真相
レベッカにトドメを刺されたアッシュだがその程度のことではへこたれない。
なぜなら言われ慣れているからだ。
伊達に奴隷として傭兵ギルドに売られてはいない。
アッシュの精神的タフネスはその化け物じみた肉体を遙かに超えるのだ。
そう、アッシュの内面はイケメンだった。
鍛えに鍛えられたイケメン力がほとばしっていたのだ。
虐げられて生きてきたにもかかわらずなお優しさを忘れないアッシュのその内面のイケメン力が炸裂する。
アッシュはレベッカの頭を撫でる。そして優しい声で言った。
「いつもありがとうな」
心で泣いていても優しさを忘れない。
それがアッシュという漢なのだ。
それを見たアイリーンはベルにつぶやく。
「……ベル……いま少しキュンとしなかったか?」
「え?」
どうやらアイリーンは雄々しいのがタイプらしい。
ベルは「私が守ってあげなきゃ」と気持ちを新たにした。
一方、騎士風にコーディネイトをされたアッシュは颯爽と悪魔たちの前へ現れる。
背が高く男らしい体型のアッシュはそれだけでも充分絵になった。
ただし悪魔を使役する魔王として。
「キャーキャー!」
明らかに女性とわかる悪魔がアッシュにサインを求める。
それどころか魚やら鳥やら山羊やら、さらには蜘蛛やら目玉やらもアッシュに群がる。
優秀な傭兵であるアッシュは文字の読み書きはできるので汚い字ながらもサインを書いていく。
だがアッシュの心は虚しかった。
サインを求めてくるのがうら若い女性だとはなんとなくわかる。
だがすきま風吹くアッシュの心の隙間を埋めることはできなかった。
だがそんな落胆を表に出すほどアッシュの内面イケメン力は脆弱ではない。
白い歯をキラッと輝かせながら握手までする。
握手をされた悪魔のお嬢さんがふらっと倒れてしまう。
アッシュは悪魔限定の破壊的イケメンフラッシュを全方位に放つ。
それの様子を遠くから見たベルはつぶやいた。
「ドラゴンライダーの伝説を作った人がわかりました」
アイリーンも同意する。
「奇遇だな。私もわかった。私の場合は最初に噂を流したものまでわかったぞ」
もうどう考えてもアッシュがドラゴンライダーなのは明白だ。
気づいてないのはアッシュだけだろう。
だからこそわかった。
アッシュを眉目秀麗などと表現するのは悪魔しかいない。
悪魔の美的感覚が産んだ表現に違いないのだ。
そしてアイリーンはケーキ屋さんの計画からずっと誰かに操られているという思いがあった。
巧妙に逃れることもできないレールに乗せられたのだ。
「あらバレてしまいましたか」
アイリーンたちの後ろからのんびりした声がした。
この声は一人しか、いや一柱しかいない。
「瑠衣殿だろう? ドラゴンライダーの記録を残したのは」
「ええ、ご明察の通りです。私が初代皇帝とともに伝説を残しました」
そういうと瑠衣はイタズラがバレたかのようにニコニコと笑った。
それを見たアイリーンは額に皺を寄せる。
「やはりな……では聞こう。なにが目的だ?」
「んー」と瑠衣は人差し指を唇に寄せる。
「そうですね。そろそろお話ししてもいい頃でしょう。ではおさらいです。我々悪魔の食料は?」
「人間の不幸」
「その通りです。では帝国での我々の立場は?」
「見つけ次第駆除。ただし実際は返り討ちにされるのがオチだがな」
「んふ」と瑠衣は笑う。
「本当のところは返り討ちなんかに致しません。ほとんどは道具を没収するだけです」
「ああ、回収された道具を確認したら思い知った。有力貴族の銘の入った品だらけだ」
「いつの時代も我々を倒して名を上げようとする輩は絶えません。戦争前は生き残るだけでも武勇になったのでよく襲われました」
「なるほど。確かに魔法の武器はこの戦争で我らを勝利に導くだろう。だが私は真実を知りすぎた。それを他の貴族に知られでもしたらあらゆる貴族に殺意を抱かれるだろうな。生きては残れまい。まさか瑠衣殿は私を消すのが目的かな?」
「いいえ。あくまで武器はお菓子の報酬です。私たちは契約と取引には忠実なのです」
「では何が目的だ?」
「我らの悲願でございます。それと戦争の終結も」
「ほう悪魔の食料が関係しているのか」
「その通りでございます。話を元に戻しましょう。我々は人の不幸を食べています。ですが人間はなぜか協力して頂けないのです」
『当たり前だろう』と、アイリーンは一瞬思ったが思い直して首を振った。
違う。『なぜか』と瑠衣は言った。
そうか盟約か。協力する盟約を初代クルーガー帝と結んでいるのだ。
アイリーンは納得した。
「なるほど。盟約だな」
「その通りでございます。我らは殺人犯などの極悪人に限って人間を狩る権利を頂いてます。人間たちは可能な限り我々に危害を加えないという確約も頂いていました。その代わりに我らは人間にあらゆる援助をする事になっております」
「ところが人間は約束を守らなかった」
「ええ。最初の70年を過ぎたあたりから盟約違反が目立つようになり、100年も経つと人間は我々を狩ろうとするようになりました。我らが仕えるドラゴンにも同じです。人間はドラゴンの加護と引き替えにドラゴンと共存する約束でした。ところがいつしか人間は同じ過ちを繰り返しました」
「なるほどな。だがわからない。我らに……いや、アッシュ殿に何をさせたい?」
「アッシュ殿には我らと契約を交わして欲しいのです。人以外の存在を保護する代わりに我らはアッシュ殿に最大の便宜をはかりましょう」
「それは王や領主の役目ではないのか?」
「我らには関係ございません。我らは契約を履行して頂ければいいのです。それに今の王には我らと盟約を結ぶ権利はございません」
「どういう意味だ?」
「今の王はドラゴンライダーであったクルーガー帝の血を引いておりません。おそらく4代皇帝から先はクルーガー帝の血は引いておられないかと」
アイリーンの血がサーッと引いた。
それは最大級の爆弾情報だった。
『消される。確実に消される。』
アイリーンが確信するほどにそれは恐ろしい情報だったのだ。
「な、なぜ、私にその情報を伝えた?」
「あらお気づきでない? 貴女はクルーガー帝の血を引いていらっしゃいます。この話を知る権利はございますよ」
ハンマーで頭を殴られたような衝撃だった。
アイリーンはくらっと意識を手放しそうになった。
「いやいやいやいや、我が家は新興貴族だぞ。そんなはずが……」
「お母様のご実家はどうでしょう?」
「いや歴史はあれど没落した男爵……なるほど……そういうことか……」
アイリーンの母方が血を継いでいたのだ。
「はい♪」
「だがわからない。なぜこんな遠回しな手に出たんだ? アッシュ殿に直接言えばいいだろう。アッシュ殿ほどの度量を持つお方なら話せばわかってくれるだろう?」
「理由は二つあります。一つは我らの中でアッシュ殿と契約をするという意思の統一が必要だった事。アッシュ殿のお披露目が必要だったのです。これはこの様子だとクリアできたと信じております。もう一つはアッシュ殿を覚醒させること」
「覚醒?」
「はい♪ アッシュ殿は初代皇帝クルーガーの直系の子孫の一人で、その中でも一番クルーガー帝の血を濃く受け継いでいます」
アイリーンが思わず怒鳴る。
「おかしいだろ! なんでそんなのが孤児院にいるんだ!? 少なくとも貴族ではないか!」
怒るアイリーンに瑠衣はあくまで冷静に答える。
そう悪魔で平坦に冷静に。
「よくあることですが跡目争いで血を継いでない側が勝利を収めたのです。そしてクルーガー帝の子孫は没落の憂き目に。だから今の王は我らやドラゴンとの盟約を軽んじ……いえその存在すら知らないのです」
アイリーンは口に手を当てる。
帝国の皇位は簒奪者によって奪われていた。
帝国はもうすでに、何百年も前に滅んでいたのだ。
「我らは盟約の復活を望みます。確かに我々は人間にとっては天敵でございます。だから人間の戦闘力を凌駕しております。だからといって我らが争いを望むわけではないのです。しょせん我らもドラゴンも人間がいなければ滅びてしまうひ弱な存在なのです。だからこそ我らもドラゴンもドラゴンライダーの庇護下に入る必要があるのです。こちらとしてもアッシュ殿に早く覚醒して頂きたいのです」
結局、覚醒の意味はアイリーンにはわからなかった。
だが瑠衣の言っている事が嘘ではないことはわかった。
「ではどうするつもりだ? 帝国と戦争でもするつもりか?」
「いいえ。じきに帝国は盟約を破ったことが原因で瓦解するでしょう。もう我らもドラゴンも助けませんから。それにもっと厄介な事態も動いておりますので」
瑠衣は冷たい目をしてそう言った。
「そうか……」
アイリーンは相づちを打つだけで精一杯だった。
「我らはどうなる?」
「今しばらくはこのままでいてください。すぐに事態は動くことでしょう」
瑠衣はそう言うと踵を返した。
だがなにかを思い出したのか歩みを止める。
「それと、私は貴女を勝手に友人だと思っております」
「私も瑠衣殿を友人だと思っている」
「ふふふ、よかった。悪魔というのは義理堅いのです。なにかあればこの瑠衣がお助けいたしましょう」
それだけ言うと瑠衣はまるで世界に溶けるように消えた。
現在、各話の並びがおかしくなるバグが発生しているようです。
質問掲示板でも同じ事態が発生しているかたがいるそうです。
運営に問い合わせ致しましたので今しばらくお待ちください。
(実は私の環境だと再現ができませんでした……)