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悪魔へのインタビュー

 瑠衣が屋台を見ている。

 そして次から次へと甘味を買っていく。

 屋台の店主たちも瑠衣の正体は知っている。

 だが、もうなれた。誰も怖がっていない。

 なにせ瑠衣は、真面目に商売さえすれば、お得意様になってくれる『神様』のような存在である。

 金は落とすし、人当たりも良く、マナーも良い。

 もはや恐れるものはいない。

 そんな屋台には、悪魔たちが集う。

 悪魔たちは、趣味と甘味に飢えているのだ。

 悪魔と言っても、昼間の客は、人間の姿に化けられる悪魔たちだけである。

 なにもおかしな点はない。

 だが学者たちは、そんな客をじいっと眺めていた。

 するとなにやら話し始める。


「悪魔の擬態の精度は、素晴らしいの一言ですな」


 学者たちは、羊皮紙にメモを取る。

 一部の学者は研究のターゲットを悪魔に定めたのだ。


「やはり、人間の天敵としての能力でしょうか?」


「あのー」


 瑠衣が手をあげる。


「人間を捕食するのに都合がいい。なるほどな」


「あのー……」


 瑠衣が手を振る。

 すると学者たちが瑠衣の方を向く。


「なんですかな。瑠衣さん」


「あの、違います。人間に化ける方法を最初に考えついたのは、タヌキの花子です。人間の踊りを憶えたくて編み出したんです」


「おおー!」と、学者たちから歓声が上がる。


「なるほど。悪魔は人間の文化に興味があるのか」


「最初にご説明しましたが……」


 瑠衣が言うが、学者たちは自分勝手に理論を構築していく。


「やはり人間を捕食するためでしょうか」


「餌の生態を知ることが本能に刻まれているのでは? それにしても芸術とは……実に興味深い」


「なんという知能だろうか! 素晴らしい!」


 瑠衣に言わせれば、「悪魔はそれぞれが個性的ですから」の一言である。

 本当にそれだけなのである。

 そんな瑠衣にしても、魔道士という学者である。

 だから、自分たちがどんな存在で、どう分類されるか、には興味がある。

 だが、自然科学の学者たちは……瑠衣の想像の斜め上を行っていた。

 古来から人間は、神や悪魔という存在を思いつき、それを瑠衣たちに当てはめていた。

 瑠衣自身も、はるか昔には、神として奉られたこともある。

 だが人間の要求する神の要件を充すのは難しく、悪魔が要求されるものの方が悪魔に近いため、悪魔ではないかなあと思っている。

 実際に、ここ数百年は、人間は瑠衣を悪魔と呼んでいる。

 このように、先に人間の考えたテンプレートがあり、それに当てはめていくのが、魔術や神話のスタイルだ。

 だが自然科学は違うようだ。

 全てが客観的である。自らを、つまり人間まで含めて客観的に考えている。

 伝統的に信じられていた枠すら、疑いの目で見ている。


(噂で聞いてはいましたが、面白い人間が出てきたようですね)


 瑠衣は微笑んだ。


「それで……瑠衣さん。お時間があれば、またお話を伺いたいのですが……」


「甘いものがあるのなら。喜んで♪」


 こうして「学者のインタビューを受けると甘いものをくれる」という噂が悪魔たちの間を駆け巡るのだった。


 さて、悪魔たちもインタビューに向いている個体もいれば、全く向いていない個体もいる。

 それが問題だった。

 伽奈は、井戸の近くに設置された洗い場で洗濯をしていた。

 結構尽くすタイプである。

 ガウェインは村長なので、下働きを雇う余裕はある。

 だが伽奈は反対していた。

 万が一にでも、伽奈の声を聞いてしまったら、即座に即死級の呪いが発動してしまう。

 悪魔の中でも一二を争う常識人の伽奈としてはそれを避けたいのだ。

 だから、村長邸の敷地内にある井戸で、一人で洗濯をしていたのだ。

 伽奈は木製の桶に水を汲むと、灰を中に入れる。

 そして桶に洗濯物を入れてジャブジャブと洗濯する。

 天然のアルカリ洗浄である。

 それは日常の光景だった。普段なら見ているものなどいないだろう。

 だが、その日は違った。

 学者たちが集まっていたのだ。

 伽奈は額に汗を浮かべる。

 さすがの伽奈も衆人環視の状況には慣れないのだ。


「村の者を思いやっての行動らしい。やはり悪魔は、誰もが社会的能力が高いようだ」


(そうなのかな?)


 伽奈は酒瓶を持つタヌキを思い浮かべた。

 軽く汚れを落としたので、伽奈は靴を脱いで、今度は洗濯物を足で踏みつける。

 学者たちは、何かをメモしている。

 嫌ではないが、会話のできない伽奈では間が持たない。

 伽奈が困っていると、声が聞こえてくる。

 それは美しい歌声だった。


「お酒~♪ お酒は神~♪ いわゆるゴッド~♪」


 このカオスな歌詞はクローディアである。

 しかもタヌキの姿のまま、花子モードで来たのである。

 花子は伽奈を見ると酒瓶を振って見せる。


「伽奈~。酒持ってきたわ! 飲もう」


 花子を見ると学者たちから歓声が上がる。


「タヌキだ! タヌキが来たぞ!」


「クリスタルレイクでもっとも意味不明な生き物だ!」


「よっしゃあああああああッ!」


 好き放題に叫んでいる。

 それを見ても花子は動じない。

 むしろ喜んだ。


「あんたらもおいで! 一緒にお酒飲もうよ!」


 伽奈は「助かった」と思った。

 伽奈は喋らないが、沈黙が好きなわけではない。

 ガウェインや花子のように、一方的に喋ってくれる相手が必要なのだ。

 花子はどこからともなく酒瓶とジョッキ、それに絨毯を出現させる。

 それらは宙を飛ぶ。

 絨毯が敷かれ、真ん中に酒瓶とジョッキが置かれる。

 それを見て学者たちから喜びの雄叫びが上がる。

 酒よりも魔法の方に感動したようだ。

 そんな学者たちへ花子は酒を振舞う。


「飲め飲め。つまみは……」


 伽奈が手を挙げた。

 アッシュたちのように上手ではないが、伽奈も一通りは作れる。


「あら、伽奈作ってくれるの。あんたら人妻の手料理よ!」


「悪魔の手料理! それはぜひ頂かなければ!」


 伽奈は洗濯物がちゃんと洗えたのを確認すると、今度は真水ですすいだ。

 そして洗濯物を絞って脱水してから干す。

 洗濯物が終わると、今度は台所に向かった。

 学者との話は花子が引き受けてくれる。


「それで、なんで化けようと思われたんですか?」


「だってせっかく女に生まれたんだし、綺麗な格好して踊りたいじゃない」


 花子は「うしし」と歯を見せて笑う。

 結構単純な動機なのである。


「それは人間と同じですね。じゃあなんで人間の姿に? 服を作ってしまった方が楽なんじゃありませんか?」


「それが作れないのよ。私たち悪魔には文化を創り出す能力はないの。だから物を作るには、人間に作り方を教わらないといけないのよ」


 花子は苦笑する。


「それじゃあ、どちらにしても人間に化けねばならないということですか? でも魔法は作り出してるじゃないですか?」


「いいえ。私たちタヌキは自由に自然を操れるけど、それを体系化したり、誰でも使えるようにはできないわね。私たちの時は、瑠衣ともう一人、人間に魔法を見てもらって、魔法の技術を覚えた人間から教わったのよ」


「つまり……もし、人間がいなければ……」


「退屈と空腹で死んじゃうわね」


 花子は「うしし」っと笑う。

 学者たちは真剣な顔をしていた。

 深いところに来ていたのだ。


「それじゃあ、人間は家畜……」


 言い終わらないうちに、花子は強く言った。


「まさか! 私たちは人間と共存するしかないの。家畜なんて思ったこともないわ。それに伽奈は人間と結婚してるし、私も大昔にしてたわ。瑠衣に言わせると……なんだっけ……『人間と悪魔は対等』だっけ」


「対等……ですか?」


「そう。対等。悪魔って言うのも『人間がそう言うからそうなんだろう』って程度の認識だし。人間に嫌われるような悪いことをする気はないし」


 花子がそこまで言うと、伽奈が料理を持ってやって来る。

 花子は学者の一人の肩を優しく叩く。


「伽奈がつまみも作ってくれたし、飲みましょう。悪魔と人間の永遠の友情を願って!」


 花子が元気よく言うと、学者がぼそりと言った。


「愛情も?」


「そう、たまに愛情も!」


 伽奈は花子の横に座る。

 その後も花子はマシンガントークを連発していたが、伽奈はそれが楽しかった。

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