やはりドラゴンはみんなが大好き
ベイトマンの悪趣味な屋敷の一室で、セシルは喪服にいつもの白塗りのまま、休憩を取っていた。
冠婚葬祭は王侯貴族の義務。
その言葉通りセシルの態度は堂々としたものだった。
とは言っても自分では何もしない。
ただ存在する。それだけでいい。それが王族である。
もちろんベイトマン家に王族に逆らうような根性のある人間はアイリーンしかいない。
もしそんな人材が存在すればパトリックの暴挙を止めただろう。
つまりセシルのお仕事は終わりだったのだ。
あとはタダ飯にタダ酒、たまに旅立ちの街で元気に生存中の故人を偲ぶスピーチをすれば終わり。楽なミッションである。
実はセシルは親分に向いている。
適度にどんぶり勘定で細かい事は言わない。
計算が細かくはないので決断も速い。
権力を笠に着たごり押しもいとわないが損はさせない。
そして適度に隙があり人間くさい。
他人に好かれるタイプなのだ。
優秀な兄たちと比べればポンコツのように見えるが、神輿としては担ぐのに適度な重さなのである。
そんなセシルは、アイリーンと遊びに行こうしていた。
地元の飲み屋で酒でも飲もうと思ったのだ。
第三皇子は変人で有名である。
いきなり庶民の店に現れる程度では、今さら話題にもならない。
自分の荷物を自分で管理していても誰も異論を挟まないほどだ。
セシルはトランクを開ける。
いつもの男装用品が入っているトランクだ。
だがトランクの中は空間が広がっていた。
「うわーい♪」
「待ってー♪」
「やーん♪」
中で何かが走り回っている。
トランクの中は照明が照らし、滑り台や砂場などがある。
とても楽しそうな公園だった。
楽しそうに走り回っていたなにものか。
いやどう見てもドラゴンたちがセシルに気がつく。
「セシルお姉ちゃーん♪」
ニコニコしながら手を振る。
尻尾もふりふりと揺れる。
しったんしったんと跳ね回っていた。
「お、おじいちゃんはどうしたのかな?」
さすがにクリスタルレイクの怪異慣れしているセシルも固まった。
「「寝てるよー♪」」
ドラゴンたちがピコピコと手を振る。
(……使えないやつめ!)
さすが、かゆいところに手が届かない男である。
パトリックは子守も完遂できなかったようだ。
セシルはにこっと笑った。冷や汗を流しながら。
「えっと、アイリーンお姉ちゃん呼んでくるからケースを閉めていいかな」
「「いいよー♪ じゃあねー」」
ニコニコしながらドラゴンたちは手を振る。
見られたら大事になる。
だからセシルはゆっくりトランクを閉めた。
そして怒濤の勢いでアイリーンの部屋へ行く。
アイリーンの部屋をノックもせずに開ける。
するとアイリーンとベルが驚いたような顔をセシルへ向けた。
セシルも部屋に入って驚いた。
その部屋は殺風景だった。
普通部屋には持ち主の趣味が繁栄される。
内装を飾ったり、ぬいぐるみが置いてあったり、男の子なら木剣が置いてあったりするだろう。
だがその部屋にはなにもなかった。
テーブルとベッドが存在するだけである。
それだけでセシルはアイリーンがどんなに肩身の狭い暮らしをしていたかがわかった。
「ああ……なるほど。アイリーンはクリスタルレイクの方が実家なのだな……」
「なんですかいきなり」
アイリーンはきょとんとし、ベルは微笑んだ。
「ああ、そうだ! ドラゴンちゃんたちが来てる」
「はい?」
「トランクを開けてみろ」
「はい?」
ベルとアイリーンはトランクを開ける。
すると中は空間が広がっていて、中ではドラゴンちゃんたちが手を振っていた。
アイリーンはずっこけた。
「……みんな、ち、父上は?」
気を取り直して聞く。
「「お昼寝してるのー♪」」
「あ、あんのクソ親父ぃ……!」
誰の葬式に出てやっていると思ってるのだ。
それはアイリーンの心の叫びだった。
そもそもこの魔術は知っている。
前にタヌキが不完全ながら使ったものである。
前は出られなくて泣いていたのに、今回は完璧な出来である。
やはりタヌキは天才なのである。
そしてアイリーンはある異変に気づいた。
……いないのである。
「……ちょっと待てレベッカは?」
「じょーおーさまは出たよー♪」
ニコニコしながら緑色の毛のドラゴンが答えた。
レベッカはすでに出ている。
つまりどこかに行ってしまった。
行くところは一つしかない。
「セシル様。行きますよ!」
アイリーンたちは部屋を出て客室に急ぐ。
ドラゴンちゃんたちはベルに押しつけた。
そして客室の一つの前に立つ。
そこはアッシュに割り当てられた部屋である。
「アッシュ、入るぞ」
ノックをしてからアイリーンが声をかけると、「ガサガサ」という音がする。
もうこれはここしかない。
アイリーンはドアを開ける。
レベッカを隠そうとするアッシュの姿だった。
「お姉ちゃーん♪」
えへへーとレベッカはニコニコする。
尻尾をフリフリ、上機嫌である。
「やはりか……」
レベッカも来ていたのだ。
これはまずい。
アイリーンは頭を抱えた。
非常にまずいのだ。
なぜならクリスタルレイクには悪人がいない。
邪悪な存在で、犯罪を犯して罪を償っていない者は瑠衣たち悪魔に間引きされる。
海軍たちはクリスタルレイクでも善人ではない珍しい存在だが、彼らも海賊時代の罪に関しては軍務につく事を条件に赦免されている。
しかも現在の彼らの内規は陸のそれよりよほど厳しい。多少荒っぽくても安全な存在なのだ。
だが、ベイトマン領は違う。
ドラゴンを利用しようとする悪人だらけなのだ。
アイリーンの兄たちや叔父だけではない。
重税で悩む豪農。さらに搾取される小作人。
ブラックコングの生き方を全く理解できない強欲商人。
常に金の心配をしなくてはならない地方の司祭。
ベイトマン領は常に悪いサイクルに陥っている。
確かにアイリーンたちのクリスタルレイクには莫大な利益をもたらす悪魔たちがいる。
だがそれも人間の努力を否定するものではない。
有害な悪を排除しているからこそ全てが上手に回っている。
ドラゴンが便利でも、積極的に使おうと思わないほど住民の民度が高いのだ。
だからベイトマンの住民にドラゴンの存在を知られるわけにはいかない。
レベッカたちの身の安全だけではない。
ベイトマンの民度では神の如きドラゴンの力は使いこなせない。
器に見合わない力に振り回されて滅びるだけなのだ。
「隠しましょう。ねえ、セシル様」
「そうだな……隠そう。このままだとこの土地が滅ぶ」
二人は顔を見合わせた。
そんな二人の悲壮な決意を知らないレベッカは、アッシュの二の腕にニコニコしながら無邪気にぶら下がっていた。




