セシルは大きい子が好き
悪い大人であるセシルは、ある日思い立った。
「そうだ! 新大陸に行こう!」
この女、基本的に思いつきで行動している。
しかも行動力は無限。その分、責任感は皆無。
そうでなければ、皇族でありながら隠し子作って雲隠れしようなどという、そら恐ろしい発想は出てこない。
セシルは台車にお酒と食料を積んで、ショートカットを目指す。
最上流階級のお姫様なのに自分で運ぶ。
男として育っているので、その辺が少しズレている。
セシルは、大人の恋愛やらの歌詞のアダルティな曲を歌いながら上機嫌で台車を押した。
セシルは全く気づいていないが、周囲に色気を振りまいている。
男として育って、最近まで表では男をやっていたので、自分の外見とかは全く気にしてなかった。
無自覚すぎるのだ。
少し疲れて鼻歌になった頃、もう一人の美女と遭遇する。
クローディア・リーガンである。
クローディアはセシルを見ると全力で手を振る。
セシルは「なにかあったのかなあ?」と急いで師匠のところへ、えっちらおっちらと台車を押していく。
「セシルちゃーん……おばちゃんに、お酒をくれる人がいなくなっちゃったの……」
クローディアは仄暗い目をしていた。そのまま、「よよよっ」と崩れ落ちる。
人間の姿を取ることのできる大悪魔たち、特に瑠衣や伽奈はクローディアには酒を渡さない。
体に悪いからではなく、クローディアは暇さえあれば酒を飲んでいるので付き合っていられないというだけだ。
アッシュとカルロスは基本的に酒を飲まないし、アイザックはちゃんと料金を取る。
さらに伽奈とガウェインは、村人へ向けて「タヌキに酒を与えてはならない」とのお触れを出した。
村人を酒で破産させるわけにはいかない。
その点、なんだかんだで甘いのはアイリーンである。
アイリーンは、なんだかんだと理由を付けて、クローディアたちタヌキに酒をやっている。
そのアイリーンは現在新大陸滞在中。タヌキたちは酒に飢えていた。
かと言ってタヌキは、蜘蛛のようにデモをする理屈っぽさは持ち合わせていない。
向き不向きというものがあるのだ。
そんなわけでタヌキたちは、お酒に飢えていたのである。
「クローディア。はいこれ」
セシルは、荷物からお酒を一本出すとクローディアに渡す。
とんでもなく高いお酒である。
「セシルちゃーん♪」
ひしっとクローディアはセシルに抱きつく。
セシルはハグをしながら、クローディアの背中を「ぽんぽん」と叩いた。
すると、ここでようやくクローディアは、セシルがよそ行きの格好をしていることに気づいた。
「あら、どこに行くの?」
「ちょっと新大陸まで行ってカルロスとアイリーンに会ってくる予定なんです」
セシルは微笑んだ。クローディアは師なので口調は少しだけ硬い。
するとクローディアは、今度はセシルの肩を掴み、顔を近づけた。
近い。
「一緒に行きましょう」
血走った目のタヌキが仲間になった。
セシルたちは、ショートカットがあるアッシュの館へ行く。
いつも誰かしらいるし鍵もかけてないため、二人は当たり前のように入って食堂のショートカットに飛び込む。
白い光の道を通っていくと、船の中に出る。
二人が出てくると、甲板をブラシで掃除している男がいた。
海賊である。
「あれま。クローディアさんにセシル姐さんじゃねえですか」
二人は外見といい、存在感といい、やたら目立つ。
クリスタルレイクの住民なら当然のように知っているのだ。
「はーい♪ お酒ー!」
クローディアは元気よく言った。
省略しすぎである。
だが男も慣れていた。
「セシル姐さん。カルロスの兄貴は街にいやす。アッシュの兄貴やアイリーンさんも一緒だと思います。えっと宿は……」
そう言うと海賊の男は、階段の横を指さした。
階段の横には、石筆の白い字で宿への地図が書かれている。
セシルはそれを見て微笑んだ。
「ありがとう。じゃあクローディア、行きましょうか」
「じゃあねえー♪」
クローディアは手を振った。
海賊の男も手を振る。
そして安堵した。
「今日も生き残ることができた」と。
二人はとてつもない美女だ。
だが、片方はスケベ心を出そうものなら、死ぬより酷い目に遭う本物の悪魔だ。
もう片方は、スケベ心を出そうものなら、鬼より怖い無敵の船長が殺しにやってくる女だ。
いやそれ以前に、二人の放つ凄まじいオーラを前にするとからかう気にもなれない。
やはり二人は規格外なのである。
二人が街に出ると、様々な人種が歩いていた。
悪魔のクローディアですら見たことのない種族もいる。
「へぇ、大きな街だね。いろんな人が歩いてる」
クローディアは感心する。
「そうですね。この前の街とは大違いですね」
そのまま雑談しながら宿を目指す。
歩いていると、人混みから頭が抜けているのが見えた。
背が高くて屈強な男だ。
アッシュしかいない。
「アッシュちゃーん!」
クローディアが呼んだ。
するとアッシュが歩いてくる。
「おばちゃんにセシル様、どうしたの?」
アッシュの横には、緑色のふわふわの毛の大きなぬいぐるみ……ではなくドラゴン。コリンがいた。
コリンはアッシュの荷物運びを手伝っていた。
セシルとコリンの目が合う。
セシルは、「ほわわん」と目を輝かせた。
コリンも、目を丸くしながら尻尾を右に激しく振る。
二人は、なんとなく意思の疎通をしている。
アッシュは、「セシルって大きい犬が好きな人なんだ」と思った。
コリンは荷物を置く。
そんなコリンにセシルは抱きつく。
そしてなでまくる。
なでなでなでなでなでなでなでなで。
「やーん♪」
コリンは、なで回される。
セシルは一心不乱にコリンをなでまくる。
コリンはお腹を見せながら身をよじる。
尻尾は千切れんばかりだ。
「いい子さん!」
セシルは、またもや「ひしっ」と抱きつく。
コリンはひたすら尻尾を振っていた。
そしてセシルはアッシュへ言った。
「もう離れられない。うちの子になりなさい!」
そう言うと、そのままセシルはスリスリする。
「……セシル様。コリン君には親御さんがいるので自重してください」
それでもセシルはコリンに抱きついている。
「ええー……しょんなー……」
コリンの方も、名残惜しそうに尻尾を振っていた。




