」


 カルロスが現れた。

 レベッカがビクッとして飛び起きる。

 そして呆然とした。


「あ、あれ……カルロスちゃん」


 アッシュも起きた。

 アッシュは少し平和ボケしていた。

 最近では、殺気がなければ起きないほどになっていた。

 それにカルロスは足音をさせないというのもある。

 カルロスもいろいろおかしいのだ。


「あの連中、瑠衣さんとブラックコングがスラムの連中を片っ端から地獄に送るつもりです」


 カルロスがまくし立てた。

 さすがのアッシュも目を丸くする。


「どうして?」


「学校の生徒が親に殴られたんですよ。それで二人ともキレちゃって……」


 アッシュも思うところはある。

 アッシュの育った環境では暴力が当たり前だった。

 だがアッシュはほとんど暴力を振るわれたことはない。

 なにせ大人はアッシュを恐れていたのだ。

 単純に力負けしそうだと思って警戒していたのだ。


「なるほどね……わかった」


 アッシュはレベッカを抱っこすると立ち上がった。


「要するに殴るのをやめさせればいいんだな」


 カルロスは困る。


「でもどうやって?」


 アッシュは答える。


「掟を作る。カルロス、悪いがアイリーンを連れてきてくれ」


 アッシュはそう言うと戦闘用の装備一式のある倉庫に向かう。

 カルロスもアイリーンのところへ走った。

 アッシュを別な方向でやる気にさせてしまったと後悔しながら。


 その頃、帝都では子育てお化けと子育てゴリラが静かに怒っていた。

 静かにと言っているが、ゴリラは周囲に殺気を放っていたし、お化けの方は暴走する魔力で空間を歪ませていた。

 その二人を遠巻きに蜘蛛たちが眺めている。

 一匹の蜘蛛が隣の蜘蛛をちょんちょんとつついた。

 つつかれた方は前足を交差させてバツ印を作った。


「ちょっとお前、止めろよ」


「やだよ。二人とも怖いもん」


 そんな会話を蜘蛛たちはしているようだ。

 二人を止めることはできないようだ。

 瑠衣もブラックコングも理想に燃えた世間知らずの若者ではない。

 子どもは親の所有物というのが常識のクルーガー帝国では、子どもへの暴力が頻繁に発生するという事実自体は受け止めている。

 それがスラムであれば親もそういう育てられ方をしているため、しかたないものだということも理解している。

 だが許容できる限度というものがある。

 怪我までさせるのはやりすぎだ。

 一掃することはできないにしても、減らさねばならない。

 それに圧倒的に気分が悪いのだ。

 瑠衣は言った。


「私たちの食料は人間の不幸ですが、子どもの不幸は気分が悪くて食べたくありません。同じ不幸なら悪人の方が心が痛まないのですが……」


 悪魔にとってはそういうものらしい。

 ブラックコングも言った。


「人間にとってもガキが不幸になるのは面白くねえな。さてどうやって懲らしめる?」


 瑠衣はふふふっと笑う。


「まずは親子関係矯正プログラムを受けてもらいましょう」


『親子関係矯正プログラム』とは要するに虐待をやりそうな親を拉致してお説教しちゃおうという意味である。

 この場合、対象者は全ての親である。

 地獄に連れて行って、死ぬより酷い目に遭うよと地獄を体験してもらうつもりだ。

 もはや無差別テロである。


「くくく……」


 ブラックコングが笑う。

 ブラックコングも意味がわかっててこの笑顔である。

 クリスタルレイクには珍しいまともな大人なのに、結構見境がない。


「うふふふふ……」


 瑠衣も笑う。

 こちらは人間の常識が通じないので止めようがない。

 だが、そこでようやくストッパーが現れる。


「はい。いい加減にしなさい!」


 その声の主はブラックコングの嫁であるルーシーだった

 ルーシー、それにアッシュとアイリーン、それにレベッカもいた。

 カルロスもいるが、隅っこに隠れている。

 関わりたくないのだ。

 草食動物の生存本能が関わったら死ぬと警告していたのだ。


「二人とも、もっといい手を考えたから、拉致するのはナシだ」


 アイリーンが言った。

 鼻息を荒くしている。


「はあ? いい手? こういうのは脅すのが一番に決まってるだろ」


 ブラックコングが異論を挟んだ。

 そんなブラックコングの肩にアッシュが手を置いた。


「まかせろ」


 言葉は短かった。

 だがその言葉には力があった。

 男と男の友情を誓った相手だ。

 実のところブラックコングは頭が沸騰しそうなほど怒っていた。

 だがアッシュがそう言うのなら、引かざるを得ない。

 瑠衣も同じだった。

 アッシュとアイリーン、それにレベッカも賛同している案なら従うべきだと判断した。


「それで兄弟。なにをするんだ?」


 ブラックコングは聞いた。

 するとアッシュは仮面を被る。

 それまで気づかなかったが、アッシュはゼイン戦の時の鎧を着ていた。


「この地区に君臨する」


 アッシュがやる気を出した。

 説得の言葉はそれだけで充分だった。


「広場にみんなを集めてくれ。飲んだくれてるヤツには水をぶっかけて連れてきてくれ」


 アッシュは言った。

 瑠衣は微笑むとどこかに消え、ブラックコングはニヤリと笑った。

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