ケーキ屋さん開店 後編
その列には人間ほどの大きさの犬や猫、アッシュの2倍は背丈のある巨人、それどころか巨大な触手や針や目玉なども並んでいた。
それらは瑠衣の紹介でやってきた悪魔たち。
悪魔たちがアッシュのケーキ屋を目指して列を作っていた。
ランタンを持った小さな悪魔が自主的に交通整理をしていた。
悪魔とはずいぶんと紳士的な集団らしい。
イライラともせずに大人しく整然と並んでいる。
一方、アッシュたちは忙しく働いていた。
ケーキを作り運ぶ。
結局、準備は直前までかかることになった。
パティシエであるアッシュが挨拶をする。
「よし、開店だ! 今回は急だったから材料が少ない。だから今回はお客様全員が同じセットにしようと思う。確認しよう。ケーキは?」
「3個!」
皆が声を合わせる。
軍人が多いためかこういった体育会系的なノリに抵抗はなかった。
レベッカも一緒になって声を出している。
「シュークリームは?」
「6個!」
「焼き菓子は?」
「3種類!」
「それをどうする?」
「籠に入れて提供!」
「よし! 皆さんがんばりましょう!」
アッシュがそう言うと皆が拳を天に突き出す。
「えいえいおー!」
レベッカもよくわからずに一緒になって鬨をあわしていた。
そして開店時間がやって来た。
皆が持ち場に着く。
アッシュは力の続く限りケーキの増産。
アイリーンとレベッカは報酬として持ち込まれる品の鑑定。
カルロスは交替までメグの補助、アイザックとベルはアッシュの補助に入った。
最初のお客は巨大な花だった。
「へもへもへもへもへも……」
普通の人間には泣き声にすら聞こえないか細い声だがメグには意味がわかった。
『オススメはどれかしら?』
どうやら花は女性らしい。
「今日はオススメのセットのみ取り扱っております」
『ではそれを頂きますわ』
メグがケーキの入ったバスケットを渡す。
すると花のお化けはカウンターに何かを置く。
それは指輪だった。
カルロスがそれを受け取り観察した。
裏に細かい文様が掘ってある。
カルロスは『マジックアイテム』と書かれた籠に指輪をそっと入れる。
「ありがとうございました」
メグが頭を下げると花のお化けが店を出る。
そして次から次へと悪魔が入ってくる。
瑠衣とは違いほとんどの悪魔の見た目は人外である。
なにせ二番目に並んでいたのは頭の部分がカラスだったのだ。
『先ほどのご婦人にセットと言われましたがなにが入っているのですかな?』
カアカアという泣き声がメグにはちゃんとした言葉に聞こえる。
「ケーキ3つにシュークリームが6つ、それと3種類の焼き菓子が入っております」
『なるほど。では頂きます』
カラスはメグに籠を渡されると何もない空間から宝石のついた杖を出してカウンターに置く。
「ありがとうございます」
カラスはすうっと消える。
カルロスはすでにこの怪奇現象のラッシュについて考えるのをやめていた。
カルロスは『よくわからない』と書かれた籠に杖を入れた。
その顔は喜怒哀楽どれにも属さない微妙な表情だったという。
その後人外の客と何度も同じようなやりとりをする。
やはり悪魔の民度は相当高いようで素人店員でもなんとかさばくことが可能だった。
籠が道具でいっぱいになるとアイリーンが籠の中身を回収する。
アイリーンが作業をしている間、レベッカがお客に愛嬌を振りまいた。
悪魔もドラゴンを知っているのかレベッカを触ろうとはしなかったが、レベッカに手を振ってくれる。
アイリーンが籠の中身を移し終えるとレベッカはアイリーンと一緒に屋敷へ戻った。
屋敷に戻るとアイリーンは食堂でレベッカと一緒に籠を並べる。
その時アイリーンは予想通りだと安堵していた。
やはりマジックアイテムやわけのわからない道具が大量にある。
それをこれから分別せねばならないのだ。
アイリーンはまず『マジックアイテム』の籠の中身を見た。
剣や指輪類が多い。
アイリーンは剣を抜く。
刀身に古代文字が掘ってある剣だ。
この手の強力な魔法剣は銃器を圧倒することができる。
アイリーンは魔力を込め魔法剣を起動する。
剣がまばゆい光を放つ。その剣からは恐ろしいまでの魔力を感じる。
「ぬお!」
慌ててアイリーンは魔力の供給を止める。
光りが消え力を感じなくなる。
「これは……伝説級だな」
アイリーンは剣を壁に立てかける。
「これが放ってあったとは……恐ろしいものだな」
アイリーンはブツブツ言いながら今度は指輪を見る。
その間にレベッカは紙にはなまるを書いて剣の近くに置く。
アイリーンは紙が気になったので聞いた。
「そりゃなんだ?」
「すごくいいものです!」
なるほどとアイリーンは感心した。
「レベッカは賢いなあ。いい子いい子」
感心しながらレベッカの頭を撫でる。
「えへへへへ」
レベッカのおかげでいくらか冷静になったアイリーンは指輪を見る。
裏に文字が書いてある。
古代文字ではなく比較的新しい物のようだ。
良く見ると銘が掘ってあるのにアイリーンは気づく。
「これは……宮廷魔術師のヴェルダイン卿の作か!」
魔術関連の一切を取り仕切っている偉い人である。
「だあれ?」
「ああ、城の偉い人だ。これを悪魔が持っていたって事はヴェルダイン卿は魔族に負けたことがあるのか……」
なにせヴェルダインは国の魔術師のトップだ。
そのヴェルダインに道具を作ってもらえる人間などいない。
自分で使うために作ったに違いない。
そして悪魔と戦って指輪を没収されたのだ。
雲の上のお偉いさんの黒歴史を発見してしまいアイリーンの手が震えた。
「知らなければよかった……」
「お姉ちゃん大丈夫?」
じいっとレベッカがアイリーンの顔をのぞき込んでいた。
視線に気づいたアイリーンはレベッカの頭を撫でる。
「うん、大丈夫。少しびっくりしただけだ」
「あい」
こうして二人が鑑定を進めているとドタドタとした騒がしい音が聞こえてくる。
カルロスだ。
「た、たいへんだ!」
「カルロスなにを騒いでる?」
「い、いやお客様が、お客様が……」
「だからなんだ?」
「お客様がアッシュ殿にぜひ会いたいと仰ってます」
「はあ?」
「いえアッシュ殿は悪魔業界でカリスマ美形パティシエとして人気だそうで。年若いお嬢様たちが一目会いたいと仰って」
(どこが美形なんだよ!)
このところ忙しすぎてツッコミが出てこなかったアイリーンの中で新たなツッコミがわき上がった。
いくらなんでもツッコミどころが多すぎる。
「だ、誰だ! そんな無責任な噂を流したのは! ……って瑠衣殿しかいないか」
あの悪魔はなにを考えているのかわからない。
悪意はない。だが何かとてつもない事を考えているに違いないのだ。
「いったい瑠衣殿はなにを考えているのだ!」
「俺だってわかりませんよ! とにかくアッシュ殿、ケーキ作るのやめてこっちに来てください!」
「わかった。最後の焼き上がったからそっちに行く!」
アッシュはいつもの花柄エプロンのまま外に出ようとした。
髪はボサボサ、そこから殺人鬼の如き眼光を放つ目が見えるような状態でだ。
「ちょっと待てアッシュ殿! それでは失礼だ」
「え? じゃ、じゃあどうすれば」
「いいから。ベル、一緒に頼むぞ!」
アイリーンはベルを呼ぶ。
するとエプロン姿のベルが大急ぎでやって来る。
「はい! アイリーン様とりあえず貴族風でよろしいですか?」
「うむ。髪を切っている暇はないから後ろで縛る騎士風しかなかろうな」
「かしこまりました」
そう言うとアイリーンはアッシュの髪にオリーブオイルを塗って櫛を使って整えると、アッシュのワカメ髪を後ろへ流し紐で縛る。
ベルはカミソリでアッシュの自己主張の激しい眉毛を整え、揉みあげも揃える。
すると今まで殺人鬼のようだったアッシュの顔が眉目秀麗な騎士風に……はならなかった。
殺人鬼のような顔が聖都を牛耳る犯罪組織の若き首領風の凶悪な顔になった。
知的で清潔そうな分、余計に悪質になっている。
「ベル……なぜこうなった……私はなにか間違えたか?」
アイリーンの声は震えていた。
「なぜでしょうか? 百戦錬磨の将軍風と言えますが……」
ベルも「どうしてこうなった?」と言わんばかりである。
「それだったら口ひげが必要だろう。どうみても裏社会の殺し屋」
もうアイリーンは思わず暴言を放ってしまう。
「いやマフィアのボスでしょう? カリスマ性が溢れてます」
カルロスのは素直な感想だった。
まさに言いたい放題である。
でもレベッカは大喜びである。
「うわー、かっこいいです♪」
かっこいいことはかっこいい。
それはアイリーンもベルもカルロスも認めている。
だがかっこいいの方向性が違うのだ。
実は口にこそ出さないがマフィアの若きボスも相当美化した表現だ。
(どう見てもアッシュは……いや言うまい。可哀想だ)
アイリーンは一人納得する。
だがレベッカは容赦なかった。
「魔王みたいでかっこいいです!」
(トドメ刺した!!!)
レベッカは無邪気に喜んでいた。
次回あたりから戦争とお菓子屋さんがリンクしてきます。