丘の上の寺院2
丘の上に石造りの寺院が出現した。
なぜ寺院とわかったのか?
なぜなら、そこかしこに神を讃える言葉が彫ってあったのだ。
それに古くからある寺院は石造りが多い。
現存しているものは、あちこちで観光地になっているので、アッシュでもこの建物が寺院だとわかったのだ。
それは荘厳な雰囲気のものだった。
石の柱は苔が生え、枯れ果てた姿は虚無を表していた。
カルロスがいれば、武僧の修行場のようだと表現しただろう。
そんな石造りの建造物をアッシュは眺める。
そもそもクルーガー帝国全土は、霊的にレベッカとアッシュの領土である。
そのせいかアッシュは自覚こそしてないが、そこが危険か危険ではないかをおぼろげに感じる事ができた。
この寺院は、「なんとなく」危険なものではないと、アッシュは思った。
レベッカやドラゴンたちも同じだったようだ。
アッシュたちは無防備に寺院に近づいていく。
なぜか「危険かもしれない」とは思わなかった。
「にいたん。お友だちのにおいがします」
レベッカがアッシュをじいっと見つめた。
「お友だち? ドラゴンのみんなみたいな?」
「「あい!」」
ドラゴンたちはわくわくした顔で飛び跳ねている。
レベッカと同じようになにかを感じているようだ。
「あのね、あのね、ここは『呪われた土地』なの?」
レベッカは自分で言いながら首をかしげる。
「だから、誰かがお友だちを閉じ込めたの。でもね、それは間違いなの。ドラゴンは閉じ込められていると死んじゃうの」
アッシュに会ったばかりのころのレベッカがそうである。
「だからね、お友だちは冬眠したの」
「冬眠? レベッカもできるのか?」
「レベッカはまだ子どもだからできないの。冬眠はね、半分違う世界に行っちゃうの」
「半分?」
「あい!」
どうにもアッシュには、よくわからない。
だからアッシュはレベッカに聞く。
「それで、どうすればいい?」
「あい、来てください! ドラゴンライダーさんの力が必要なの」
レベッカとドラゴンたちは一斉にしゃきーんっとした。
「く、クリスさん! アイリーン様を呼びに行きましょう!」
ベルが大声を出した。
「いや、私も一緒に行きたいんだけど」
「だめです! アッシュ様の足手まといです。本山の襲撃の時でわかっているでしょう!」
クリスとしても苦い経験である。
「うん。ドラゴンたちは?」
「だからさっさと助けを呼ぶのです!」
「了解」
クリスたちはアイリーンの元へ走る。
そのまま「おいっち、にい」と号令を発しながら寺院へ歩いて行く。
アッシュはレベッカたちについていく。
寺院の門は風化していて、石造りの枠だけが残されていた。
「ぜんたーいとまれ!」
「「あい!」」
レベッカの号令でドラゴンたちは止まる。
顔は「しゃきーん」のままだが、尻尾をフリフリしている。
「みなさん! これからお友だちを助けます!」
「「あい!」」
「では、にいたん。入り口を壊してください」
寺院の入り口は重そうな石の扉だった。
あまり金勘定が得意ではないアッシュでも、石の扉はとてつもなく高価なものだとすぐにわかった。
「いいの?」
思わず確認する。
「あい!」
アッシュは壊さないように開けられないかと思案した。
とりあえず引いてみる。
大砲を肩に載せて発射するアッシュの腕力を持ってしてもビクともしない。
なにか腕力ではない力が働いている。
アッシュはムキになって引っ張る。
ビクともしない。
今度は押す。それでもビクともしない。
実は引き戸ではないかと思い横に引くが、全く動かない。
「ふんが!」
ぱきんっ!
本気引くと取っ手が壊れた。
レベッカを見るとわくわくしている。
なんだか期待されていたのでアッシュは拳を握る。
「おりゃあッ!」
一発殴ると、拳が目に見えない壁に当たり弾き飛ばされる。
だが最強の元傭兵が単純な攻撃をするはずがない。
すでに連打に移っていた。
「ふんッふんッふんッふんッふんッふんッふんッ!」
アッシュの拳が見えない壁に襲いかかる。
一発一発が爆発したような音を立てる。
アッシュは連打しながら、「最近運動不足だし、これ欲しいなあ」とサンドバッグを欲しがるオッサンのような事を考えていた。
無心で殴っていると段々と壁の抵抗が弱まってくる。
「おりゃあああああッ!」
最後に大ぶりのパンチを叩き込むと、見えない壁は抵抗をやめ、アッシュの拳が扉にめり込んだ。
石の扉が破片をまき散らしながら粉々に砕けた。
「にいたん凄いのです!」
アッシュはレベッカの頭をなでる。
レベッカは「しゃきーん!」としたままで尻尾を振った。
「レベッカたちはそこで待ってて。罠があったらいけないから」
アッシュはレベッカたちに言った。
「あい!」
レベッカが元気よく返事した。
ドラゴンは素直なのだ。
アッシュが中に入る。
中は広くて暗い。
だがくすんだ大理石の床が見える。
そして床には文字が彫ってあった。
ずいぶん古い古語での表記である。
学のないアッシュには読む事はできない。
ここまで古いと、セシルやアイリーンでも厳しいかもしれない。
「これは……アカデミーに連絡を取るしかないか……」
実はアッシュはアカデミーにコネがある。
借金の形に傭兵をやっていたアカデミーの教員を知っているのだ。
向こうはアッシュを怖がっているが、アイリーンやセシルの命令があれば来てくれるかもしれない。
少し進むと中央に巨大な鐘が置いてあるのが見える。
明りがないため全体像は把握できない。
だが天井部分から、床すれすれまである巨大な鐘だった。
アッシュは裏拳で軽く叩く。
「こーん」という音が部屋に響く。
その時だった、地面がぐらぐらと揺れはじめたのだ。
すると外にいたレベッカが叫んだ。
「結界が弱まりました! もっと強く叩いて!」
アッシュは両足を開き、構える。
そして息を吸った。
ぐらぐらという地揺れは続いている。
アッシュはなんとなく感じていた。
この地揺れは、ここにいる何かを縛る魔法が引き起こしているのだ。
だからそれを解き放つ。
アッシュは一歩踏み込むと鐘を拳で思いっきり叩いた。
どーんッ!
アッシュの拳が鐘に届いた瞬間、地揺れが激しくなる。
そして爆発するような音が響く。
レベッカたちは地揺れにもかかわらず、楽しそうな声を出し歌っていた。
その歌は人間の言葉ではない。
ドラゴンの言葉の歌だった。
「いくよー!」
レベッカが楽しそうに両手を振り上げる。
「「あーい!」」
ドラゴンたちも答える。
「おおっと!」
とうとうアッシュも少しぐらついた。
すると鐘がまばゆい光を放つ。
部屋の壁に単純化されたドラゴンの絵が描かれてるのがわかった。
何もしていないにもかかわらず、部屋に設置された燭台に明りが灯る。
「なんだ……?」
アッシュは目に見えない、なにか大きな存在がいるのを感じ取っていた。




