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ケーキ屋さん開店 前編

 スローライフ。

 それに至る道は激しくそして険しい。

 例えば生クリームをひたすら混ぜ混ぜ混ぜ。混ぜるべし。

 アッシュはニコニコと、騎士団では交替で調理当番をさせられるため家事スキルがある騎士二人も死んだ目で、まだ手伝えるベルも必死な顔で手伝っている。

 そして家事能力低めのお嬢様であるアイリーンとまだ家事スキルを会得してないレベッカはひたすら卵を割っていた。

 アッシュは鼻歌を歌う。ひたすらご機嫌だった。

 アッシュの記憶は傭兵ギルドに奴隷として売られたところから始まる。

 当初は調理の補助をする予定だったが、顔の怖さとガタイの良さのせいで前線に送られることになった。

 適当に戦っていたところいつの間にか戦場の伝説となっていた。

 奴隷として売られたときの借金こそ数年で返済したが活躍すれば活躍するほど料理人への道が遠ざかっていく。

 第二志望の農民でがんばって、いずれは小さな店を持とうと思ってはいたが、まさか店を持つという夢がこんなに早く実現するとは思ってなかったのだ。

 しかも開店に必要な諸経費はアイリーン(おえらいさん)持ちなのだ。

 アッシュは感動に震える。

 たとえ相手が悪魔でも自分は必要とされている。

 それがたまらなく嬉しかったのだ。


「にいたん。卵さん割り終わりました!」


 レベッカが手を上げる。


「いい子いい子」


 アッシュの代わりにアイリーンがレベッカの頭を撫でる。


「えへへへへー」


 アッシュはニコニコと笑うと二人に指示を出す。


「二人は休憩な。お茶とケーキはあるから休んでてくれ」


「ああわかった」


「はーい」


「ほーれレベッカ行くぞ。ケーキもあるぞ」


「はーい」


 アイリーンはレベッカを抱っこする。

 すっかりアイリーンもレベッカと仲良しだった。

 アイリーンは自分が邪魔だという自覚があるのでレベッカのお守りに徹することにした。

 ただアイリーンは思うのだ。

 このままアッシュの手伝いをし続けたらどうなるのだろうか?

 体重の増加は避けられないのではないだろうか?

 太ってしまうのではないだろうか?

 それを考えると少しだけ怖いのだ。

 アイリーンは食堂の椅子に座り自分の膝に抱っこしていたレベッカを下ろす。

 そしてレベッカにケーキを渡すとアイリーンは確実に待ち受ける未来をなるべく考えないようにしながらお茶を口に含んだ。

 するとキッチンから声が聞こえてくる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


「アッシュ殿、シュークリーム焼き上がりました!」


 ベルの声がする。


「冷めたのから籠に入れてください! 瑠衣さんの情報では夜になったらお客さんが押し寄せます」


「はい!」


 悪魔が入れ物を持ってくるとは限らないため籠を用意した。

 籠は使ったら客が返却しに来る方式である。



「アッシュ殿、焼き菓子はいかがする?」


 アイザックだ。


「日持ちするので全部焼いてください」


「アッシュ殿、生クリームが足りません!」


 カルロスの声だ。

 がんばって騎士になったというのにお菓子作りをするハメになっている。


「すぐに作ります!」


 なかなかの修羅場である。

 アイリーンはなんとなく悪いことをしている気分になった。

 だから食堂からアッシュに声をかける。


「籠に入れるのを手伝おうか?」


「いいから休んでてくれ」


 その言葉がアイリーンの身を案じてではなく、邪魔しないでレベッカといい子にしててねという意味である事は明白である。

 アイリーンは少し寂しかった。

 しかたなくアイリーンは大人しくしていることにした。

 それにしてもドラゴンに悪魔とクリスタルレイクに着いてわずか数日だというのに国の存亡にまで発展しかねない事件に巻き込まれ続けている。

 ケーキ屋まで開いてしまいすっかりアッシュを戦場に復帰させるどころの騒ぎではなくなってしまった。

 膝の上にいるレベッカはケーキを食べている。

 レベッカがケーキを食べるのに集中している間、アイリーンは各方面に提出する報告書と実家への手紙の文面を考えていた。

 どちらにせよレベッカのことは報告せねばならない。これは貴族としての義務だ。

 レベッカも瑠衣も目立つ存在だ。アイリーンが報告しなくてもいつか誰かがするだろう。

 その場合の報告内容はアイリーンにコントロールできないのだ。だからアイリーンが報告するしかない。

 だが問題は内容だ。なるべくレベッカに迷惑がかからないようにしなければならない。

 クリスタルレイクの守り神として書くか、それとも瑠衣というアークデーモンに守られた魔龍として書くか、それが問題だった。

 前者なら「良いドラゴンだから傷つけないように」という文面を書き、後者なら「危険だから近づかないように」と書かなければならない。

 とにかくレベッカを傷つけようとする人間を排除できるように報告せねばならない。


「うーん……どうすればいいのだ」


 アイリーンは頭を悩ませる。

 するとアイリーンたちのところに幽霊メイドのメグがやって来た。

 なんだか忙しそうだ。


「お、お嬢様。店舗内装の確認お願いします」


「お、おう。レベッカ行くぞ」


「あーい」


 アイリーンは再びレベッカを抱っこしてメグについて行く。

 仕事を与えられるとアイリーンは悩んでいた報告書のことを一旦棚上げした。

 店舗は道沿いの警備兵詰め所を改造して作った。

 とは言ってもテーブルと椅子を持ち込んだだけである。

 それをメグに伝えたところ「それではお客様に失礼です」とたしなめられてしまったのだ。

 結局メグが内装を担当することになったのだ。幽霊なのに。

 アイリーンたちがメグと一緒に店舗の中へ入ると殺風景だった部屋はカラフルでポップな店舗に様変わりしていた。


「おお! メグ凄いではないか!」


「かわいい~。メグお姉ちゃん凄い凄い」


 レベッカも大喜びの様子でぴょこぴょこと跳ねる。


「瑠衣様が仰るには男女の美的感覚以外は人間と差異はないそうです」


「なるほど。それなら失礼はないな。メグ、くれぐれも気をつけてくれ。瑠衣殿の話では悪魔は礼儀にはおおらかだが怒らせたら国ごと滅ぼす力はあるからな」


 悪魔の接客ができるのは悪魔と意思疎通ができるメグだけだ。

 ここはメグにがんばってもらうほかない。


「勿論でございます」


 メグはぺこりと頭を下げる。

 それをアイリーンは自信ありと受け取った。


「私たちも交替で手伝う。メグ頼むぞ」


「承知いたしました」


 そう、このケーキ屋にはクルーガー帝国の存亡がかかっているのだ。

 決して怪奇ケーキ巨人の趣味ではないのだ。

 アイリーンは改めて気を引き締めた。


「ねえねえ。アイリーンお姉ちゃん」


 気を引き締めたアイリーンの手をレベッカが引っ張った。


「うん。どうした?」


「あのね。あのね。妖精さんが来てるの」


 アイリーンはレベッカを抱っこすると慌てて外に出た

 いつの間にか外は暗くなりつつあった。


「そろそろか……」


 瑠衣が言うには悪魔は普通は昼間に出歩かないらしい。

 だから暗くなると悪魔が集まってくるはずだ。

 アイリーンの目になにかボケッとした光が見えた。

 エルムストリートの奥から光がやって来る。

 それはランプを持った集団だった。

 人ではない。それは悪魔の集団だった。

 悪魔が列を成してやって来たのだ。


「来たぞ。お客様だ」


 アイリーンは店舗に駆け込む。


「メグ、お客が来るぞ」


「え、まだ商品を搬入してないです」


「急いで持ってくる」


 そう言うとアイリーンは店舗を出て屋敷に駆け込む。


「アッシュ殿、お客が来たぞ!」


 アイリーンがそう言うと大急ぎでカルロスがシュークリームを詰んだカートを運んでくる。


「カルロス、焼き菓子は?」


「すぐ来ます!」


 カルロスの言うとおり布袋に入れた大量の焼き菓子をアイザックが運んできた。


「アイリーン様はレベッカを見ててください。おいカルロス、次はケーキだ二人で運ぶぞ!」


「アイザック、了解!」


 台風のように二人は行ってしまう。

 アイリーンとレベッカはぽつんと突っ立っていた。


「なんだか……我々は役立たずのようだな……」


 アイリーンは少し寂しかった。

 言い出しっぺはアイリーンなのに役立たずなのだ。

 でもそんなアイリーンをレベッカは慰める。


「レベッカもお手伝いできるようにがんばるの。お姉ちゃんも一緒にがんばろうです」


 レベッカは凄いでしょという顔をしていた。


「レベッカいい子いい子」


「あい♪」


 アイリーンはレベッカをギュッと抱きしめた。

 そうだ。がんばらねば。

 アイリーンがやる気を出す。

 刻々と百鬼夜行の如き悪魔の群れはケーキ屋を目指してゆらゆらと歩いてきていた。

 勝負のときは迫っていた。

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