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かいじゅう

 出港から一ヶ月ほど経過した。

 三交代制の船は、探検特有の死者も脱落者も出なかった。

 見張り台から落ちて怪我をしたとか、荷物やドアに手を挟んだとか程度である。

 食料すらも積むのを止めたため、ネズミも虫も発生しない。

 実に快適な旅だった。

 船員たちも、食料の枯渇の心配も、死の心配もない。

 衣服は清潔で、常に洗濯がされている。

 心理的にも安定していた。

 航海にはつきものの船の修復も、材料がなくなる心配もない。

 積み込んだ物資も少なく、足も速い。予定よりも何倍も速く進んでいた。

 あとは巨大な動物との接触や、岩礁に乗り上げるなどのアクシデントがなければ沈むことはない。

 万が一、アクシデントに見舞われても、船の一室に瑠衣が設置した魔方陣、ショートカットから避難すれば良いのだ。

 全滅するか、生き残って栄光を手にするか、それが今までの航海である。

 その苦労がバカらしくなる事態であった。

 とは言っても、時化などのアクシデントで、船がいきなり沈むことはある。

 それなりの注意が必要だった。

 そんな船で、アッシュはというと、船側面にある大砲の窓に座って釣りをするのが日課だった。

 海の魚なら、好き嫌いの多いアイリーンも喜んで食べるからだ。

 アイリーンだけではなく、学者たちも喜んでくれる。

 なにせ、この海域の魚はアッシュの見たことのない種類ばかりだった。

 やたらとカラフルである。

 学者が言うには、ノーマンの暖かい地域のものと似ているとのことだ。

 味はどれも淡泊。だが悪くない味である。

 この日はレベッカも一緒に糸を垂れていた。

 先日の釣りが楽しかったらしい。アッシュの膝の上で、大人しくしている。

 ベルたちやドラゴンたち、それに村の住民たちも一緒に釣りを楽しんでいた。

 釣果はすこぶる良かった。

 この海域の魚はいくらでもいるようで、しかも釣りに慣れていない。釣り放題だった。

 レベッカは目を輝かせている。

 サリガニよりは刺激的だったのだ。

 あれからノーマンの船には遭遇してない。

 心配していたアクシデントもない。

 全く順調だった。

 だからクリスタルレイクの住民たちも、安全に釣りに専念できた。

 もうずっとこの調子である。

 海水を被るほどの時化も、炎上する船も、底に穴が空く巨大生物からの攻撃も、もちろんノーマン船との遭遇もない。

 アッシュは、しみじみとつぶやいた。


「平和だなあ……」


 レベッカが返事をするかのように尻尾を振りながら言った。


「平和なのです」


 そんな平和な船内から、鳥が飛んでいるのが見えた。


「なんだっけ……たしか先生が言ってたな。鳥が飛んでいるって事は……」


 アッシュは、ぼうっとしていた。

 レベッカも少し眠そうだった。

 太陽が照りつけ、静かな波の音がする。

 すっかりバカンスに来た家族モードである。

 そんな平和な釣り堀状態の船に船員の大声が響く。


「陸が見えました!」


 アッシュは竿を近くにいたベルに渡す。

 ベルは困った顔で言った。


「ちょっとアッシュ殿!」


「すいません! 竿頼みます!」


 アッシュはレベッカを抱っこして見張りのところへ急ぐ。

 ドラゴンたちはアッシュのあとをニコニコとしながら着いていく。

 アッシュが甲板に着くと、船員たちで人だかりができている。

 船員たちはドラゴンたちを見ると、さあっと潮が引くように道を譲る。

 船員たちが道を譲った先にはカルロスがいた。

 カルロスは乗馬服に三角帽という派手な格好をしていた。

 カルロス自身はかなり嫌がっているが、騎士の制服よりは何倍も似合っていた。

 顔は微妙に潮焼けして赤くなっている。

 船員たちも皆赤くなっていた。

 それと比べて、アッシュはあまり変化がない。多少日焼けした程度だ。

 音速に耐え、大気圏突入も可能な皮膚は強かった。


「アッシュさん! 港が見えましたよ」


 カルロスが拳を突き出した。

 アッシュはカルロスに近づくと、その拳に自分の拳を合わせる。

 お互い意味はわからないが、なんとなくやった。


「前回みたいに化け物の気配はあるか?」


「今の距離だと中まではわかりません」


 カルロスの言葉を聞いたドラゴンたちが首をかしげた。


「あのね、あのね。カルロスちゃん」


「うん? どうしたチビすけ」


 カルロスはしゃがんでドラゴンたちと目線を合わせる。

 するとドラゴンたちは一生懸命説明した。


「あのね! 近くにお友だちがいるの!」


 アッシュとカルロスは顔を見合わせる。

 こんなすぐに「お友だち」が、現れるとは思ってなかったのだ。


「どこにいるの?」


 カルロスが具体的な場所を聞いた。

 するとドラゴンたちは、一斉に同じ方向を指さす。


「あっちなの!」


 それは港の方向だった。

 そしてその瞬間、街の方で何かが光るのが見えた。


「なんだ!」


 カルロスの声に一瞬遅れて、望遠鏡を覗いていた監視役の船員の目に光を放ったものが映る。

 船員が怒鳴る。


「船長! 巨大な何かが光を放ってます! ……緑色の……ドラゴンです」


「あんぎゃあああああ!」


 声が響いてきた。

 声は大きいが、迫力に欠けている。

 それには既視感があった。

 ベイトマン領、そこでの巨大化したレベッカたちの怪獣ごっこである。


「船長! ドラゴンは本当に戦っているようです! 口から光線を吐いてます」


「敵はわかるか!?」


 カルロスの声に船員は注意深く見る。

 そして大声で答えた。


「化け物です! 鳥のような羽の生えた巨大な蛇と戦ってます!」


 アッシュは次の瞬間、猛烈な勢いで走り出した。

 そして甲板に立てかけていた波乗り用の板を取ると、海に飛び込んだ。


「アッシュさん!」


「レベッカたちを頼む!」


 それはドラゴンライダーの本能だったのか、それとも単にレベッカたちの親のつもりだったのかは定かではない。

 だがアッシュの行動は雷のごとく素早かった。

 アッシュは、猛烈な勢いで助走をつける。……海面で。

 そして充分助走してからボードに飛び乗ると、ちょうどやって来た波をジャンプ台にして飛んだ。

 それは一部始終を見ていたカルロスから見てもやりすぎだった。

 完全に人外、いや自然法則とかを一切無視したスーパームーブだった。


「おりゃああああああああ!」


 アッシュは天高く飛び上がる。

 そのままくるくると回転しながら落ちていく。

 そこは蛇の真上だった。


 蛇に対峙するのは、緑色のドラゴンだった。

 ドラゴンはアッシュよりも、アッシュの屋敷よりも大分大きく、丘のような大きさだった。

 ドラゴンが白い光線を吐く。

 蛇に当たると光線は爆発する。

 だが蛇も負けてはいなかった。

 七色の光線を目から発射する。

 ドラゴンに当たるとこちらも爆発する。

 ドラゴンは爆破のせいで転倒する。

 そんなドラゴンへ蛇はさらに光線を浴びせようとした。

 まさに危機一髪。

 だが心配はなかった。

 アッシュの拳が、はるか上空から蛇目がけて落ちてきたのだから。

体調不良&書籍化作業のため、次回休むかも。

ちょっと動けないかも……

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