青龍さん
小さいドラゴンを抱っこしたアイリーンはアッシュのもとへ走った。
そもそもクルーガー帝国の淑女は、お供もつけずに大股で走ったりしない。
かなり、いや致命的なほど、はしたない行為である。
だがそれは関係なかった。
なにせ一大事である。
大地震の震源はドラゴンしかいないのだ。
アイリーンはあっと言う間に、アッシュたちがピクニックに行った丘に到着する。
昔はアイリーンもよく遊びに行った場所である。
すると丘の上に見たこともない建設物を見つけた。
「あれか!」
すると抱っこされたドラゴンが喜ぶ。
「あれなのー♪」
「わかった!」
アイリーンは建物のそばで倒れているベルと、それにお尻をくっつけているドラゴンたちを見つける。
アイリーンは全力で走り寄った。
ベルは幸せそうな顔で悶絶していた。
ドラゴンたちも幸せそうな顔で身を寄せ合っている。
「みんな! レベッカは?」
アイリーンが聞くとドラゴンたちが起き上がる。
「あっちだよー」
緑色のドラゴンが建物を指さした。
するとアイリーンが抱っこしてたドラゴンが手を振った。
「ただいまー♪」
「あー、青龍さんおかえりー♪」
知り合いらしい。
「ただいまー」
青龍は短い手足を振った。
「みんなこの子を知ってるのか?」
アイリーンが聞くとドラゴンたちが答える。
「青龍さん」
「大きいのー」
「ここの杭だったのー」
要を得ない。
アイリーンはあきらめた。
「じゃあレベッカの所に行ってくる。みんなはベルと一緒にいてくれ」
「「はーい♪」」
元気よく返事をすると、ドラゴンたちは寝っ転がってから再びベルにくっついた。
「ねんこ」である。
アイリーンが建物に入るとレベッカとアッシュがいた。
二人とも空を見ていた。
「アッシュ! レベッカ! 無事か!?」
アッシュが手を振る。
「アイリーン。どうやらドラゴンを解放したらしい」
すると青龍と呼ばれたドラゴンが手を振る。
「ドラゴンライダーさん! ただいまー」
アッシュが、かくんと大きく口を開けた。
「え……青龍?」
「うん! ミームの進化によって生まれ変わったの!」
いきなり難しいことを言い始めた。
「あのね、あのね、昔、この国はドラゴンに強くて、怖くて、賢いことを望んだの。でもね、今の王、アッシュは側にいることだけを望んでいるの。ドラゴンは強くも、怖くも、賢くもなくていいの」
これはクリスタルレイクの住民の総意である。
それどころかクリスタルレイクでは、『ドラゴンの力を使おう』などと考えるものはいない。
これはクリスタルレイクの住民が、アッシュたちのように己の才覚で運命をねじ伏せることを至上としていることと、強すぎる力の恐ろしさを『これでもか』と味わっているからである。
アッシュたちの活躍に、ドラゴンの起こす奇妙な現象、悪魔たちの存在。
それは良い意味でクリスタルレイクをカオスに導びき、価値観の転換をもたらしていた。
「……そうか」
アイリーンは青龍をぎゅっと抱きしめる。
すると青竜の目が光り、口調も変わる。
「クルーガーは言った。この世界が狭ければ、人の行き来も管理も簡単になり、帝国民は幸せになるだろうと。だから我は体を杭にして畳んだ世界を固定した。魂の半分は眠り、もう半分は別の世界を漂っていた。だが、アッシュ、お主は違った。ドラゴンも悪魔も人間も幸せになれば良いと願った。みんな一緒に暮らすべきだと思った。だから我は生まれ変わり人間の側にいることにした」
青龍の頭をアッシュは優しくなでた。
そしてゆっくりと微笑みながら優しい声で言った。
「そうだ。一緒に行こう。クリスタルレイクで一緒に暮らそう」
すると青龍の目が光るのをやめた。
「うん♪ わかった♪」
にっこりと笑う。
すると青龍はもう一度目を光らせた。
「我の知っている女王の次の女王、レベッカよ」
「あい!」
レベッカが手を振る。
「各地に封印された龍を解放せよ。次は畳まれていた海の世界。海の向こうに火龍がいる」
「あい!」
レベッカはしゃきーんとする。
「さすれば、他の同胞も帰って来よう」
「あい!」
青龍は今度はアッシュの方を見る。
「ドラゴンライダーよ。クルーガー帝を討つ意思はあるか?」
「ない」
アッシュは静かに答えた。
皇帝は親の敵であり、アッシュの人生をメチャクチャにした犯人だ。
だがアッシュとしては、皇帝は『よく知らない人』でしかない。
親の敵と言われても、ピンと来ないのだ。
しかも、相手は病人で、小さくて、弱い、初老の男だ。
俳優としてそれなりに物語を学んだ頭でも、やっつける絵をどうしても想像できないのだ。
クリスタルレイクにとって害を及ばさなければ、放って置こうと思うし、例え呪いが解除されたとしても長くはないだろうし、病気の方が最後は残酷だろう。
そしてセシルか、セシルとカルロスの子が帝国を乗っ取る。そういう算段だ。
その時にセシル側について少々暴れれば、敵討ちの義務は果たせるだろう。
それで充分だ。
アッシュはとうに憎しみを乗り越えていたのだ。
それに憎しみよりも、アイリーンやレベッカを守ることの方が何倍も重要だった。
ただし、今までの細かい嫌がらせを超えて、兵を差し向けるような愚行を起こすのなら直ちに帝国ごと潰そうと思っている。
「それなら良い。天使は憎しみを喰う。心に留めておけ」
「わかった」
すると青竜の目が光るのをやめ、穏やかな表情になる。
「あのね、あのね、提案があります!」
青龍が手を上げた。
この落差にアイリーンもアッシュも面食らった。
「お、おう」
なんとか返すと、青龍は目を輝かせる。
「新規開発をします! 学者さんを雇ってください!」
「新規開発?」
「あい! テクノロジーを進化させて、伝統ミームを徹底的に汚染してパラダイムシフトを起こします!」
青龍がまた難しいことを言った。
「具体的には何をするんだ」
アイリーンが聞いた。
アイリーンもよくわからなかったようだ。
「なにも。遊んでもらうだけです」
うふふっと青龍が笑った。
「遊ぶのー?」
レベッカも、うふふっと笑う。
「そうなのー。みんなと遊ぶのー」
なぜだろうか。
青龍もレベッカも無邪気だ。
尻尾もふりふり、表情もニコニコしている。
なのになぜか、アイリーンの胸は不安に高鳴っていた。
なにかとんでもない歴史的な事件の渦中にいるような、そんな気がしていた。
すいません。
ちょっと体力が……げふ。
誤字脱字の修正待ってくらはい……げふり。




