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学者たちの歓喜

 ロメロの行動は迅速だった。

 まずアッシュから手付けを受け取ると、事務室へ行って借金を返済した。

 大部分は研究のための借金であった。

 その行動は徹底している。

 なぜ彼が借金をするはめになったのか?

 動植物の研究は金にならないからだ。これはスポンサーの都合である。

 技術力が低い状態での品種改良は時間がかかる。

 仮に成功してたとしても、産地開発はさらに困難だ。

 クルーガー帝国の農民は保守的だ。


 何百年もうまくいってるのだから変える必要はない。


 万事この調子である。

 クリスタルレイクの住民のように、面白半分で新しい植物を栽培する精神的余裕はない。

 新しい品種を植えようという意欲的な農家は村八分の対象ですらある。

 このようにクルーガー帝国では末端から、意欲的な研究を潰す土壌、いや文化が国を支配していた。

 いかに都市部が意欲的でも、現場はそれに従う気などなかったのだ。

 そう言う意味でもクルーガー帝国は文化の閉塞、いや、どん詰まりに入っていた。

 国家としての衰退期に入っていたのである。


 研究費に困っていたのはロメロだけではなかった。

 アイリーンの求人に多数どころではない応募があった。

 動物や魚類、繊維系や化学系の錬金術師も同じだった。

 伝統的な研究ではないので儲からないのだ。

 逆に宗教と結びついた天文学や、エリートである哲学者や魔道士たちは鼻で笑っていた。

 青龍はそれを見て言った。


「技術が発達すればヤツらも笑えまい」


 それは何かを確信した目だった。

 この時、青龍は学者たちにもみくちゃにされていた。


「ほう、ドラゴンか……それも原種だな」


「幻術を使うのか。興味深い」


「やはり高度な知性を持つ種は人間に友好的だった。私の仮説が正しかったぞ!」


 好き勝手な事を言いながら青龍をなで回す。

 青龍は顔は真面目だがご機嫌だった。

 ドラゴンは人間が好きなのだ。

 それに学者たちの触り方は優しかった。

 なにせ希少動物である。ストレスを与えないように気を使っていた。

 すると中折れ帽を被った中年の男性学者がロメロに噛みついた。


「ロメロ! お前だけずるいぞ! こんな面白そうなことばかりして!」


 そんな男にロメロもあきれ顔で返す。


「ルチオ、俺だってこんな面白いことをたった今、知ったんだ。教え子が仕事を持ってきてくれるとは思わなかったよ」


「教え子ぉ? お前に弟子なんていたのか?」


「ああ、そこのでっかい兄ちゃんだ。正規の教育は受けてないが賢いぞ」


 アッシュは「あ、どうも」と頭を下げる。

 するとルチオと呼ばれた男はアッシュの背中をバンバン叩く。


「こりゃ面白い。熊よりも強そうだ」


 全く怖がっていない。

 アッシュを見た人間としては珍しい反応である。

 この反応にアイリーンも目を丸くしていた。


「あの、先生。どうして幻術が効かぬのですか?」


 アイリーンは最大の疑問をぶつけてみた。

 すると学者たちは目を見合わせ、そして一斉に笑った。


「そりゃ、世界をありのままに見ているからだ。我々は真理の追究の合間に人生を送っているからな!」


「えっと、つまり?」


 アイリーンはよくわからない。

 するとアッシュが説明する。


「たぶん、『ドラゴンに会いたくない』っていう生存本能より興味が勝っているんだ。願望より真実を優先するから幻術は効かない。もちろんこれがドラゴンじゃなくて、借金とかのことだったら幻術が効くはず」


「えっと、気合で幻術を吹き飛ばしたってことか?」


 体育会系の論理である。


「だいたい合ってる」


 アッシュが言うとアイリーンはなんとなくそれで納得することにした。

 学者たちはレベッカもなで回す。


「なんとなく、彼らは高貴な感じがするな」


 ルチオがつぶやく。


「やーん♪」


 レベッカは足をパタパタしている。

 するとルチオが言った。


「ロメロ。ドラゴンの専門家ってこの中にいたか?」


「いないだろ。なにせドラゴン自体が数がいないからな。エルダードラゴンに遭遇したことのある学者なんておらんだろ」


「そうか……」


 そう言うとルチオはにやあっと笑った。

 それはまさにバージンスノーであった。

 誰にも手をつけられていない未知の領域がそこに広がっているのだ。

 とは言っても一人でできる規模の調査ではない。人数が必要だ。


「アイリーン様。学生も連れて行ってもよろしいかな?」


「もちろんです。費用はそこそこ潤沢ですし、できれば新大陸にも一緒に同行して欲しいなと……」


 すると、どよめきが起こる。

 それは否定の『どよめき』ではなかった。

 それは歓喜の声だった。


「勝った! 俺は勝ったぞ!」


「バカにしていた連中を見返してやる!」


「ヒャッハー! 歴史に名を残すぞ!」


 好きなことを言っていた。


「それでは用意ができ次第、クリスタルレイクに来て頂きましょう。ただし、先に命に関わる注意事項がありますのでお聞きください」


 アイリーンが言った。

 すると全員が黙る。

 なんだろうと興味津々である。


「まずドラゴンには失礼のないように。貴族の子どもと同じだと思って扱ってください。傷つけたら帝国法により死罪です」


 すでに死文と化している古い法律を持ち出した。

 ドラゴンは物理攻撃で傷つかないが念のためである。

 さらに最大の注意点を挙げる。


「それと、我が領地には悪魔がいます。彼らは人間に対して友好的ですが、ドラゴンと人間を傷つけるものには容赦ありません。死にたくなければ怒らせないように」


 これには学者たちはポカーンとした。

 なにせドラゴンと同じく伝説上の生き物である。

 目撃証言はあれ、学術的に遭遇したことはないのだ。


「えーっと、アイリーン様。少しわからない。『悪魔』とは?」


 学者向けの説明なので、慣れているアッシュが答える。


「正確には『悪魔』と人間が呼んでいる知的生物群です。種類は蜘蛛や動物、骸骨など多岐にわたり、友好的かつ知的で、ほぼ全ての種が魔法を使う人間より遙かに強いです」


「なるほど!」


 ロメロは納得し、全ての学者たちが目を輝かせた。

 レアな新種である。

 しかも知的生命体である。

 ドラゴンがこうなのだから期待ができる。

 学者たちは期待に胸を膨らませた。

 彼らのその姿は大人になったドラゴンの集団のようですらあった。

 こうして学者たちがクリスタルレイクにやってくることになった。

 この時点でクリスタルレイクの文化力は計り知れないものになっているのだが、アイリーンをはじめとして誰も気がついていなかった。

 そして一方、船大工を探しに行ったカルロスたちも似たような状況だったのだ。

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