丘の上の寺院3
何かの存在を感じ取ったアッシュが様子をうかがっていると、もう一度地面揺れた。
揺れながら床から何かがせり出してくる。
それは大きなドラゴンだった。
レベッカたちのような小さなかわいいドラゴンではない。
立派なヒゲを持った蛇のような体躯に鋭い牙と爪。
まるで昔話に出てくるドラゴンだった。
そのドラゴンは苦しそうな表情のまま石化していた。
「レベッカ、この子がお友だち」
「あい!」
レベッカはしゃきーんとした。
「半分別の世界に行っちゃったの」
「半分?」
「あい! お腹がすいたの。だから今からこっちに戻します!」
レベッカはそう言うと、しったんしったんと飛び跳ねた。
「みんなー! 行くよー!」
「「あい!」」
そう言うとドラゴンたちもレベッカと一緒に跳ねた。
レベッカが元気よく言った。
「楽しいの! 楽しいの! クリスタルレイクには、楽しい事がいっぱいあるの!」
「「楽しいの! 楽しいの!」」
「にいたんが歌を歌ってくれるの♪」
「「みんなで歌うの♪」」
「タヌキさんたちと劇をするの♪」
「「踊るのー♪」」
「オデットお姉ちゃんは楽器が上手なの♪」
「「上手なのー♪」」
「蜘蛛さんが家を建ててくれるのー♪」
「「かっこいいのー♪」」
「クリスお姉ちゃんがバッグを作ってるのー♪」
「「すごいのよー♪」」
レベッカたちはくるくると回り、徐々に光を纏う。
するとドラゴンがぐらぐらと揺れる。
「おいで! おいで! こっちの世界においで! 楽しいよ!」
「「楽しいよ! 楽しいよ!」」
レベッカは尻尾を振る。
他のドラゴンたちも尻尾を振る。
ドラゴンたちが光る。
すると声が聞こえる。
それは石化したドラゴンの声とは思えない幼いものだった。
「いじめない?」
レベッカが答える。
「誰もいじめないよ♪」
「「みんなやさしいよ! お菓子くれるよ♪」」
アッシュは首をかしげた。
(みんな?)
どうやらドラゴンたちはアッシュだけではなく、村中のいろんな人にお菓子をもらってるらしい。
アイリーンにバレたら一大事である。
「人間のお友だちもいっぱいいるよ!」
「「みんなで追いかけっこするの♪」」
すでに村の子どもやブラックコングの所の子は、お友だちである。
彼らは全体で子どもを育てる習慣があるので非常に面倒見が良い。
しかも子どもたちは大人の失った野性の本能から、ドラゴンをいじめると、「どえらいこと」が起こることを察していた。
だから、村にはドラゴンをいじめる子は誰もいなかった。
その言葉が届いたのか、石化したドラゴンが揺れる。
同時に石が崩れ落ちていく。
「じゃあ行く!」
ドラゴンが言った。
その表情は苦しそうなものではなかった。
どこか楽しそうな、優しい顔になっていた。
ドーンと音がした。
一瞬遅れて地面が激しく揺れる。
さすがのアッシュも立っていられなくなり膝を落とした。
「『杭』を抜くね!」
レベッカが飛び跳ねる。
この揺れでも動けるのだ。
やはりドラゴンとは物理的な存在ではないのかもしれない。
「みんなー! 踊るよー!」
「「あーい♪」」
ドラゴンたちが踊る。
楽しそうに、うれしそうに踊る。
ドンッと地面が跳ねた。
それはアッシュも体が浮くほどの衝撃だった。
そのせいかドラゴンから石が全て落ち、その神々しい姿があらわになった。
ドラゴンは蛇のように長い体でとぐろを巻き、アッシュを見つめる。
「ドラゴンライダーか。まだ全滅してなかったのだな」
「全滅?」
アッシュは聞いた。
ドラゴンライダーの消滅に関しては謎が多い。
血筋も製法もわかっているのに増えた形跡がない。
「人間とは欲深な生き物だ。だからあやつらに利用される」
「あやつら?」
「国に巣くう天使だ。ドラゴンライダーがいるのなら、この青龍、太古からの契約を履行するとしよう」
青龍は上を向いた。
「まずは、この地をあるべき姿に直そう!」
そう言うと青龍は、一瞬身を縮め、溜めを作ってから一気に飛び立つ。
青龍は寺院の天井をつき破り、空へと向かう。
青龍が上空にあがると共に、空に稲妻が走った。
稲妻はバリバリバリッと音を立てた。
するとまた地震が起きる。
だがこの地震は憶えのあるものだった。
(畳まれた世界だ)
アッシュは理解した。
おそらく新大陸と同じように、世界が畳まれている場所があちこち存在するのだ。
アッシュたちは外に出た。
すると「にゅっ」という不思議な感覚とともに丘が広がった。
畳まれ方もいろいろあるらしい。
そして今まで草原が続いていた丘に木が出現する。
それはアッシュの目には遠目からでもわかった。
「桃の木だ……」
桃の木には季節外れの花が咲き誇っていた。
なぜか実のついた木もある。
数ヶ月も時期が違うのに不思議である。
「桃は青龍さんが大好きなんだって!」
レベッカがぴょこんと手を上げた。
アッシュはレベッカの頭をなでる。
「えへへへへー♪」とレベッカが笑った。
ちなみにベルは外で倒れていた。
さすがに揺れが激しすぎたらしい。
そんなベルにドラゴンたちはくっついた。
一緒にねんこの体勢である。
倒れたベルの表情は至福そのものだったという。
一方、アイリーンたちはたまったものではなかった。
大地震である。
地面が何度もシェイクされ、立てないほどの揺れが住民を襲った。
護衛に来ていた悪魔三人組がひそひそ話をしている。
「これは……この間の……」
ゲイツがつぶやく。
「似てるな」
ケンも同意する。
するとタヌキのガスコンがアイリーンたちへ笑顔を向ける。
「世界が展開されるようです」
その顔は邪気の一切無い、とてつもなく「いい表情」だったという。
「先に言ええええええええええええッ!」
さすがのアイリーンも叫んだ。
もうドラゴンがらみでは驚かないと決めていた。
レベッカはなんでもありなのだ。
ツッコミを入れても虚しいだけだ。
だから、なにがあっても受け入れると決めていた。
でもこれは無理だ。
地面が揺れるのは本能的に恐怖を感じるのだ。
だからアイリーンは叫んだ。
他の面々もさすがに驚いていた。
不思議なことにこの揺れでは怪我人すら出なかった。
なにせドラゴンのやることだ。
人類を一瞬で滅ぼすほどの力を無邪気に振るう。
だが人間を傷つけてはならない事を本能的に理解はしているのだ。
揺れが収まる。
アイリーンは外を確認する。
外には桃の木が並んでいる。
それはまさに天国と表現できそうな美しい景色だった。
アイリーンの記憶ではベイトマン領は冴えない村だ。
特産品もなく、他の土地に比べて実りは悪く、どことなく暗い。
桃の木が並ぶ道などアイリーンの記憶にはない光景だ。
「うちも畳まれていたのか……」
アイリーンは膝から砕け落ちた。
そんな伝承や昔話すら聞いたことがない。
ノーヒントもいいところなのだ。
そんなアイリーンの背中が「ちょんちょんっ」と軽く叩かれた。
アイリーンが振り向くと青くて小さなドラゴンの子どもがいた。
青くて少し細く、鹿のような角も生えている。
見たことのない子だ。
「レベッカとはぐれてしまったのか?」
アイリーンは反射的に頭をなでる。
するとドラゴンはぴるぴると頭を振った。
「違うの。ドラゴンライダーとの約束を果たしたの。お姉ちゃんからも女王様のにおいがするの」
ドラゴンは尻尾を振る。
アイリーンはその言葉だけで犯人が誰だかわかった。
なにを隠そうアッシュとレベッカなのである。
アイリーンはドラゴンを抱っこする。
そしてアッシュの元へ走った。




