卒業
カルロスは海軍の本拠地で船大工に会う予定だ。
自前の船大工では圧倒的に人手が足りないからだ。
なにせノーマンの船と接触する可能性があった。
休戦協定がご破算になった今、鉢合わせれば戦闘は避けられないだろう。
探索船と言えども、戦闘もこなせる必要があった。
大砲も必要だ。
カルロスは船をぶつけてからの格闘戦が得意だ。
それでも、まともな大砲があれば戦術の幅が広がる。
と、考えながらカルロスはふと正気に戻った。
あれほど嫌だった海軍に戻る日が来てしまったのだと。
カルロスは三角帽に乗馬服を着ていた。
海軍の正式な制服である。
「兄貴、致命的に似合ってない」
一緒に来たチェスが言った。
「自覚してる。まだ本山の修行僧の服の方が似合ってた」
カルロスたちは海軍の本部に入る。
警備室で受付をすますと乗馬服の男たちが現れ、カルロスへ敬礼した。
「カルロス船長。ご案内致します」
一番屈強な男が大きな声で言った。
そのように形が決められているのだ。
なぜこのような形になったのか?
それは簡単である。
海軍は元海賊の集まりである。
そんな荒くれ者に秩序を理解させるには徹底的な体育会系組織にする必要があったのだ。
だから海軍は礼法もすべて統一した。
大きな声、大きな動作、大きな歩幅を運動神経で憶えさせる。
そんな形は仲間との一体感を出し、海軍を屈強な組織にしたのだ。
「ありがとう」
一方、カルロスの元気は消失していた。
カルロスの一番苦手な空気である。
海軍に比べれば、修行僧も騎士学校もまだ文系である。
カルロスは事務室に案内される。
そこにいたのは褐色の肌を持つ三十代くらいの男だった。
男を見てカルロスもチェスも露骨に嫌な顔をした。
「久しぶりだな」
「バート叔父貴。お久しぶりです」
男はカルロスの叔父だった。
叔父と言っても血の繋がりはない。
バートはカルロスの父親であるメディナ海軍提督の古くからの海賊仲間である。
「おう、カルロス。面白そうなことしてるって?」
バートはニヤニヤと笑う。
「面白くはありませんよ。なんたって俺は騎士ですから。そう、使命感ってやつですよ」
カルロスは適当なことを言った。
ほぼ嘘である。
「まったく嘘のド下手なやつだな。まあいい、申請のあった船大工の件だが許可する」
その言葉にカルロスは口を開けた。
まさか申請が通るとは思ってなかったのだ。
断られるのを見越して民間の船大工を雇うつもりだったのだ。
なにせ海軍は細かいことにうるさい。
一度は話を通しておかないと面倒なのだ。
「許可……ですか?」
「ああ、新造船も許可する。だが我々側の人員を受け入れること」
「探索に参加させる……ということでしょうか?」
「そう言う意味だと解釈してもらって結構だ」
「高確率で死にますよ。はっきり言って化け物との戦闘は不可避です」
一応警告はしておく。
「問題ない。化け物との戦闘はなれている」
カルロスは口の端を歪めた。
わかっていない。
言葉は通じているが意味は理解していない。
海軍は常にこうなのだ。
カルロスはあきらめた。
「わかりました。ただし注意事項があります。クリスタルレイクや新大陸で住民相手に暴れたり、無体な振る舞いをしたら命の保証はしません」
「代官は優秀なようだな」
これはもう実際に体験してもらうしかない。
カルロスは言葉での説得はあきらめたのだ。
◇
学者たちがクリスタルレイクにやって来た。
アイザックと青龍が案内する。
その姿に村人たちはひそひそと話をする。
「なあ……あの子……」
村人が青龍を見て言った。
青龍は5歳くらいの男の子に見える。
「気づいたか……ありゃどう見てもアイザックの旦那とクリスそっくりじゃねえか……」
「クリスって年いくつだよ?」
「お前だって自分の年はわからねえだろ?」
クリスタルレイクに限らず戸籍管理が徹底されていない文化圏では、自分の年齢すら正確にわからないことはままある。
クリスも同じである。
もともといた村が年齢の管理が雑である。
なにせ暦の管理には最低限の数学の知識が必要だ。
そこまでの知識があるのは村長や教会関係者くらいだ。
管理などできようはずもない。
そこに戦災で村自体が消滅。もはや正確な年齢はわからない。
クリスは少し早いが一応は婚姻可能年齢。
おそらく15歳以下と推測される。
なので5歳の子どもがいるはずがない。
だが、あまりにも似ているのだ。
「さすがにヤベえんじゃないか? ガキに子ども産ませるなんて」
「ヤバいな」
事案発生。
そもそも二人が知り合ったのが最近、という事実を遙か遠くに置き忘れ、村人は好き放題に言った。
「お前らあとで憶えとけよ。ツケの回収本気でやるからな」
さすがにたまらずアイザックが言い返す。
アイザックは村では数少ない酒場の店長でもあるのだ。
それを聞いても村人は笑っている。
なにせクリスは村の子だ。
その旦那なら村の子と同じだ。
つまり村人からすれば親戚みたいなものなのだ。
だからこその気安さである。
こうして風評被害は瞬く間に村中に広まったのだ。面白半分で。
さて、学者たちはあるものは森に小屋を建て、あるものは空き家に住み着き好きに研究を始めた。
ロメロはまずアッシュの果樹園に行った。
そこに着くなりロメロは一言。
「なんで冬の果物と夏の果物が同時に成っている?」
もう誰もツッコミを入れなくなった部分である。
アッシュは新鮮な反応に少しだけほろりとした。
「瑠衣さんやドラゴンの魔力でこんな感じに……」
「瑠衣ってのは?」
「悪魔のリーダーです」
「なるほどなあ。こりゃ面白い。ところでな、ドラゴンについて考えたんだが」
ロメロは至極真面目な顔をしていた。
だからアッシュも真面目に聞こうとシャキッとした。
「物理攻撃が効かないのに会ったときは怪我してたんだよな?」
「ええ。瑠衣さんの見解では幸せが足りなくなると些細なことで死んでしまうらしいです」
「あの子……青龍も最初は石化してたって話だな?」
「ええ。レベッカに言わせると半分他の世界に行っていたそうです」
「なるほどなあ。面白い。つまり、幸せなうちはおとぎ話に出てくるような非現実的な存在で、不幸せもしくは孤独になると現実側の存在になるわけだ。そしてある程度成長したドラゴンは、自分を守るために存在自体を別の世界に移すと。実に面白い」
「俺としては心配ですけどね」
「お前さんだって非現実的な存在だろう。なにせ銃も剣も大砲も効かない」
それを言ったらおしまいである。
ロメロは好き勝手に果物を見る。
「これは見たことないな」
ロメロは、ハシゴをかけ木から豆のような果実を取る。
外側の殻を割ると中に橙色の果肉があった。
「新大陸……正確に言うと新大陸へ繋がる港町のものです。そこらじゅうに生えているので栽培はされてないようです」
「ふむ」
そう言うとロメロは果肉を躊躇なく口に入れた。
そのまま当たり前のように咀嚼すると言った。
「種が大きいな。そして独特の風味がある。が、柔らかくて酸味がある。美味い」
「他にも珍しい果実がありますよ。そこの赤いやつとか。これも栽培してるものじゃないそうです」
アッシュはそう言うと赤い実をもいで、ロメロに投げる。
ロメロは受け取るとそのままかぶりついた。
「ふむ。梨のような味だな。気候は?」
「気温は高くて高湿度です。森が多く動物の種類も多い……はずなんですが、俺は動物には詳しくなくて」
「教えたのは「さわり」だけだからな。まあ、動物ならルチオにやらせればいいか。それでこの土地の農業はどうなっている?」
アッシュは「へへん♪」という顔をした。
「先生に教わったとおりにゴミ捨て場とミミズを使ってます。小バエの問題はあるけど、成長は良さそうです」
ロメロもいい顔をした。
「そうか。大規模になったらもっと良い方法があるからそれも試してみよう。一年目は成功するだろうが、二年目からは害虫や病気、ネズミとの戦いが始まるから覚悟しておけ。これは人間が存在する限り避けては通れない問題だ。一緒に解決しよう」
そう言うとロメロはアッシュに手を差し出した。
アッシュはポカーンとする。
「卒業だ。これからは俺たちは教師と生徒じゃない。パートナーだ。ほれ、手を出せ」
アッシュが手を差し出すとロメロはその手を握った。
そしてロメロはアッシュの肩を叩いた。
ロメロは実に爽やかな顔をしていた。
ちょっとバタバタしてます。
修正は少しお待ちください。




