葬式1
アイリーンは騎士に支給される制服をトランクに詰め込む。
「アイリーン様! それじゃダメです! 喪服、喪服!」
ベルが品の良い黒色の喪服を持ってくる。
アイリーンはしぶしぶドレスをトランクに入れる。
蜘蛛が糸を編み、カラスたちが仕立てた超高級品なのだが、アイリーンには価値がわからない。
服についている美しい真珠などが逆に恥ずかしいほどだ。
「えー……だって父上は死んでないのに……」
「それでも、ちゃんとした手続きを踏まねばアッシュ様の恥にもなりますよ!」
「うむ。がんばる!」
アッシュを出されたら頑張らねばならない。
アイリーンは張り切った。
ベルは複雑な気分である。
彼に綺麗な自分を見て欲しいとかならまだかわいげがあるのに。
親戚のベルも参加するのでベルの分の喪服も用意した。
アッシュの喪服も用意した。どさくさ紛れにお披露目してしまおうと思っているのだ。
アイリーンたちは用意をすませると瑠衣のいる食堂へ行く。
アッシュとレベッカも先に待っていた。
アイリーンの後見人であるセシルやアイザック夫妻もいる。
なぜかカルロスと妹のチェスまでいた。
パトリックまで来ている。
もちろん死んでるはずのパトリックは居残りだ。
「それではショートカットでベイトマン領の近くまで転移します」
「あ、瑠衣さんすいません! 俺とチェスは帝都に送って頂けますか?」
軍服を着たカルロスがそう言った。
「あら葬儀には参列なされないのですか?」
「俺は親戚ではないですし、実家の件が明らかになると面倒ですから。帝都で船大工を探してきます」
さすがに3ヶ月の船旅ともなると船を新築する必要がある。
特に探検船は組み立てに一年かかり、実質稼動時間は二年ほどとのことである。
探検とは恐ろしく金のかかる事業なのだ。
「ではまずはアッシュ様たちを転移したら、カルロスさんたちは私と一緒に行きましょう」
レベッカとドラゴンちゃんたちは目をうるうるさせている。
「行っちゃうのー?」という悲しそうな顔だ。
アイリーンは「うっ!」とたじろいだ。
さすがにドラゴンを葬儀に連れて行くわけにはいかない。
「あ、明後日には帰るから! オデットお姉ちゃんとおじいちゃんに世話は頼んだから」
「……あい」
激しい罪悪感がアイリーンを締め付けた。
「やっぱり私は残……」
「ダメです!」
アイリーンはベルに引っ張られていく。
ドラゴンたちはパトリックにひっつく。
「わはは。みんな、おじいちゃんと一緒にいような」
「おじいちゃん♪」
パトリックは領地にいたときよりも幸せそうである。
もともと誰かに仕えている方が幸せな人間なのだ。
今の生活の方がストレスもない。
「ではショートカットを起動します」
瑠衣がそう言うと、突如として空間が歪んだ。
アイリーンとアッシュたちは空間の歪みの前に立つ。
「じゃあ、行ってくる!」
特に恐怖を感じる事もなく一行はショートカットに飛び込んだ。
中は滑り台のようになっていて一行は普通に滑り降りていく。
すると一瞬で森の中へ出る。
打ち合わせ通りだ。
アイリーンは指をさす。
「あっちが街だ。街に馬車が用意してある。馬車で少し行ったらベイトマンの屋敷がある」
アイリーンの言葉通り少し歩くと街に出る。
街とは言ってもクリスタルレイクに比べれば全体的に遅れている。
藁葺きの農家ばかりだ。
たまに小麦などを扱う粉問屋や宿屋、木工の工房などが見える。
「うちとはずいぶん違うんだな」
アッシュがしみじみ言った。
「そりゃクリスタルレイクの方がおかしいんだ」
アイリーンが苦笑する。
悪魔が好き放題に建築しているクリスタルレイクは全体的にハイセンスである。
さすがに比べるのは可哀想である。
街に着くと一行は馬車に乗る。
馬車はアイリーンとセシル組、それにアッシュ一人に分けられた。
アッシュたちはアイリーンと同乗し、王族のセシルは護衛の悪魔たちと同乗する。
セシルの方は街で用意できる一番上等なものにした。
アイリーンたちはそもそも軍人ばかりなので荷馬車でも問題はない。
だが要らぬ文句を言われるのも嫌なので、商人が使う馬車にした。
ただしアッシュには馬車は狭いため、アッシュだけ後ろから荷馬車で行く。しかもアッシュの馬車だけロバである。
これは決して嫌がらせではなく、単に馬が用意できなかったのと、重量のある荷物の運搬ではロバの方が適しているからである。
だが一方でロバは従順さに欠けるため、馬を操るアッシュの言う事を聞いてくれるかが問題だった。
だがそれは杞憂だった。アッシュを天敵とみなしたのかロバはアッシュの言う事をきちんと聞いた。馬より従順に見えるほどである。
しばらく馬車を走らせると悪趣味な屋敷が見えてくる。
屋敷の人間はハイセンスなつもりかもしれない。だが、実際はピカピカの原色が目に厳しい無様な屋敷である。
アイリーンは赤面した。
改めて見ると恥ずかしい。
ベルやアイザックたちも赤面していた。クリスだけはキョトンとしている。
「ああ紹介しよう……実家だ……」
ヤケになったアイリーンがクリスに向かって笑顔を作る。
クリスはアイリーンの肩を叩く。
その時、セシルは屋敷を指をさして笑っていた。
ハイセンスなものが見れば冗談にしか思えない屋敷である。
アッシュの方は優しさか、単にわかっていなかったのか無反応だった。
屋敷に着くと、まずはアッシュが降りてアイリーンの馬車を開ける。
本来ならアッシュはアイリーンの家来ではないが、恋人でも同じような手順になるので、アイリーンはわざと誤解させておくことにした。
まずはアイザック夫妻が降りて、アイリーンは最後に降りる。
馬車を降りたアイリーンは出迎えた執事たちに命じて絨毯を用意させる。
絨毯を敷き、アイリーンがドアを開ける。
すると護衛の悪魔たちがまず降りて、最後に男装をしたセシルが降りてくる。
セシルはアイリーンの手を取り口づけをする。
これは打ち合わせにはなかった。
アイリーンはセシルをあとで枕で叩こうと心に決めた。
たとえ秘密を共有する親友であってもツッコミは入れておきたい。
絨毯を優雅に歩くセシルに屋敷の者が万歳をした。
アイリーンとしてはかなり恥ずかしい。
アイリーンの手を取ったままセシルは屋敷のドアの前まで来る。
家令が膝を落とし、その横にアイリーンの兄たちも膝を落としてセシルを出迎えた。
大仰に見えるが、普通に親友をやっていられるアイリーンたちの方が異常なのである。
皇族が立ち寄るというのはそこに記念碑の一つも建つくらいの出来事である。
セシルは微笑んだ。
「出迎えご苦労。アイリーンは我が妹と同じ。その父であるパトリックは我が父も同じ。葬儀はこのセシルの名で行うが良かろう」
訳すると「ごちゃごちゃ揉めてんじゃねえ。俺の名前で葬儀やっから、文句ねえよな!」というかなりえげつない脅しである。
これを拒んだらセシルに敵対したとみなされる。
「当主選定も遺産分割も帝国の古くからの慣習で行うが良かろう」
さらにセシルはそう言い渡した。
訳すると「長男が当主。はい、もめ事終わり!」である。
これに逆らう度胸はベイトマンにはないはずだ。
なにせセシルの言っている事はこれ以上ないほど正しいのだ。
異議を挟む余地はない。
そしてセシルは次のステップに進む。
セシルはアイリーンの後ろで従者のように控えていたアッシュに目を向ける。
「ベイトマン家の皆に紹介しよう。ライミ侯爵家次期当主のアッシュだ。アイリーンの夫となる男だ。我が弟と思って扱ってくれ!」
これにはその場にいた全員が度肝を抜かれた。
セシルだけは「ふふん♪」と威張っていた。




