クリスタルレイクの日常
もはやクリスタルレイクは悪魔を含めた人口も、面積も『村』という規模ではないが、村人は『村』だと思っている。
アイリーンは、そのクリスタルレイクの代官である。
普通なら代官として、「あーれー!」とか、「ご無体な!」とか、「来年の種籾がー!」と言われる立場である。
ところが、アイリーンは雑だった。
貴族の令嬢にしては、虐げられて育っているし、領地の騎士団出身のため血統よりも実力主義だ。
だから村人にも、ごく普通に接していた。
この場合の『普通』とは村人と村人レベルの接し方である。
だから、村人の方もアイリーンが代官である事は理解しつつも、『村の若い娘』という認識だった。
だからその扱いは村の娘基準だった。
アイリーンは一人で村の市場に寄った。
アイリーンは買い食いが大好きなのだ。
すると、屋台のおばちゃんが声をかけた。
「あら、お代官様。また買い食い? 彼氏の手料理はいいの?」
「うん。アッシュの料理は美味しいんだけど、たまに、屋台のも食べたくなるんだよねえ。焼き芋ちょうだい」
館で代官をしているときよりも、さらに砕けた口調になってアイリーンは言った。
たまにはこういうシンプルなのも食べたいのだ。
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。おまけしちゃうわ♪」
オバちゃんは、完全にアイリーンを村の若い娘として扱っていた。
アイリーンの方も、特に何も言わなし、疑問も抱かない。
それで良かったのだ。
「ありがとう♪」
アイリーンは、布袋に芋を詰めて貰い、お金を払う。
アイリーンは布から一本焼き芋を取り出すとかぶりつく。
焼き芋を食べながら歩くと歌声が聞こえてくる。
アイリーンが見ると、ドラゴンたちが、歌を歌いながら歩いて来た。
その後ろを、ベルがニコニコしながら歩く。
さらにその後ろを、学者たちがゾロゾロと群れをなして歩く。
この頃のクリスタルレイクはいつもこうである。
ドラゴンの生態は謎に包まれている。
分類上動物と考えると、食料を必要としない時点で、ありえない生き物だ。
幽霊などのアンデットや、実体を持たない精霊と考えると、物理的すぎるのだ。
だから学者たちは興味津々でドラゴンを観察した。
ベルの方は子守の人手が増えたと喜んでいる。
ドラゴンが嫌がらない限り、抱っこやスキンシップも許されているほどだ。
さらに学者たちの間では、あることが流行していた。
それは……
「うわーい♪」
レベッカがカタコトと音を立てながら、手押し車を押していた。
車の先には、木でできたアヒルがついていて、レベッカが車を押すとカタコトと音を立ててアヒルが上下する。
それを見ながら学者たちは羊皮紙にメモを取っていく。
学者たちの流行。それはドラゴンにおもちゃを与えて、その反応を見ることだった。
「素晴らしい。やはり遊びの意味を完全に理解している」
「これで高い知能を有することが証明されましたな」
学者たちは嬉しそうにそう言っていた。
だからアイリーンは特にツッコミも入れずに見ていた。
するとレベッカと目が合う。
「アイリーンお姉ちゃん♪」
レベッカは、ニコニコしながら手を振る。
アイリーンも微笑むと、芋の入った布袋を抱えたままドラゴンたちに近づく。
「仲良く遊んでるか?」
アイリーンが聞くと、レベッカはしゃきーんとして言った。
「あい! 次、誰がやりますかー?」
「じゃあ、ぼくー」
「あい!」
お姉さんぶったレベッカは手押し車を明け渡す。
すると学者たちから感嘆の声が上がる。
「なんてことだ……見たか? おもちゃを譲ったぞ」
「……ドラゴンは高度な社会性を有しているのか!」
「素晴らしい知性とコミュニケーション能力だ!」
(見りゃわかんだろ)
と、アイリーンは思ったが口は出さない。
なにせ学者たちは、真剣な顔でメモを取っていたのだ。
ベルの方もニコニコとしていた。
その顔は、子どもが褒められているときの母親のようだった。
そこでアイリーンは荷物の重さに気づいた。
「あ、そうそう。焼き芋があるんだ。みんな食べるか?」
全てのドラゴンの視線がアイリーンに集まる。
そして一斉に目を輝かせた。
「「お芋さん!」」
みんな一斉にアイリーンの元に走ると、列を作る。
それを見た学者たちはさらに驚く。
「自主的に列を作ったぞ……なんてことだ人間にもできない者ばかりなのに……」
「やはり人間より知能が上のようです!」
「おい、見ろ!」
学者が最後尾を指さす。
そこにはレベッカがいた。
「個体名『レベッカ』は確か女王では?」
「彼らはそう呼んでます……ですが一番最後尾に並ぶとは……」
最前列は小さな子ばかりだった。
ドラゴンは小さい子を優先しているのだ。
しかも一番偉いレベッカが、自主的に最後尾に並んだのだ。
それを見て学者たちは驚愕していた。
「なんてことだ……こんなことは人間には不可能だ……」
「最強というのは単に丈夫なだけではない……ということか……」
「私は、今、猛烈に感動している!」
学者たちは猛烈な勢いでメモを取る。
ドラゴンたちは、芋を一つずつ受け取ると、芋を半分にした。
そしてアイリーンに差し出す。
「「あい♪」」
「うん? なんだ、どうした?」
「お友だちにあげてー♪」
『お友だち』とは村の子どものことである
人間の子どもにも、あげて欲しいというのだ。
焼き芋丸ごと一つを高速で胃に収めたアイリーンは、ひくついた。
さすがに、この展開までは読めてなかったのだ。
学者たちは、天に拳を突き出した。
「なんてことだ! 素晴らしい社会性だ!」
「思いやりまであるなんて」
「他者を優先する……超高度な文化を築いているようですな……」
学者たちは、さらにメモを取る。
中には、うれし涙を流すものまでいた。
それほどまでにドラゴンの生態は興味深かったのだ。
アイリーンの方も笑った。
「あのな、みんな食べちゃってくれ。お友だちには、あとで焼き芋買って配るからな」
するとドラゴンたちは、目を輝かせて言った。
「「あい♪」」
アイリーンは息を吐いた。
ドラゴンたちの行動は、いつも考えさせられるものがある。
すると学者の一人が、アイリーンの側まで来て膝をつく。
「アイリーン様」
「な、なんだ?」
アイリーンは焦った。
まさか、学者が声をかけてくるとは、思わなかったのだ。
「ありがとうございます! ドラゴンの行動には毎回感動させて頂いてます。あれこそ我々人間の目指すべき所ではないでしょうか!」
(そんな大げさな)
喉元まで出かかったが、アイリーンは我慢した。
「私たちに、なにかできることはございませんか!」
アイリーンは、そう言われても困る。
研究をしてくれればいいのだ。
考えても中々出てこない。
そして一つ思いついた。
「あ、芋買ってきてくれ。村の子の分。お金は渡すから」
パシリだった。
それでも、真面目な学者たちは、話し合って一人を選ぶ。
その選ばれた学者は、走って芋を買いに行く。
ドラゴンたちは、芋を食べる。
それを見ながら学者たちは、さらに話し合っていた。
「栄養にならないはずの芋は、一体どこに消えているのだろう」と。
だがアイリーンには、それはどうでも良かった。
芋を食べ終わると、ドラゴンたちは、歌を歌いながらアッシュの屋敷へ帰る。
アイリーンも、一緒についていく。
玄関に到着すると、アッシュが木箱を運んでいた。
木箱には果物が所狭しと入っていた。
ドラゴンたちは、アッシュを見ると、尻尾を振りながら走った。
アッシュが木箱を置くと、レベッカやドラゴンたちは飛びつく。
ドラゴンまみれになったアッシュが微笑む。
「「ただいまー♪」」
「うん、おかえり」
それを見てアイリーンは、自分が幸せを手に入れたのだと思った。




