悪の帝王 2
子どもたちが椅子に座っていた。
みんなどこかソワソワしている。
それもしかたがない。
どの子もじっと座っていることを教わっていないのだ。
そんな彼らは、どの子もクリスタルレイクに来た頃のクリスよりも汚かった。
彼らは『学校』と呼ばれる謎の施設に連行された。
元は教会だったが、現在は空き家のはずの建物である。
スラム街で誘拐は高確率で悲惨な目にあう。
鉱山に売り飛ばされるか、ヒットマンとして爆弾を腹に巻き付けて送り出されるか、それとも傭兵団に売りに出されるか。
どちらにせよろくな結果にはならない。たいてい死ぬ。
だからソワソワする子どもたちの目には恐怖が刻み込まれていた。
そこにアッシュがやって来る。
アッシュはカートを押していた。
さらにブラックコングや人に化けた蜘蛛たちもカートを押してくる。
ブラックコングは助っ人である。
なにせ学校に子どもを集めてもみんな逃げてしまうのだ。
こういうときこそ子育て経験豊富なものが必要だ。
部屋に入るとブラックコングはニヤッと笑う。
「朝飯だ。食え」
子どもたちは固まった。
食事をくれる。
それはスラムでは『死ね』と言われたのと同じだ。
食事に手を付けたが最後、ヒットマンや麻薬の運び屋をさせられるに違いない。
子どもたちは震えた。
確かに食事は欲しい。
ほとんどのものは朝食を食べていない。
だが命には代えられない。
子どもたちは命乞いをするような目でアッシュたちを見た。
アッシュはぎょっとしたが、ブラックコングはアッシュの肩を掴む。
「あわてるな兄弟。俺にまかせろ」
子育て経験豊富なブラックコングは『ふふんっ』と笑った。
アッシュはその異様な自信を信頼した。
ブラックコングは言った。
「うちの組はインテリヤクザだ」
「おおー!」と子どもたちがわいた。
なんとなく凄いというのは伝わったらしい。
「いんてり?」
「おうよ。頭を使うのがこれからの商売ってヤツよ」
ブラックコングが指で自分の頭を叩く。
子どもたちはよくわからないが「おおー!」と言った。
「うちの組に入りたきゃ、読み書き計算ができるようになることだな。なあに、俺様たちは優しいからなあ、教えてやろう。それに子分を食わせてやるのは兄貴分の仕事だ。だからここに勉強しに来たら飯を食わせてやる」
犯罪組織の構成員になるのは、スラム街では出世の最初の一歩である。
たまに死ぬこともあるが、スラム街では威張りたい放題である。
子どもたちは目を輝かせた。
なにせ飯をもらいながら組員になる勉強ができるのだ。
「うんやる!」
「やるよ!」
「がんばる!」
それは子どもたちの食欲が恐怖に打ち勝った瞬間だった。
すかさずアッシュたちは全員に食事を配る。
メニューは硬くなった黒パンとスープである。
本当はアッシュはおいしい朝食を作ってやりたかった。
だが、「最後の晩餐だと思われるからやめておけ」というブラックコングの意見でこうなった。
それでも子どもたちは目を輝かせた。
「おーっし、食え!」
配り終えるとブラックコングが言った。
手慣れた司会進行が一人いるとアッシュも楽である。
「よーし、食いながらでいいから聞きやがれ」
ブラックコングが言うと、子どもたちの視線がブラックコングに集まる。
「まず読み書き計算は、手の空いてる大人が日替わりで教える。しばらくしたら、木工やら、大工仕事やら、徐々に講座を増やしてやるから楽しみにしてろ」
子どもたちは「へぇー」と思った。
木工職人は一生『食える』商売だ。
万が一牢に入れられても特別扱いされる職業だ。
「でもよう、おっさん。俺たちなんて木工職人の工房にいれてくれねえだろ」
ブラックコングは笑う。
「くくくくく。なにを言ってやがる。このアッシュの力を持ってすれば、お前らを木工職人のギルドに入れるくらいわけはねえ」
「おおー!」と子どもたちがどよめく。
実際はブラックコング商会の信用である。
だがブラックコングはわざとアッシュの名前を出した。
ブラックコングは高らかに言った。
「なにせ俺たちはワルだからよ! てめえら、頂上を取ってみたくはねえか?」
「て、てっぺん!?」
子どもたちはわくわくしている。
「おうよ。お前らには特別に教えてやる。俺たちはこのスラムの統一を考えている」
本当は新大陸とか、帝国とどうつき合っていくかなど、スケールはスラム街より大きい。
だが子どもたちには、このくらいのスケールにしておくのがちょうどいいのだ。
「と、統一……」
「……て、てっぺん!」
だが子どもたちは困惑した。
スラム街の子どもたちにとっては、スラム街こそが世界である。
つまり世界征服をすると言っているのだ。
今までの顔役とはスケールが違う。
実際、アッシュの仲間には商人や海軍だけではなく、皇族までいる。
スケールが違うのは当然である。
そしてブラックコングは言った。
「なにせこのアッシュは悪の帝王だからな!」
「「悪の帝王!」」
『ずぎゅーんっ』と子どもたちは心臓を射貫かれたかのような顔をしていた。
一時、教室内が静まりかえる。
間を置いて子どもたちがざわついた。
「悪の帝王……」
「悪の帝王だってよ」
「悪の帝王ってかっこよくね?」
ここまで来てアッシュたちは、なぜブラックコングがワルにこだわるのか理解した。
ブラックコングの所の子どもたちも、学校の子どもたちと同じなのだ。
そういう文化で育ってきたので、わざと価値観を合わせているのだ。
もちろん恥ずかしがり屋なのもあるだろう。
「ぐははははは! さあ、あとはお前らが組織への忠誠心を見せる番だ。わかったな!」
「お、おう!」
なんとなく子どもたちは納得した。
「最後に、怖い先生を紹介する。瑠衣先生」
そしてブラックコングは、後ろでひたすら微笑んでいた瑠衣に代わる。
キレイな女だったので悪ガキたちはなめきった表情になる。
「はい、魔術と生活指導をする瑠衣です。それでは……ご挨拶を」
瑠衣は子どもたちを思いっきり脅かす。
それはもう全力かつ本気で脅かした。
部下の蜘蛛を呼び出して脅かしたり、地獄の映像を見せたり、具体的にどうお仕置きされるかまで見せたりした。
皆、子どもとして瑠衣に育てられたエドモンドに同情したほどだ。
「……と、いじめや盗みをする子はこのように、あれ? みなさん聞いてますか?」
子どもたちは誰も聞いていなかった。
すでにノックアウトされていたのだ。
こうして無計画に作られた学校らしきものがスタートした。
こういったものは、いつの時代も、どこの地域でも、一進一退を繰り返している。
過度な期待はできないが、それでもアッシュたちは夢を見たかったのだ。
そして次の問題は大人の方なのである。




