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変人の都

 蜘蛛や悪魔たちがベイトマン領に入る。

 アイリーンはそれを貼り付いた笑顔で見守っていた。

 クリスタルレイクは驚くほど治安が良い。

 なにせアイリーンによる刑罰が科せられた例が無いのだ。

 子どもの喧嘩以上の暴力行為は確認されていないのだ。

 これは異常な事だ。

 クルーガー帝国では、都市部に住む成人男性の三割がその人生で一度は牢に入る。

 殆どは暴力犯罪である。

 都市部の労働者は小銭を取られたとか、金を貸してくれないとか、恐ろしくくだらない(・・・・・)理由で簡単に刃物を抜く。

 大抵は周りが止め、お互いに治安組織が罰として棒で叩いたり、牢に入れたりするのだ。

 そして運が悪ければ死者が出て、あっさりと死罪が下る。

 帝都に至っては、一番治安の悪い地区では病死よりも殺人の方が多いくらいだ。

 そして殺人は、人目につかない夜に行われることが多いため、夜警が必要になる。

 夜警を雇うのは、国王だったり、領主だったり、商人の組合だったり、住民組織だったりする。

 大抵は領主や代官などの行政の長なのだ。

 そしてその金額は財政を圧迫する。

 ベイトマン領などでは人件費の3割ほどは、夜警などの治安職に使われている。

 犯罪による被害額の方まで考えると、大抵の領主が死にたくなるほどの金額である。

 コンビニ店主に対する万引き被害より深刻である。

 それが悪魔によって9割引以下になるのだ。

 だからアイリーンは、領地の悪人には同情しつつも冥福を祈るだけであった。

 ちなみにアイリーンの兄たちや叔父は、後で三泊四日の地獄お仕置き体験ツアーが予定されている。

 今回暴れた分のペナルティである。

 こうしてアイリーンは史上最も恐れられた領主になるのだが、それをまだアイリーンは知らない。



 そんなアイリーンは珍しくよそ行きのドレスを着ていた。

 なにせアッシュとクルーガー帝国の頭脳の最高峰、アカデミー、その研究施設に行くのだ。

 スケジュールの都合でエドモンドは連れて行けなかった。

 アイリーンは先に瑠衣の元で待っていたアッシュと腕を組む。

 アッシュの近くには護衛のアイザックと、嫁のクリスもいる。

 アッシュもよそ行きの格好である。

 毛皮のコートを着ているため、絶対悪のオーラが出ているが、そんなことはアイリーンは気にしない。

 ニコニコしながら一緒にいる。

 またレベッカも青龍も一緒だ。ちゃんと人間の姿に見えるようにしている。

 一行を瑠衣が微笑んだ。


「あらあら、親子みたいですねえ」


「にいたんとお出かけなの!」


 レベッカはピコピコと跳ねる。

 ここで瑠衣が眉を下げて残念な顔になった。


「それで……申し上げにくいのですが……」


「瑠衣さんどうした?」


 アッシュが目を丸くする。

 瑠衣のこういった表情は珍しい。


「アカデミーにはショートカットがございません」


「へえ、どうして?」


「……アカデミーの方々、特に自然を研究されている方々は目くらましや幻術が効きにくいのです。そのせいか、ショートカットを作ると発見されて、面白半分に使い始めて大変危険なため設置しないようにしてます」


「なるほど……」


「なので近くに転移しますので、そこからは馬車をお使いください」


 そう言うと瑠衣はショートカットを開けた。

 もう慣れっこの一行は恐れることもなくショートカットに飛び込む。

 すると街道に出る。

 すぐ側に案内板があり、アカデミーの方向に矢印がついていた。

 すると待ち構えていたように馬車がやって来る。

 御者は悪魔三人組のリーダーゲイツだった。

 馬車はベイトマン領に来たときのものよりも数段劣るものだった。

 気楽な教育機関なので、見せつける必要がなかったのだ。

 知り合いの気安さか、アイリーンは大股で馬車に乗り込む。

 アッシュは微笑みながらレベッカを馬車に乗せる。

 そしてアッシュはゲイツの横に着席する。

 なにせアッシュは大きすぎるのだ。

 男の子の姿をした青龍を抱っこしたアイザックたちも次々と乗り込む。

 馬車が発進する。


 ガタゴトと揺られて行くと門が見えてくる。

 馬車が止まるとアイザックが受付に行く。

 さすがに入館許可が必要なのである。

 アカデミーの研究施設は、魔道士だけではなく、哲学や神学、法律、自然科学までもの研究が行われている機関である。

 帝国の教育では、魔道士の育成が第一に重きを置かれている。

 次に法律や哲学論、統治論などの研究である。

 軍学や会計学などは一般的に趣味の範囲だと思われていて、軽視されている。予算も少ない。

 自然科学分野に至っては、家を継げない貴族の子弟のための学問だとすら言われている。完全に趣味の世界である。


「それで、レベッカ。どういった人材をスカウトするんだ?」


 レベッカは額にしわを寄せて一生懸命考える。

 すると青龍が代わりに答える。


「科学と発明だよ♪ 自由に研究させるの。面白いものをたくさん作ってくれるよ」


「なるほどな。アッシュはどうする?」


 アイリーンが聞いた。


「ここの助手に知り合いがいるはずだ」


「そう言えば言ってたな。どんな知り合いだ」


「……戦場で金貨3枚貸した」


 大金である。


「返して貰ったのか?」


 ふるふるとアッシュは首を振る。

 つまりそう言う関係である。


「瑠衣殿に地獄でお説教をしてもらう必要があるな」


「でも『先生』は農業のやり方を教えてくれたから」


「……もしかしてミミズを増やしたりとかは」


 アッシュは頭を振って肯定する。


「先生に教わった。『我が輩の超絶理論ならできる』って言ってたし、実際初心者でもそこそこできた。どうせ博打で作った借金だらけだろうから、うちの農業顧問になってもらおうと思ってね」


 アッシュの聞いたこともない農業はアカデミー産のようである。


「うーん……確かに聞いたこともないやり方だが、効果を上げてるしな。人格には問題があるようだが……」


「それほど悪い奴じゃないよ。俺を見ても動じないしな」


 かなりの大物である。

 アイザックが受付をすませ門が開く。

 アイリーンたちはアカデミーの研究施設に足を踏み込んだ。

 その時のアイザックの日記にはこう記されている。


 変人の都へようこそ。

花粉症で思考能力が落ちまくってます。

ヒノキはないのであと4日ほどで本調子になると思います。

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