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演奏

 オデットが弦楽器を弾いていた。

 オデットは、人格破綻者なうえに、注意力散漫でドジ、しかもその性格も暗く自分勝手で、あまりよろしくない。

 しかも仕事に関しても、それほど有能ではない、

 それを自覚しているせいで、オデットは、ますますウジウジしてくる。


『良いのは顔だけ』


 そう評価されるオデットだが、そんな彼女も演奏に関してだけは天才だった。

 オデットが演奏をはじめると、どこからかドラゴンたちが集まってくる。

 さらに太鼓や笛などの楽器を持ったタヌキたちも集まってくる。

 オデットはタヌキたちとセッションを始める。

 その音楽は宮廷で広く演奏される、美しく壮大な音楽ではなかった。

 心臓を貫くようなドラムと、オデットの弦から放たれる重低音が響く。

 タヌキたちは笑顔で、持ち寄った楽器を試す。

 タヌキたちの持ち込んだ楽器は、主に打楽器だが、たまにリュートや竪琴、笛なども混ざる。

 オデットとタヌキたちは楽しそうに演奏をしている。

 ドラゴンたちは、ニコニコと笑顔を携えながら、音楽に合わせて踊る。

 するとそれを見て、拍手するものがいた。

 タヌキの花子こと、歌姫にして女優クローディア・リーガンである。

 クローディアは、人間の姿だった。

 そしてその後ろには、かなりの数の学者たちがいた。

 思わずオデットは演奏を止める。

 タヌキたちも、踊っていたドラゴンたちも、動きを止めた。

 するとクローディアは笑顔で言った。


「ホラ、演奏を続けて! 先生方が、あなたの演奏を聞きに来たんだから!」


 あまり褒められなれていないオデットは顔を真っ赤にした。


「ひゃ、ひゃい!」


 オデットはそう言うと、すぐに演奏を始める。

 タヌキたちも演奏に加わる。

 それは即興の音楽。

 クルーガー帝国やノーマン共和国では存在しなかった、新しい音楽だった。

 オデットの演奏が始まると、その迫力に学者たちは目を丸くした。


「音楽はあまり詳しくありませんが……凄まじい迫力ですな」


「詳しくない」というのは「偏見がない」ということである。

 学者はその素直な感性で、オデットを見ていた。


「でしょ? アッシュちゃんの次は、オデットちゃんが来ると思うのよねえ」


 クローディアは、ニヤリと口角を上げた。

 クローディアには、音楽を作る才能はない。

 だが、その豊富な経験から、オデットの音楽の価値は見抜いていた。


「それほどまでの才能ですか……」


「それに……これって新大陸の音楽なのよ」


 次の瞬間、学者たちの目の色が変わった。


「そ、それって……彼女は……」


「エルフよ。それも少なくとも数百年は……こちらとの交流が途絶えていた世界の」


 クローディアは、その可愛らしくも美しい顔に満面の笑みを作った。

 学者たちが、ワナワナと震える。

 クローディアの美しさに見惚れたのではない。

 発見に武者震いしたのだ。

 学者の一人が連れてきた助手に命じる。


「君、歴史学の先生に連絡を取ってくれ。それと音楽に詳しい先生にも! 今すぐだ!」


「は、はい!」


 助手は走る。


「く、クローディアさん! なんていうものを隠していたのですか!」


 学者は抗議するが、それを見てクローディアはクスクスと笑う。


「誰も隠してなんかいないわよ。クリスタルレイクの住民のほとんどが難民や流れ者だから。誰も気になんかしないのよ」


「そ、そうですか……」


 色々と釈然としない。

 だが学者たちは納得するしかなかった。


「私はあなたたちを信頼してるわ。でも、一応言っておくわね。お触りやオデットの嫌がることはダメよ。じゃないと、瑠衣や怖い悪魔にお仕置きされちゃうんだから」


 そう言うクローディアは、目が全く笑っていない。

 学者たちの動きがピタリと止まる。

 本気でヤバいのを理解したのだ。


「これからオデットには、一座の音楽を担当してもらおうと思うの」


 ごくり、と学者たちは息を呑んだ。

 演劇には疎い彼らにも理解できた。

 ここでしか見られない劇、ここでしか聞けない音楽。

 惜しみない投資が、クリスタルレイクに集まるはずだ。

 そんな村に学者が集まった。

 将来は、なにかしらの研究機関や学舎を作ることになるはずだ。

 つまり、クローディア・リーガンは、世界一の文化を生み出す都市を造るつもりなのだ。

 学者たちは、クローディアやアイリーン、その背後に控えるアッシュの壮大な構想に胸を躍らせた。

 そんな学者たちの予想に反して、クローディアことタヌキの花子は何も考えてなかった。

 こうすると楽しいなあという程度である。

 アッシュもアイリーンも、セシルすら、なにも考えてなかった。

 この時点で考えていたのは青龍だけだろう。


「あとで、演出家や振付師の意見も聞かなきゃ。私には演出や構成はできないから」


 そこまで言うと、クローディアはニコニコとする。

 悪意が存在しない、楽しげな笑みだった。

 クローディアが話していると、ズシンズシンと特徴的な足音が聞こえてくる。


「おばちゃん。劇場の人が呼んでたよ」


 それはアッシュだった。

 踊っていたドラゴンたちはアッシュを見かけると一斉に尻尾を振る。


「にいたん!」


 レベッカがアッシュに抱きつくと、ドラゴンたちは一斉にアッシュへ飛びかかった。


「おばちゃん?」


 学者がクローディアに質問をする。


「うん、アッシュちゃんは遠い親戚なの。アイリーンちゃんも同じよ。セシルちゃんも」


 そう言うと、クローディアはアッシュの方へ行ってしまった。

 学者たちは、目を丸くしていた。

 第三皇子セシルの親戚。

 つまり、このクリスタルレイクの顔役の一人である大男は、皇族の……

 そしてクローディア・リーガンも同じ。

 学者たちは「とんでもない陰謀に巻き込まれた」と感じた。

 そしてそれは、同時に自然科学などの今まで日の当たらなかった分野に皇族が興味を示したと言うことなのだ。

 それはチャンスだと学者たちは気づいた。

 個人のチャンスなどという、小さなものではない。

 もっと大きな社会の、歴史の変遷の真っ只中に自分たちがいるという事に。

 学者たちはアッシュに近づいた。

 アッシュはドラゴンまみれになっていたが、その顔は優しく笑っていた。

 学者たちが近づくと、ドラゴンたちはアッシュを解放する。

 ドラゴンちゃんたちは、ちゃんと待てができる子たちなのだ。


「アッシュさん。いや、アッシュ様」


 学者の一人が言った。


「様はやめてください。俺は奴隷上がりの平民ですんで」


「ではアッシュさん。あなたはドラゴンライダーだそうですが、その力をもって何を成されようとしておられるのですか?」


 アッシュは、もちろん何も考えてなかった。

 アッシュは決して愚かではない。

 師であるロメロに学者として認められるほどの知性を持っているのだ。

 だがあまりに忙しすぎて、そんな大きなことを考える余裕がなかった。

 改めて言われると返答に困ってしまうのだ。

 アッシュは、少し考えると言った。


「ドラゴンと悪魔、友人、家族、それにクリスタルレイクのみんなに幸せを」


 学者たちはその答えに納得した。

 家族。皇族の家族とは、つまりが全臣民である。

 つまり学者たちは、アッシュの言葉をそういう意味に取った。

 ドラゴン、悪魔、全臣民、そして忠実なるクリスタルレイクを古の契約に基づき、守ると。

 ごくりと学者たちは唾を飲み込んだ。

 それほどの緊張感があったのだ。

 そう、誰から守るのかが問題だった。

 犯罪者から?

 ノーマンから?

 それとも皇帝から?


 学者たちの緊張とは反対に、アッシュもクローディアものんびりしていた。

 もうすぐ船が完成する。

 そしたら本当の意味での新大陸、海の向こうへ行くのだ。

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