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ロメロ

 アイリーンたちは、まず事務棟に赴く。

 レベッカはご機嫌で歌っていた。


「猫さんがいたの~♪ たぬきさんもいたの~♪ みんな仲良し~なの~♪ ぽんぽこ~にゃーん♪」


 歌詞は相変わらずカオスである。

 レベッカは青龍の手を取った。

 そのまま手を繋いだまま、歌を歌いながら進む。

 青龍も子どもモードに戻ってしまったようで、ニコニコしながら歌を歌っていた。

 どうやらレベッカたちは、知り合いの誰かをモデルにしているようで、レベッカはアイリーンそっくりに、青龍はアイザックそっくりな子どもに見える。

 レベッカなどはアイリーンの子どもと言われても、誰もが信じてしまうほどであった。

 アイザックが受付で入館届けを書く。

 すると事務員が出てきてついてくる。


「ベイトマン様。スカウトとのことですが、この時期になんて珍しい事です。お嬢様もお坊ちゃまも家庭教師が必要なお年とは思いませんが……」


 事務員は心の底から珍しそうにアイザックに言った。

 直接話してはならないという原則を守っているらしい。


「私は堅苦しいのは嫌いだ。直接話してくれ。それと今日は家庭教師のスカウトではない」


 アイリーンがそう言うと事務員は目を丸くした。

 クルーガー帝国的にはアイリーンの行動はありえないものだったからだ。

 それだけクリスタルレイクは異常だったのだ。

 事務員は気を取り直すと静かに言う。


「それでは、どのような人材をお探しでしょうか?」


「自然科学系の学者を何人か」


「……錬金術師でしょうか?」


 錬金術、特に材料系は一発当てれば大きいので、ギャンブル気分で囲う貴族は後を絶たない。

 だが結果が出ることは非常に希だ。

 金や賢者の石を作ろうとする錬金術師は詐欺師であるというのが定説である。


「いいや。植物や動物、それと木材やら石、皮の研究をしているものが欲しい」


 事務員は「わかっているな♪」と満足そうな顔をした。

 これらは伝統を重んずるクルーガー帝国では金にならない研究なのだ。

 ゆえに予算も少なく技術水準もノーマンに引き離されている。

 それが悪いことだとはクルーガー側の一部は理解している。

 だが文化の壁は厚く、数人が訴えたところで状況は変わらなかった。

 だがアイリーンたちには、すでにその壁はない。

 悪魔やら、ドラゴンやら、アッシュやらで、クリスタルレイクには、革命とすら言えるほどの意識の大変革が起きていたのだ。

 だから他の貴族が見向きもしない学問にも抵抗はなかった。


「ではご案内します」


 事務員が先頭を歩く。

 するとアッシュが事務員に言う。


「ロメロって教員がいるはずなんだけど知りませんか?」


 事務員はアッシュのつま先から頭までを見る。

 革のブーツに、野獣の毛皮のコート、歴戦の戦士とすぐにわかる眼光、万のゴロツキを拳一本で支配しそうな体格。

 アッシュのその姿を形容するなら「絶対悪」だった。

 口調も丁寧だ。つまり知能派の悪党である。

 当然のように事務員は最大限に下手に出る。逆らったら殺されかねないからだ。


「ロメロ……ですか? あの穀潰し、いえあの教員に御用でしょうか? ……もしかして借金とか?」


 どうやらロメロは方々から借金をしているようだ。

 事務員からの評判も悪い。


「いえ、私の先生です。スカウトしようと思ってまして」


 アッシュはあくまで丁寧かつ穏やかに言った。

 だが事務員は動揺する。


「……あの変人の? い、いえ、失言は謝罪致します。でもなんだってロメロを?」


「知識は確かですから」


「は、はあ……そう言われるなら……では先にロメロの所にご案内します」


 アイリーンもアイザックもクリスも嫌な予感がしていた。

 明らかに反応がおかしいのだ。


「なあなあ、アッシュの旦那の先生っておかしくないか?」


 今まで借りてきた猫のように大人しかったクリスが言った。

 これでも我慢していたのだ。

 アイリーンも同意する。


「なんだかおかしいな……そもそもあのアッシュに怯えないって……よほどの大物だぞ」


 恋人相手に酷い発言だが間違ってはいない。

 それほどの異常事態なのだ。

 そのままアッシュたちは研究棟に案内される。

 平屋の建物である。

 そしてその中の一室の前で事務員が言った。


「ここがロメロの部屋です。……くれぐれもお気をつけください。それでは私はいったん事務室に戻ります」


 そう言うと事務員は戻って行ってしまった。

 アッシュはノックしてからドアを開ける。

 換気のされていないかび臭い部屋には、書物がうずたかく積まれていた。


「先生。来たぞ!」


 本当に仲が良いらしい。

 それはアッシュの態度でも明らかだった。

 足の踏み場もない部屋の中には40過ぎの頭に白髪の目立つ男がいた。

 服装はだらしなく、物事に頓着しない性格のようだった。

 それは部屋の様子からも明らかだった。


「おう……でかいのが来たな……」


 そう言うと男はアッシュを観察する。


「ふむ、でかいな。誰だ? こんなでかい知り合いは一人しか知らないはずだが……」


「先生、俺だ。アッシュだ」


「何を言っている。アッシュはもっとこう、でっかいのに自信なさげで背中を丸めたガキだったはず。こんな紳士のはずがなかろうよ」


「本人だって」


 アッシュは微笑んだ。

 するとロメロはようやくわかったらしい。


「……なんと、アッシュか!」


「そうだって!」


 目の前の男がアッシュだと気づいたロメロは焦り出す。


「いや待て、どこの親分になったかは言うな! つかな、返す金はない! 逆さに振ってもないぞ! ないからな!」


「金はいいから」


「なんと! じゃ、じゃあ、研究のために金を貸してくれ! 金貨一枚、い、いや銀貨でもいい! 頼む!」


 かなり高度なダメ人間である。


「その件で来たんだ。俺たちは花きとか果物をやってるんだが先生の手を借りたいんだ」


「……ほう」


 ロメロは目を丸くした。

 そしてアイリーンをちらっと見る。

 アッシュのパトロンだと思ったのだ。


「新大陸の探索もしなきゃならんから動物に詳しい人も紹介して欲しいんだ」


「……いまなんて言った」


「だから新大陸の……」


「連れて行け。いや断ってもついていく! 地の果てまで追いかける!」


 ロメロはアッシュにしがみつく。


「あの……個性的な……人のようだな……」


「研究費をギャンブルで増やそうとして傭兵に売られたりとか、面白い人なんだ」


 完治しないレベルのダメ人間である。


「じゃあ、若手の研究者も紹介してよ」


「お、おう! なんでもやる! なんだってやるぞ!」


「それと、紹介しておく。こちらはアイリーン・ベイトマン女伯爵だ」


「あの悪女で有名な?」


 アイリーンのこめかみがぴくりと動く。

 アイリーンの悪評はこんな所にまで届いていたのだ。


「噂は嘘ばかりだよ。こんな可愛い子がなつくはずないだろ」


 そう言うとアッシュはレベッカを抱っこしてロメロに見せる。

 するとロメロはレベッカを見回す。


「ふむ……アッシュお前……これが人に見えているのか?」


 焦ったのはアイリーンである。


「な、なぜ人間に見えない!」


「なぜってことは人間ではないことはわかっているのか。お前さんはなんだ?」


 ロメロはレベッカに言った。


「レベッカです! こんにちは!」


 レベッカはピコピコと手を振った。


「ほう、しゃべるのか。こりゃドラゴンか?」


 ロメロは興味深そうにレベッカを見ていた。

 これだけでアイリーンは、ロメロがただ者ではないことがわかった。

 そして瑠衣がショートカットを作らないのも納得した。

 確かに彼らには幻術は効果がなかったのだ。

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