故郷を潰す(予定)
ガラはさっそくアイリーンの兄たちに言いふらしに言った。
アイリーンの書類上の兄は二人いる。
兄のようななにか。腹違いの兄弟姉妹だと目星はつけているのだが、家臣扱いで名乗らないものに至っては星の数である。
小さいころはベルもそうだと疑っていたほどだ。
異常に思えるが、貴族ではわりとよくある事である。
貴族においては婚姻は義務であり仕事である。
男女ともに愛人の一人や二人は珍しくない。
とは言っても、あまり世間体のいいものではないので婚外子は家臣扱いなのである。
アイリーンの母親はすでに死亡している。
だからアイリーンに父の違う兄弟姉妹がいるかはわからない。
ガラが言いつけに行ったのは兄弟たちである。
兄弟とは言っても長兄、次兄は領主と支配人に。
それ以外の兄弟は徴税官や地方判事、地方領主の任命した代官になる予定である。
(アイリーンはクルーガー帝国会計局所属の代官のため地方の代官より官位は上である)
優秀であれば中央の官僚や中央の騎士を目指す事も可能だが、それほど優秀な人物は存在しなかった。どうやらベイトマン家は女系の方が優秀なようだ。
さて、そんな彼らの耳にガラによって「あることないこと」がもたらされる。
ガラは長兄ギャスパーに楽しそうに語った。
「アイリーン様のお姫様、セシル様そっくりでもう将来が楽しみですわね」
世間話風だがアイリーンの兄たちはザワザワと沸いた。
ガラは「にやり」と笑う。
本来は「母親のアイリーンそっくり」なのだがガラの頭の中では「父親のセシルそっくり」に変換されていた。
サスペンス脳のガラは止まらなかった。
「まさか、あのアイリーン様が第三皇子セシル様のご寵愛を戴いているとは……」
すでに散々下衆な貴族たちが噂していることの焼き直しである。
ガラはサスペンス脳としても才能がなかった。
ギャスパーは「ふむ」と考えてから悪い顔をした。
「予定にはなかったが使えるな」
もし、彼らが心優しければ、何も聞かなかった事にして暖かくアイリーンの人生を全力で応援しただろう。
そうすればアイリーンが華やかな一生を送ればそれだけで過分なおこぼれを得る事ができただろう。
もし、彼らが自分たちの力を客観的に分析できるほど賢ければ、アイリーンの人生を表向きは暖かく応援だけして、裏では権謀術数をめぐらしサポートしただろう。
いくらチャンスと言えども、この問題に真正面から取り組む力はベイトマンにはないからだ。ヘタに首を突っ込めば身を滅ぼすだけである。
もし、彼らが恥知らずで愚かだったら……好機がやってきたと勘違いし自分たちのコントロール下に収めようとするだろう。クリスタルレイクの住民の恐ろしさを知らずに。
そしてベイトマン家は破滅に向かう。
ギャスパーは無言で軽く手を上げた。
すると警備をしていた騎士たちがガラの両腕をつかんだ。
「え? なに? どうして? なにをされるんですか!?」
「すまないガラ。他でさえずられては困るのだ」
ギャスパーはまるで道具を見るような目をガラに向けた。
尊敬も友愛もない目だった。
それは平民を人間とは思っていない目だった。
悪魔である瑠衣が罪人に向ける視線の方が、まだ暖かかいと言えるものだった。
それほどまでにギャスパーのガラへ向ける視線は冷たいものだった。
ガラが騎士に連れて行かれる。
ぎゃあぎゃあとガラは叫ぶが、騎士に口に布きれを詰め込まれる。
ギャスパーはくすくすと笑った。
「我が家はこれから第三皇子セシルを手に入れる! 叔父上どころか我が家が帝国を手に入れる好機がやって来たのだ!」
まだギャスパーは知らなかった。
屋敷の騎士はアッシュどころか、修羅場をくぐり抜けたアイザックにひねり潰される程度の集団だと言う事に。
もちろんそれに聞き耳を立てるものがいた。
セシルの護衛に着いて来た、悪魔の騎士たちである。
蜘蛛は無表情で、カラスは興味なさそうに、タヌキは人の悪い笑みを浮かべながら聞いていた。
そして悪魔騎士三人組の蜘蛛、リーダーであるゲイツはショートカットを使いアイリーンの部屋に出た。
ドアから入ってきたのではなく直接部屋に現れたのだ。
部屋にはクリスタルレイクの一行が集まっていた。
ゲイツは静かにセシルへ報告する。
蜘蛛の主はレベッカやアッシュ、アイリーンだが、形式上セシルに報告せねばならないことは理解しているのだ。
「セシル様。屋敷で不穏な動きがございます」
「だろうねぇ。アイリーン君の兄君は不合格のようだ」
セシルは「これどうよ?」とベルに布を渡す。
レベッカに似合いそうな柄だ。
「でしょうね」
アイリーンはベルから布を渡される。
「黒系の方が可愛くありませんか?」
兄よりもレベッカの服の方が二人には大事だった。
だって可愛いもの。
それほど兄の陰謀はアイリーンにとってどうでもよかった。
「え~、もっとゆるふわの方が可愛いって」
セシルも服の方が大事である。
「私はこっちのゆるふわの方が好きかなあ」
クリスはゆるふわの方の生地を見て目を輝かせる。
そしてアイザックの方に熱い視線を送った。
「帰ったら仕立ててやるから」
アイザックは結構、クリスに甘い。
それを見てセシルはふふふと笑う。
「……そうだねえ。私や悪魔が解決しちゃうと後が面倒だねえ。仲裁もできずに貴族の領地を蹂躙か! なんて言われるのも面白くない。ところでゲイツ卿はどちらが可愛いと思う?」
セシルは真剣である。
蜘蛛のゲイツは困った顔をした。
蜘蛛たちはこういった感性が弱い。
人間なら即答できる問題も蜘蛛には難しいのだ。
「申し訳ありません。我々はそういった感性が弱いもので……」
「それはすまなかった! うーん、やはりゆるふわだな! アッシュはどう思う?」
セシルは今度はアッシュに質問する。
「アイザックと俺で行こう。あと服は髪の色が明るいから黒系の方が似合うんじゃないかな?」
「わかった! 決まりだな。ベル、黒にしよう。もちろんアイリーンも異論ないよな」
セシルは黒に決めた。
そんなセシルはアイザックに話しかける。
「アイザック、くれぐれも怪我はするなよ。私とアイリーンがクリスに怒られる。それにウサちゃんの機嫌が悪くなる。それにアイザックはクリスタルレイクでは貴重な通常戦力だ。アッシュでは反省させる前に皆殺しだからな。はっはっは……」
最後の笑いは乾いていた。
「かしこまりました。まあ頑張ってみます」
「さて、最後に。アイリーン、覚悟はいいか? 誰が当主になろうとも、この領地は君の支配下に置かれるだろう。生かすも殺すも君次第だ。だがそれは肉親を叩きつぶす事を意味する」
「いいかげん愛想が尽きました。アッシュの踏み台になってもらいましょう」
さすがのアイリーンも今回の件は気に入らない。
後々のためにも関係者には反省してもらおうと思ったのだ。
アイザックは剣を抜き確かめる。
いつもの対悪魔用装備ではない。
今回は人間だ。久しぶりである。
アイザックは少しだけこの状況を楽しんでいた。




