飴細工
ノーマンでそれは起こった。
市民たちが、棒や鈍器を手に豪商の前を包囲していた。
「この薄汚い金持ち野郎が! てめえらがもっと金を出せば戦争にも勝てたんだ!」
市民の一人が怒鳴った。
豪商は和平派だった。
だから政府に資金を提供しなかったのだ。
そんな豪商たちを市民は憎んだ。
「クルーガーに敗戦したのは、こういう奴らのせいだ」
敗戦で景気が悪くなり、失業者は増え、市民は飢えた。
市民たちには、豪商を憎むしか選択肢は残されてなかった。
市民たちは石を投げる。
投石は次第に投げ込む石が大きくなり、罵声も大きくなった。
市民たちは門を蹴飛ばしたり、掴んで揺らしたりした。
門はひしゃげ、徐々に傾く。
すると調子に乗った男が、なにかを投げ込む。
それは瓶だった。
瓶が屋敷の壁に当ると、爆発し炎があがった。
炎尾は瞬く間に広がり、屋敷を包み込んだ。
「誰だ! 火をつけた馬鹿野郎は!」
「ふざけんな! 聞いてねえよ!」
「いいから逃げるぞ!」
市民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
後に残された屋敷は激しく燃え上がった。
ノーマンでの異変はこれだけではなかった。
各地で打ち壊し、暴動が相次いだ。
さらにもう一つ、恐ろしい爆弾が爆発しようとしていた。
それは軍部だった。
実はノーマンは、クルーガーに勝つ気満々で予定を組んでいた。
それがまさかの敗北。
賠償金を取る立場から、取られる立場になってしまった。
そしてそのどさくさに、兵隊への給与を支払うことができなくなったのだ。
軍隊は、ほとんどの世界のほとんどの国で失業者対策の面を持っている。
家業を継げなかったもの、身代を潰したもの、それに犯罪者などに都市部の社会規範や生活の術を叩き込むのだ。
実際、ノーマンはそうだった。
礼儀、言葉遣い、面接に正装をしていくことなどを叩き込む。
他にも手に職や利息計算も教え込む。
こうして任期後に労働者として都市部に放出する。
だからノーマンでは軍部を悪く言うものは少ない。
軍部は都市部も地方でも家族の誰かが勤めていたり、かつて勤めていた組織なのだ。
ノーマンにおいて軍部とはセーフティネットであり、労働者の民意を代表する組織だった。
そんな軍部の給料がストップした。
兵士の怒りは相当なものだった。
その怒りはノーマン中に拡散し、渦を巻いていた。
無能な共和国政府への怒りは、マグマのように溜まり今にも噴火しそうだった。
ノーマン市街の塔から、燃え上がる屋敷を見ているものがいた。
それは金髪の美しい男だった。
男はニヤニヤと笑う。
そんな男には、人と違う点があった。
背から美しい羽が飛び出していたのだ。
男は逃げ惑う人々を見てほくそ笑んだ。
「逃げろ、逃げろ蟻どもめ。お前らの逃げ場はない」
男は神族だった。
「たかが羽程度、だからなに?」
人外を見慣れているクリスタルレイクの住民ならそう言っただろう。
クリスタルレイク的には、羽が生えている人間を見ても「カラスの仲間かな」程度である。
だがノーマンの人間は違った。
彼を神として崇めてしまったのだ。
いつしか彼は本当に神のように振る舞っていた。
そんな彼は気にくわなかった。
戦争に負けることも、和平をすることも、そしてドラゴンの復活も。
ここ数百年、彼と仲間たちはドラゴンの復活を邪魔してきた。
瑠衣や多くの悪魔は人間と共に生きることを選んだ。
だが人間から悪魔になったものたちは抵抗した。
なぜ人間ごとき家畜を優遇せねばならぬのかと。
男やその仲間たちは、瑠衣たち大悪魔と袂を分かった。
それ以降は、冷戦が続く。
現在は人間を操っての代理戦争中である。
最近になって人間の僧侶たちの本山の切り崩しに成功したというのに、瑠衣に邪魔をされた。
ならば国を一つ手に入れてくれよう。
今度こそ邪魔はできないはずだ。
男は翼を羽ばたかせる。
「古き悪魔を一掃し、悪魔のための世界を作ってやる」
男はそう言うと空に消えた。
◇
一方、瑠衣は……
「うーん美味しい!」
満面の笑みで瑠衣はそう言った。
あれからアッシュは、めきめきと腕を上げていた。
飴細工や、新大陸でフルーツカービングを習得。
今や宮廷料理人に引けを取らない腕を持っていた。
味ではなく芸術性でも勝負できるほどであったのだ。
そんなアッシュは、熱い飴を手で成形していた。
握った飴を棒に差し、色を付けた飴で粘土細工のように形を作っていく。
「あら……♪」
瑠衣が驚きの声を上げた。
アッシュはハサミで細かいところの細工をする。
足を伸ばし、顔を作る。
形ができると、今度は棒に食べられる植物から抽出した液に砂糖を入れたものを串に付けて、細かいところの着色をしていく。
それは蜘蛛だった。
瑠衣の部下の蜘蛛たちの飴細工だった。
「はい」
アッシュはそれを瑠衣に渡す。
「あらあら♪」
瑠衣は上機嫌で飴細工を眺める。
「これは食べるのが勿体ない出来ですね♪ 完璧です」
アッシュは微笑む。
「次はレベッカを作りましょう。ささ、食べてください」
ところが瑠衣は食べようとしない。
「これはずうっと取っておきたいです」
アッシュは目を丸くした。
「そうですか? じゃあレベッカ、レベッカはなにを作る?」
アッシュは部屋の隅で遊んでいたレベッカに声をかける。
レベッカは尻尾をふりふりする。
「あのね。みんなにあげる分の飴さんが欲しいです!」
レベッカは、しったんしったんと跳ねた。
アッシュは最初からドラゴンたちや村の子どもたちに配る予定だった。
だからレベッカの頭をなでる。
「わかった。みんなの分を作ろう」
アッシュは飴の型を取り出し、そこに温めた飴を流し込む。
同時に長細く丸めた飴を作り、切っていく。
次々とドラゴンたちが発見される中、レベッカは少しお姉さんになっていた。
レベッカはドラゴンの女王なのだ。
人間の女王とドラゴンの女王が同じものかはわからない。
レベッカや青龍に聞いてもよくわからなかった。
それでもレベッカは成長していた。
自分よりみんなを考えるようになっていた。
コリンはクリスタルレイクに移住して、現在セシルの別荘に下宿している。
これにはカルロスも笑うしかない。
皇帝もアッシュを恐れて好き放題させている。
新大陸も向こう岸まで辿り着いたので、あとはダラダラと探検を続けている。
なにも問題は起こっていない。
一見すると全てが順調だった。
金土日休ませてください。
ちょっと予定が半端なく入ってしまって……
うまく仕事をさばければ早く投稿します。




