成敗のお時間 2
セシルは高らかに宣言した。
「アイザックさん懲らしめて差し上げなさい」
「はいはい。わかりました」
アイザックは無気力に返事した。
ベイトマン側の騎士がアイザックを取り囲む。
アイザックなら勝てると思ったのだろう。
だがそれは間違いだった。
そこにいるのは悪魔と戦って生き残った男なのだ。
「それで、一対一ですか? それとも一度に?」
それを侮辱と感じたのか、騎士たちは顔を真っ赤にした。
腹の中では「ライミ侯爵の威を借りるキツネめが!」と毒づいていた。
「一対一だ!」
騎士の一人が大剣を手にした。
ブンブンと派手に振り回す。
一方、アイザックはごく普通の剣を手にした。
対悪魔用の高級品ではなく普通グレードの品だ。
それを中段に構えた。
面白みもなにもない構えだった。
騎士はそれを見てバカにしていた。
鎧を着用した試合では力が強い方が有利だ。
だが相手はどう見ても華奢。
構えも力が入っていない。
勝てる! どう考えても勝てる!
騎士は勝ちを確信した。
「では行きますぞ!」
そう宣言する余裕すらあった。
まずは構えている剣を弾き、己の力を誇示する。
それこそ、ごく普通の戦い方だった。
「ふん!」
騎士がアイザックの剣を打つ。
だがビクともしない。
まるで巨大な岩を打っているようだった。
アイザックはじっとその場に立っているだけだった。
「つ、次こそは!」
もう一度、同じ攻撃を仕掛けようとしたその瞬間だった。
アイザックの剣が首に突きつけられていた。
へなへなと騎士はその場に倒れた。
「お、おい! なんだ今のは!」
奥に控えていた年長の騎士が怒鳴る。
彼こそこのベイトマン領の騎士団長だった。
「だ、団長! 俺もわからんのです! 動こうとしたら首に剣が置いてあったんです!」
それは初動を潰す攻撃だった。
人間はどこの動きにおいても動くための初動が存在する。
例えば椅子から立ち上がるときに一度身を屈めるなどがそうである。
それを邪魔する事によって動きを封じる事ができる。
この場合、振り下ろす動作の前に首を押さえ、バランスを崩して動けなくしたのだ。
端からインチキ臭く見える武術の達人の動きがこれである。
やられた方はなぜ動けなくなるのか、全くわからない。
そういう動きだった。
「まだ誰かやりますか?」
アイザックは面倒くさそうに言った。
なにせアイザックには、普通の人間はただただ退屈なだけである。
巨大なカニや悪魔の方がギリギリの命の取り合いを堪能できるのだ。
そんな挑発には、実際には挑発でも何でもないのだが挑発と受け取った団長が前に出た。
「よし、私が闘おう!」
団長は長剣を八相に構える。
アイザックは剣を肩にかついだ。
二人はジリジリと間合いを詰めた。
団長は焦っていた。
本来なら飛び込んでくるはずだ。
なぜなら団長の構えは一対一の戦闘では不利な構えなのだ。
わざと隙を見せてそこを迎撃するのが団長の戦法だったのだ。
だが、相手はもっと不利な素人のような構えで応戦するという意味不明ぶり。
全く意味がわからなかった。
アイザックが何を考えているのか全く読めなかった。
一方アイザックは面白がっていた。
どんな攻撃が来るのか?
それに興味があったのだ。
先に動いたのはアイザックだった。
片手で団長へ剣を叩きつける。
団長はそれをブロックする。
だがそこからが早かった。
ブロックした構えを途中で変化させ、最短距離での突きに変化させたのだ。
アイザックの目が大きく開く。
アイザックも剣を変化させる。
そして突きの軌道に割り込む。
介入は最小限で良かった。
突きはアイザックの喉から逸れる。
そして一瞬でサイドに半歩抜けた。
団長は勢い余ってつんのめった。
もはや何が起ったかわからなかった。
そして横に抜けたアイザックが剣を振り下ろし、途中で止めた。
斬首のような形で剣が止まっていた。
「ふう、楽しかった」
団長は膝から崩れ落ちる。
完敗だった。
同じ発想からの技での攻防、そしてその練度においてアイザックは遙か上を行っていた。
「またやりましょう!」
アイザックは先ほどのだらけた態度が一変、爽やかに手を差し伸べた。
団長は全てにおいて敗北したのだと察した。
「私の負けでございます」
そう素直に言うしかなかったのだ。
「ふむ、ウサちゃんの友だちはバトル野郎だったか。元気でよろしい!」
セシルはわけのわからない事を言った。
「では勝負に勝ったこちらの言い分を聞いてもらえるな?」
これは「痛い目に遭いたくなければ大人しくした方がいいよ」という温情である。
だがベイトマン家は空気を読む才能に欠けていた。
「な、なにをしている! 殺せ! 誰でもいいからコイツらを始末しろ」
さすがにこれにはセシルも怒った。
アイリーンはため息をつく。
だから最終手段を発動した。
「レベッカ。打ち合わせ通り怪獣ごっこしなさい」
「あい♪」
レベッカはにっこり笑うとアイリーンの腕から飛び降りる。
すると可愛い幼女だったレベッカの姿が変化する。
あっと言う間にドラゴンの姿で家よりも大きな丘のような大きさになった。
レベッカの実際の大きさは変わっていない。
周囲にいた全員の認識の歪ませたのだ。
「ぎゃおー♪」
レベッカは「ぽこん」と屋敷を叩く。
すると地鳴りがし、屋敷の2階部分が飛んでいった。
実際は屋敷は傷一つついていない。
そう見せたのだ。
そしてその時だった。
ベルと一緒にいた子ドラゴンたちも目を輝かせていた。
「怪獣ごっこしてるよ!」
「じょーおーさまと遊ぶ!」
「うん遊ぼう♪」
子ドラゴンたちも怪獣ごっこに加わる。
それはアイリーンたちクリスタルレイクの住民には日常の光景だった。
だがベイトマン領の人間にとってはこの世の地獄の訪れだった。
「ごおおおおおおおおッ!」
「ぴぎゃー!」
「みみゃー!」
炎が襲い、地面が揺れる。
ベイトマンの屋敷の近くの建物が次々と崩れていく。
役場も村長の家も全てが犠牲になっていく。
人々は逃げ惑い、泣き叫んだ。
まさに地獄の到来である。
そんな中でもクリスタルレイクの住民は呑気にお茶を飲みながら手を叩いて笑っていた。
それはこの世の終わりを迎えた世界で魔王が開く酒宴のようだった。
蜘蛛とカラスは住民の避難を開始する。
タヌキたちは演出を確かな物にするため爆裂魔法で建物を壊しまくっていた。
アッシュは「はしゃぎすぎて転ぶなよー」と注意し、アイリーンは「あはは! もっとやれ!」と煽っていた。
セシルはメモを取りながら、次の公演に役立ちそうな演出を見いだしていた。
レベッカとドラゴンはニコニコしながら怪獣ごっこを楽しんでいた。
アイザックはクリスと一緒に紅茶を楽しんでいる。
クリスタルレイクの住民は、それぞれが好きな事をしていたのだ。
ギャスパー、ドランの二人は白目を剥いて気絶していた。
しかも騎士や兄弟姉妹親戚に先に逃げられ、その場に置いて行かれていた。
それは誰もが認める完全敗北だった。
「アイリーン。これでベイトマン領が手に入ったわけだが……どうする?」
セシルがアイリーンに聞く。
「えー、要らない」
アイリーンも結構酷い。
それほど二人はアイリーンをがっかりさせたのだ。
「うん。とりあえずそこの二人を代官にして統治しようか。よろしくなアイリーン・ベイトマン女伯爵」
「よろしくお願いします。セシル様」
二人は「うふふ」と笑う。
それを見てアッシュは思った。
アイリーンだけは怒らせないようにしようと。
アイリーンとセシルはドラゴンたちに手を振っていた。
まるで公園で我が子を遊ばせている母親のように。




