覚醒
時間は遡る。
緑色のふさふさとした毛が揺れる。
丸まった尻尾が右側に振れる。
羽がぴくぴくと動く。
海風の匂いが鼻をくすぐる。
エルフくらいの大きさをしたコリンは、海を見て目を輝かせた。
コリンは港町にいた。
港町にはエルフやドワーフがいる。
エルフは森に、ドワーフは鉱山の中に街を造る種族だ。
狩猟採取は凶暴な獣によって年々難しくなり、鉱山は天使に破壊された。
エルフもドワーフも生きるために妥協した。
今はこの街、『希望の街』で肩を寄せ合って生きている。
今ある街や村は、伝説のドラゴンが残した結界があるのだ。
コリンは、ドラゴンを見たことがないが、凄い生き物らしいと聞いている。
犬人に育てられたコリンは、自分がドラゴンである事を知らなかった。
コリンは景色を堪能すると宿に行く。
宿はドワーフのおじさんが受付をしていた。
宿の看板には「一泊二食付き銅貨二十枚」と書かれていた。
コリンにとっては、結構高い。
「こんちには」
コリンは頭を下げた。
ドワーフはコリンを見るとポカンと口を開けた。
コリンはそういう反応に慣れていた。
「お、おう、何かな?」
ドワーフは上から下まで凝視する。
「部屋は空いてますか?」
コリンは気にしないでそう言った。
「あ、うん。空いてるぜ。泊まるのかい?」
「はい。人を待っているので何日か泊まる予定です」
コリンはシャキーンとした。
ドワーフはチラチラとコリンを見ながら、台帳を開く。
「ここにサインを」
コリンは指定された場所に「コリン」と書いた。
「今日の分の代金を……」
コリンは財布から小粒銀貨を二枚取り出し、ドワーフに渡す。
村が不作の時に貯めていた貯金だ。
「部屋は二階だ。火は使うな」
ドワーフは実に無愛想だった。
コリンが二階に行こうとすると、ドワーフに呼び止められる。
「すまんが……あんたは、いったいどの種族だい?」
聞かれると思った。
コリンは正直に言う。
「わからないよ。ずっと犬人だと思ってたけど、違うみたい」
ドワーフは変な顔をしていたが、コリンは気にせず二階に行った。
(今日はもう寝よう)
部屋に着くと、コリンは自分がヘトヘトに疲れていることに気づいた。
だからコリンは仮眠を取ることにした。
カンカンカンカンカンカン……
何かを叩く音が聞こえた。
コリンは寝ぼけ眼で体を起こすと目をこする。
「うるさいなあ……」
コリンは木戸を開け、外を見る。
外は明るかった。
コリンが寝てからそんなに時間が経っていなかったのだろう。
道には、いろんな種族の人々が走り回っている。
「なにがあったんだろう?」
コリンは、ぼうっと見ていた。
半鐘を叩く音が聞こえているが、コリンはのんびりしていた。
コリンは鈍くさいのだ。
するとドタドタと階段を上がる音が聞こえる。
音の主は、宿の主人のドワーフだった。
「おい、まだいたのか! 避難するんだ!」
ドワーフは慌てている。
コリンは首をかしげた。
「て、天使だ! 天使のヤツらが来たんだ!」
コリンは目を丸くする。
尻尾が左に揺れる。
警戒しているらしい。
「ああ、もう! 来い!」
スローモーなコリンに苛立ったドワーフは、コリンの手をつかむと引っ張る。
コリンは外に連れ出される。
外は逃げ回る人々で大混乱だった。
コリンはドワーフに手を引かれて行く。
「どこに行くの!?」
コリンが聞くとドワーフは大声で言った。
「神殿に地下通路を掘ってある。そこから逃げるんだ!」
しばらく走ると神殿に到着する。
神殿の近くは建物が少なく、街の状況が良く観察できた。
人が逃げ出したのは港だった。
港でなにかあったらしい。
すると突如として、光が見えた。
「え?」
光を浴びた建物は一瞬の間を置いて爆発した。
そして崩れた建物から出てきたのは、巨大な蛇だった。
羽が生えた蛇が、口から光線を吐いていたのだ。
「あれはなに!?」
だがドワーフは首を横に振った。
「わからねえ。あんなの初めてだ。……だが……もしかすると、あれがドラゴンってやつかもな」
コリンはその言葉に衝撃を受けた。
コリンはドラゴンを正義の味方だと思っていたのだ。
「ち、違う! あんなのドラゴンじゃない!」
コリンは目に涙を溜めていた。
なぜこんなにも悲しいのか?
それはコリンにもわからなかった。
次の瞬間、コリンは飛び出した。
「あ、おい!」
ドワーフが叫ぶがコリンは止まらなかった。
コリン自身も、なぜ飛び出したかはわからない。
でも人々の幸せを奪っていく蛇がどうしても許せなかった。
コリンは剣を抜く。
剣は安物の、どこにでもあるようなものだ。
だがコリンが抜いた瞬間、剣は青白く光った。
次の瞬間、コリンの背中の羽が大きく開く。
普段は小さく、空も飛べないような羽だ。
それがワシのように大きく開いた。
コリンは空高く飛んだ。
何をすればいいのか。それはコリンにもわからなかった。
だが、コリンの本能が次の行動を指示していた。
コリンは飛びながら、剣を太陽にかざす。
するとコリンは、ムクムクと大きくなっていく。
「じゅあ!」
大きくなったコリンは蛇の真上まで飛ぶと、蛇目がけて落ちていった。
どーんという音と共に、コリンが着地する。
「ぎゃおー!」
蛇はコリンに気づくと威嚇した。
コリンも威嚇する。
「じゅあ!」
コリンは剣がなくなっていることに気づいた。
武器がないのでしかたなく拳を振り上げた。
ぽこぽこぽこぽこ。
迫力のない連打が蛇を襲った。
蛇はどうしていいかわからない。
しばらく叩くとコリンは息が切れた。
「じゅあ……へふ……へふ……」
それを蛇は、ただただ見ていた。
どうすればいいかわからずに。
「じゅあ!」
「ぎゃおー!」
仕方なく蛇は、とりあえず光線を出すことにした。
目を見開いて発射準備をする。
「じゅあ!」
コリンも真似して口を開ける。
コリンは、一瞬だけ「うん?」という顔をする。
すると一瞬遅れて光線が出る。
そしてピギャーという間の抜けた音がしてから、光線が当たった場所が次々と爆発して行く。
「あ? あぎゃああああああ!」
先ほどのパンチとは違い、こちらの威力は激しかった。
蛇はあまりの爆発にゴロゴロと転がった。
涙目である。
「あ、あんぎゃ?」
蛇は本気を出した。
口を開け破壊光線を出す。
こちらは当たったらすぐに爆発する。
光線はコリンを直撃し、コリンは倒れる。
「じゅ、じゅあああああ」
コリンはそれでもあきらめなかった。
立ち上がって反撃しようとする。
だがコリンとは違い、蛇は戦い方を知っていた。
尻尾でコリンの足を払う。
コリンは、すてーんと転んだ。
「じゅあ……」
そして蛇はトドメとばかりに光線を吐こうとした。
その顔は「トドメだ」と言わんばかりの顔だった。
だが蛇は知らなかった。
上空から何かが落ちてきていることを。
倒れたコリンは、飛んでくる何者かを見ていた。
なぜかコリンは、わくわくしていた。
心が躍っていた。
来たのだ。救世主が。
そう考えた瞬間、コリンはまたもや変身した。
体は人間を乗せるのにちょうどいい大きさに。
ヌイグルミのようだった体は、細くなり、飾りのようだった翼は大きく美しくなった。
コリンは体の使い方をすぐに理解した。
魔力を使いホバリングすると空高く飛んだ。
空からアッシュは蛇に拳を繰り出す。
アッシュの存在に気づいた瞬間、蛇は涙目になった。
ズウウウンという音、地面も揺れる。
拳のめり込んだ蛇が崩れ落ちると、アッシュは次の瞬間飛び上がった。
コリンは急旋回するとアッシュを背に乗せる。
アッシュは無限の力がわくのを感じた。
アッシュの拳の中に、その力が具現化する。
その力は蒼い槍の形になる。
アッシュの拳骨で意識朦朧としていた蛇は見た。
絶望を。
アッシュは槍を放つ。
それは触れた全てを飲み込んでいく。
建物も、木も、地面も飲み込んでいく。
「ひぎゃあああああ!」
蛇は悲鳴を上げた。
(この天使である我がなぜこんな目に!)
なにを考えようともう遅かった。
なぜなら蛇は一瞬で消滅したからだ。
蛇のいた場所には、ぽっかりと深い穴が空いていた。
アッシュは初めてドラゴンライダーらしいことをしたのだ。
住民側の死者はなし。
ただし、残念ながら港は壊滅したという。




