成敗のお時間 1
葬儀当日。
アッシュは鎧を着用した。
そもそもアッシュは物理攻撃に耐性がある。
大砲を食らっても怪我一つしないのだ。
本人は「でも痛いよ」と言うが普通は痛い程度ではすまない。
なのでアッシュに鎧は必要ない。
だが鎧は葬儀の礼装のため、アッシュ用に見てくれのいい鎧を新調する必要に迫られたのだ。
とは言ってもアッシュの場合は強度や重量は考えなくてもいい。
したがってアッシュの鎧は、適当な鉄の板にカラスたちによる執拗な装飾がされているという根本的に間違った仕様になっている。
外装には漆黒の漆と金箔、中も淑女亭のエルフのお姉様方特製の品のいいデザインの布が貼り付けられたものであった。
ドラゴンをイメージした小手も中二病をこじらせまくった淑女亭の監修。
金糸の入った深紅のマント、このデザインも淑女亭の監修である。
食糧不足の極限状態でひたすら趣味に逃げてきたエルフのお姉様方の渾身のデザインである。
それは究極のデザイン先行、超豪華な張りぼて、最強のコスプレだった。
さすがのベイトマン一族でも鎧の芸術的価値は一瞬で理解した。
豪華な鎧を着た男の威圧感。
恐ろしいまでの重量の鎧を着用しても体の芯が全くぶれないその歩み。
あえて名をつけるならそれは威厳というものだった。
それはベイトマンたちですらも格の違いを感じさせた。
そう種族としての格の違いとすら言えるだろう。
「ご、ご、ご、ご、ご機嫌よう……」
そう言うと女子どもは潮が引くように逃げていく。
「ひいッ!」
ベイトマン家の男子。
アイリーンの腹違いの兄弟も悲鳴を上げた。
ちなみにアッシュは何もしてない。
ただ歩いてきただけである。
アッシュの後ろを三歩下がってついて行くのは喪服を着たアイリーンである。
レベッカと手を繋いでいる。
「レベッカ。お父様の後ろにいましょうね」
「あい!」
レベッカはいい返事をした。
淑女亭のメンバーの一人であるベル作の黒い喪服である。
レベッカの魅力をこれでもかと詰め込んだ渾身の力作である。
レベッカはお洋服を着てニコニコとしている。
一方、アイリーンの方はヤケだった。
鋼鉄の鈍感力を誇るアイリーンも、レベッカを正体が女とわかっているセシルの子どもと思われるのはまっぴらごめんである。
まだアッシュと自分の子どもと思われた方がマシである。
むしろ既成事実にしてしまおうかと思っているところである。
集まった親族たちは、なるべくアイリーンたちから距離を取った。
アイリーンの後ろには普通の鎧を着たアイザックが護衛のために控えていた。
アイザックはこういった冠婚葬祭は生まれたときから叩き込まれていた。
明らかに地方の代官の手駒としてはありえない練度だった。
アッシュは先に待っていたセシルに一礼しひざまずく。
そして左手を胸に置き、右手をセシルへ手を差し出す。忠誠を示す形である。
セシルはその手を取り引き起こす。臣下に友情を示す形である。
これらは公式行事において臣下の絆を他に示す礼法である。
俳優業でつちかった美しい所作、その堂々とした態度は、まるで喪主のようですらあった。
ベイトマン家は完全に主役を取られた形である。
これにギャスパーの心の内は穏やかではなかった。
(まさか……アイリーンの奴……この家を乗っ取るつもりか!)
当たっていた。
ギャスパーはそういう目端の利く男だったのだ。
だが可哀想な事にアイリーンにそうさせたのは誰を隠そうギャスパーである。
葬儀はアッシュの圧倒的存在感の前でやや萎縮しながらも淡々と進んだ。
呼ばれた司祭も、司祭として格上のセシルの前でたじたじだった。
セシルもアッシュも決して余計な邪魔などしない。
ただそこにいるだけで良かった。
それだけでベイトマン家は萎縮せざるを得なかったのだ。
空の棺桶を埋葬すると葬儀は終わった。
ギャスパーの胃がキリキリと痛む。
そしてギャスパーが極限まで精神をする減らしたのを確認すると、セシルは容赦なく爆弾を投下した。
「ふむ、故人もさぞ喜んでおろう」
パトリックにとってもトップに立つのは重荷だったようだ。
今はすっかり元気になって、大好きな徴税の仕事をしている。
「ではここに相続の宣言しよう! ベイトマン領はそこのアイリーン・ベイトマンが相続する。これによりアイリーンは以後辺境伯を名乗ることになる」
「は、話が違う!」
ギャスパーが怒鳴った。
だが心変わりさせたのはギャスパーである。
「そうだろうな。それには謝罪しよう。すまなかった。だが、アイリーンは正当な後継者である。アイザック、書を持て」
「はは!」
アイザックはひざまずき羊皮紙を差し出す。
「これは故パトリック卿の遺言状である」
作成は数時間前である。
寝ていたパトリックをたたき起こし書かせたものである。
「本人の署名と焼き印もある正式なものだ」
「に、偽物だ!」
ギャスパーは相手が王族だと言う事を忘れまくし立てる。
だがセシルは叱りもせず冷たく言い放った。
「ほう。私の言い分が虚偽だと言うのだな。ギャスパー・ベイトマン」
ギャスパーは脂汗を流し、顔を青くしながら口ごもる。
だがそんなギャスパーに援護射撃が届く。
「たとえ王族であろうともベイトマン家の騒動に口を挟むのは越権行為かと」
痩せた男はそうセシルを戒めた。
ドラン・ベイトマン。
アイリーンの叔父である。
「アイリーンは我が右腕。兄妹であるアイリーンのことに口を挟んでなにが悪い?」
セシルは言い放った。
「だとしたら……こちらも覚悟というものを見せましょう」
ドランの後ろには屈強な男が控えていた。
あくまで暴力で解決するつもりなのだろう。
セシルは頭を抱えた。
(ここまで愚かとは……度しがたい)
セシルは息を吐く。
そして言った。
「はいはい。アイザック、アッシュ、懲らしめてあげなさい」
セシルはひらひらとやる気なく手を振った。
アッシュが前に出る。
アッシュはどうやって前に出ようか悩んでいた。
演劇の悪役のように拳や首をボキボキ鳴らしながら出るか、それとも演劇の騎士のように「やあやあ我こそは……」と威勢良く出るか。
結局、アッシュは無言のままドランを見下ろす事にした。
ドランと目が合う。
アッシュは「次に何を言うかな?」と呑気に考えていた。
ドランの顔に脂汗が浮かぶ。
「おい、貴様!」
ドランを護衛していた騎士がアッシュに飛びかかる。
だがアッシュは騎士に一瞥もくれず、伸ばしたその手で騎士の頭をつかんで持ち上げた。
(邪魔だからちょっとどいててね)
アッシュにとっては相手の騎士はその程度の存在だった。
「あ、あぎゃ、や、やめ! あ、頭が潰れる!」
騎士は悲鳴を上げる。
そのショッキングな光景に女性が数人倒れる。
「おっとすまん」
アッシュが手を離すと騎士が尻から落下した。
「お、おい、お前行けよ」
「無理だって! 勝てる気しねえよ!」
護衛がひそひそ話をする。
アッシュのその圧倒的な姿に完全に呑まれていた。
びびっていたとも言う。
「く、こんな悪辣非道な魔人を用意するとは! 我らは力に屈しはせぬぞ!」
びびっていたのだが、あまりにアッシュが圧倒的すぎて、彼らはアッシュをどう評価していいかわからなかった。
だから意味不明な事を言って騒いだのだ。
「はいはい。それじゃあアイザック」
「セシル様……私……ですか」
「うんアイザック。クリスタルレイク桃龍騎士団団長アイザック・クラークが三人の相手をしよう」
ここで護衛たちは安堵のあまり息を吐いた。
なにせアッシュに比べればアイザックはまだ人間に見えたのだ。
「えー……」
アイザックだけは心の底から嫌そうな顔をしていた。




